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動き出す遺跡

◆背後の気配に振り返ったジルは、視線を舐める様に下から上へと流した。

 広域傭兵組合屈指の美人受付嬢だったモノに対して、ジルは率直な感想を述べる。

「太った?」

 不躾な一言にリリーは憮然とした声と鋭い蹴りを放つ。

「黙れ」

 見た目からは想像出来ない程鋭い蹴りを避けたジルの目の前には、肉壁が聳え立っている。

 ジルの一言は確かに不躾な物であったが、同時に控え目な表現でもあった。

「太ったと言う発言は不適切だな」

 そんな次元ではないと言う続きは伏せて、蛇猫の角がそんな呟きを響かせた。

「流石はヒカリ様。うら若き乙女の扱い方を心得ております」

 肉壁がほほ笑んだ。

 光竜は一般的で無くとも七百歳を若いとは言わない事を知っていたが、それを言葉にしないだけの慎み深さを持っていた。

「で、我々に何か用ですか?」

 他人事の様に適当に、実際他人事なので間違ってはいないのだが、そんないい加減な響きに対して、リリーは微笑みを深めた。

 そこに昔の美貌が名残程度であれあったかどうかは、定かでは無い。


◆何度見ても不気味だなと、カヤはちらちらと後ろを気にしながらそんな場違いな事を考えていた。

 後ろから追い駆けてくる人っぽい形の奴等、の事では無い。

「…」

 その口元が僅かに動いたので、ジル=カカが何かを言ったと言う事のみがカヤには認識出来た。

 顔面蒼白で乾いた笑みを浮かべるサックがその発言を聞き取れ無かった為、内容は誰にも伝わらない。

 ごつごつとした不安定な足場を全力で駆ける骨拾いの一団。

 足の遅いサックの手を引くジル=カカ。その足は動いていない様に見える。

 ごつごつとした足場の微細な起伏に沿う様に、その頭は上下すると言うのにだ。

 ぴんと伸ばされた爪先は根に接触する事は無い。

 漂っている。そんな表現がカヤの頭に浮かぶ。

 気配の稀薄な少女であるとカヤは常々思っているのだが、この光景を見る度に毎回思うのだ。

「…幽霊みたい」

 余裕だなボスと、カヤの忠実な下僕であるクダはカヤに聞こえない様に呟いた。

 現状恐らく最も余裕の無いのはクダである。

 骨拾いが対応しなければならないのは追い駆けてくる人っぽい何かだけでは無いのだ。

 全方位から高速で飛来する植物の種を避けなければならない。

 ジル=カカの操るミスリル銀の鞭は淡い水色の軌跡を残しながら飛来する種を叩き落としている。

 ジル=カカの天才的な鞭捌きを、まるで鞭が勝手に動いている様だとカヤは評した。

 クダは本当に鞭が勝手に動いているのではないかと、半ば本気で考えていた。

 一方クダの腰には二振りの槌が収められている。

 どうあっても大振りになってしまう槌で、小指の先程の種を叩き落とすのは不可能なのだ。

 壁面の根を砕きながらであれば八割方対応できるとも考えてはいたが、クダは遺跡に入った時にカヤが言った言葉が気になっていた。

「何と無く、蔦蛇みたいね」

 蔦蛇。無暗矢鱈と攻撃してはならない魔物の代表格である。

 カヤの一言があるから、クダはこの遺跡を不用意に破壊する選択肢を選べないのだ。

 クダはカヤの何と無くを軽視しない。

 実際骨拾いはカヤの何と無くで生き延びて来たのだ。

 そんな曖昧な根拠でと、過去に何人かの骨拾いのメンバー達は嘲笑って、死んだ。

 クダの目の前で、ただ走る様にしか見えないカヤは飛来する種を全て避けている。

 どうやって避けていたのかと後から聞けばどんな回答が返って来るのか。

 クダも、サックも、ジル=カカも、それを知っている。

「え?何と無く?」

 大した能力を持たないカヤが骨拾いのリーダーであり続けるのは理由があるのだ。

 そんな頼もしいカヤの背中に張り付く様に、クダは走っていた。

「おい、何か私盾にされていないか?」

「攻撃を華麗に避け続ける人を盾とは呼べないのでは?」

 思っている事と行動は必ずしも一致する必要は無い。

 クダがルーから学んだ事である。

 もちろんそれも楽ではない。

 根拠の分からないカヤの動きを予測するのは、ルーの行動を予測するのよりも難しい。

 だからクダは必死だった。

「…」

 ジル=カカが再度何かを呟いた。

 そしてサックはまたその発言は聞き逃した。

 ジル=カカは先程からルーが見当たらない事を心配していたのだが、他の三人がそれに気が付くのはまだしばらく後の事である。


◆遺跡の中心。どこにも通路が繋がっていない部屋に、そいつはいた。

 見た目は蔦が人の様に絡まったモノだったが、そいつは喋る事も出来た。

「ウあーく、イ、かナ、いな」

 そいつの目の前で、針蛇の生き残りが一人減った。

 血は飛び散らなかった。

 体中に浸食した細い木の根が吸い尽くしたからだ。

「こオー、あ、して、シ、アッタ」

 針蛇の生き残りは残り一人。

 その生き残りが視覚と聴覚を失っていたのは幸福だったのだろうか。


◆遺跡に対するクダの遠慮は無用であったと、誰が知るのだろうか。

 少なくともバルサはクダの事を知らない。

 嵐の様な一撃が狭い通路を荒く削る。

 バルサの担いでいた大剣から生み出された風が、壁面を構成する根を砕き散らしていた。

 その威力は壁面が迫り来るペースを相殺する程度には暴力的であった。

「練度の高いチームが呑まれるのも納得ですね」

 グスラは暢気に壁面を観察していた。

「どうみてもただの根っこなんですけどね」

 そのグスラの足に根が絡みつく。

 絡み付く端から根は砕け散る。

「成程、壁の中に引きずり込む積もりなのですね」

 感心した様にそう言って、グスラはしゃがみ込むと、白い手袋に包まれた手で床に触れた。

「何ださっきからごちゃごちゃ煩せえな!遊んでる暇があったら手伝えよ!」

 悪態を吐くバルサを無視しつつ八つの目を半分閉じて、グスラは集中て自身の感覚を研ぎ澄ます。

 深い。広い。

 そう結論付けたグスラは目を全て開いて立ち上がった。

 即ち、諦めた。

「いくらやっても無駄でしょう。この根はどこまでも広がっている様ですし」

 グスラの目の半分が、バルサの足元を見る。

「この程度で転生改造された貴方が死ぬ事は無いでしょうし、このまま呑まれてしまいましょう」

 訝しげな顔をしたバルサが、腰まで絡み付いた根に引っ張られて床に呑みこまれた。

「おっと、これは借りて行きますね」

 グスラの眼前にバルサの姿は無く、その手には大剣。

「魔剣野鍵、ですか。前からバルサには勿体無いと思っていたのですよ」

 その大剣は、剣と呼ぶには些か異質な外観を持っていた。

 切っ先は無く、刃も無い。

 金属板に柄を付けただけの様な造りにも拘らず、それを評する者は一流の職人の仕事であると信じて疑わない。

「…ふむ、両側の刃が、完全に並行なのでしょうか?厚みも一定の様です」

 表面には幾何学模様が掘られ、魔力を流し込む事で淡く光った。

「さて、その本来の威力、如何程の物か…」

 グスラは腰の辺りまで纏わり付く根も、迫る壁も気にせず、大量の魔力を野鍵に注ぐ。

 しなる腕が大剣をコンパクトに振り抜き、振り抜き。

「――はい?」

 何も起こらなかった。

 不満気な表情で野鍵を見詰めるグスラも床に呑まれ、誰も居なくなった通路は不活性化した。

 その後をルーが騒がしく駆け抜けて、通路は静寂に包まれた。


◆ルドラドルラは権力に酔うタイプでは無い。

 強い物には媚びへつらい、弱い物にも媚びへつらう。

 下手に出る事で事態が好転するのであれば尊厳等と言う物は安い物であると考えている。

 それでいて思い切りは良い。

 リスクを負う意義は正しく理解しており、必要だと感じればはったりや恐喝や買収と言った汚い手段も躊躇しない。

 信頼されないが、信用される。そんな人物がルドラドルラなのである。

 そのルドラドルラが苦手としている人物が居た。

 巨漢のリリーと呼ばれる受付嬢である。

 受付嬢と言うからには女である。そして巨漢とは身体の大きな男を指す言葉である。

 そもそも何故受付嬢の身で二つ名を冠するに至ったのかをルドラドルラは知らない。

 知らないが納得はしている。

 見た目も性格も実力も。そう、要するにそう言う事であるのだろうと。

 ルドラドルラの身体の倍では効かない、その巨躯の受付嬢に対してルドラドルラが抱くのは畏怖である。

 戦闘能力でも、知略の面でも、漢としても、あれには敵わない。

 ルドラドルラはリリーをそう評している。

 どう評する相手であれ媚びへつらうルドラドルラなのだが、リリー相手には何故か逃げの一手である。

 本能がそうさせるとしかルドラドルラは説明出来ない。

 何も持たずに逃げ出すべき相手だと、そう感じているのである。

 しかし大体の場合で逃亡と言う選択は外堀を埋められて叶わない。

 実力では敵わない上に逃亡も叶わない。

 今回も書置きを見ながら、逃げ出したい衝動を抑えていた。

 その見た目からは想像も出来ない位美しい文字で、紙には短い文が記されていた。

「女神跡の探索に有用な傭兵が付近に居ますので、連行致します。逃げないで下さい」

 読み上げて、深い溜息。

 逃げないで下さいとかそのまんま書くなよと、項垂れて弱気な発言。

「絶対厄介な人材が来るんだ。爆弾魔のランドか?味方殺しのサーガか?まさか全滅のジル何て事は無いだろうな。いや、流石にあれは七百年前の伝説だしな…」

 その視線は壁を突き抜けて遥か遠くへと向けられる。

 何か見えている訳では無く、ここでないどこかを見たいだけ。

 単純に現実逃避をしていた。

 まさか伝説と対面する事になるなんて思いもせず。

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