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光を  作者: 七七日
7/16

その日の朝、眠りを妨げたのはいつもの声ではなくメールの着信音だった。

《ねえ、どうせなら一緒に走らない?》

 かすれた目に映ったのはそんな文面だった。差出人は桜花。

「……知らん」

 携帯を放り投げ、再び眠りに落ちようとした。

『はい、じゃあ、代わって、代わって』

 そう言って十歌に無理やり席を奪われた。



 目が覚めると、自室の天井ではなくリビングの風景が目に入るのが最近では当たり前になってきた。

 このままでいいのだろうかと思うが、今のところ特に問題は起こっていない。桜花との接触は驚いたが。

 そういえば、今朝その桜花からメールが届いていた気が……。

 テーブルの上にあった携帯を開いた。

 一通だけかと思っていたが桜花からのメールは三通あった。

《ねえ、どうせなら一緒に走らない?》

《何処で待ち合わせする?》

《わかった。じゃあそこで》

 ん?

 慌てて送信メールを確認した。

《いいよー》

《じゃあ大通りのコンビニの前》

 当然覚えのないメール。

「十歌?」

『ごめんなさい……。でも、無視するわけにはいけないでしょ?』 

「一声ぐらいかけろよ」

『だって、起きなかったし』

「……」

 まあ、いいか。

 あずかり知らぬところでの十歌の行動もいつしかそう思うようになっていた。

「変なことは話してないだろうな?」

『あー、うん。音楽の話とか他愛無いことだけ』

「ふーん」

『ニルヴァーナが好きって言っておいたけど、よかったよね』

「ああ、うん」

 実際そうだからさして問題はなかった。

『それで、今日CD貸してって』

「了解したのか?」

『……ごめん』

「はあ……」 

 一旦自室に戻り、押入れからCDを探しだす羽目になった。今日からテストだというのに。



「テストはどうだった?」

「まあ、不可ではない」

 テストは午前中で終わり、帰って明日のテスト勉強でもしようかというとき《昼休み大丈夫》と、桜花からメールが来た。

 特に勉強を急ぐわけでもなかったので大丈夫と返信し、昼食も兼ねて食堂で落ち合うことになったのだ。

「あ、これ」

 十歌の言葉を思い出し、鞄からCDを取り出し桜花に手渡した。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

 桜花はCDをその場で開いて中の歌詞カードをぱらぱらとめくった。

「あ、洋楽なんだ。どんなバンドなの?」

 そんなことも知らなかったのか、と、若干呆れた。良くそれでCDを借りたいと思ったものだ。

「俺たちが生まれる前に解散したシアトルのバンドだよ。ギターボーカルのカートはショットガンで自殺した」

「どんな音楽なのかなあってのを、訊きたかったんだけど……」

「……グランジ」

「グランジ?」

 正直あまり音楽の種類には詳しくなかった。特にロックになると細分化されすぎてよくわからない。パンク、エモ、メロコア、どれも違いが良く分からなかった。だからグランジがどんなものかって訊かれたら言葉を濁すしかない。

「まあ、聴いてみればわかるよ」

「そうだね」

 そう言うと桜花はCDを自分の鞄にしまった

 そして、会話は途切れ、気まずさを紛らわすために飲みたくもないうどんの残り汁を飲みほした。

 仕方ないだろう。何せ実際に自分が桜花と顔を合わせるのはまだ二度目なのだ。

「ねえ、なんかいつもと雰囲気違うね」

「そう?」

「うん。いつもはもうちょっと明るくて、きさくな感じなのに」

「今の俺はどう映るんだ?」

「なんか、眠そう」

『あはははっ』

 十歌が盛大に笑い始めた。かなりいらっときた。

「これが本当の俺だよ」

 偽物の自分がどんな風に桜花に接しているのか、一回見てみようと思った。

「まあ、どっちも嫌いじゃないよ」

 何の衒いもなくそういう台詞を言うものだから、不覚にもドキリとさせられた。

 その後、まだ昼休みは三分の一ほどの残っていたが桜花は教授の手伝いがあると言って席を立った。



『今思えば感謝してほしいよね』

 家に帰り、黙々と机に向かっていると徐に十歌がそう言った。

「何がだよ」

『私のおかげで桜花と知り合うことができたじゃない』

「お前のせいで面倒なことが増えて毎日悩ましい限りだ」

『あんな可愛いことはそうそう仲良くなれないよ』

「はいはい、感謝しています」

 実際に仲良くなっているのは十歌の方で本当の自分としてはまだ今日を含め二回しか顔を合わせていない。それで本当に仲良くなったと言えるのだろうか。

『何その投げやりな返事は。嬉しくないの? もしかしてゲイ?』

「違えよ! だいたい、仲良くなってるのはお前だろ」

『そうだけど……あ、じゃあ明日は新夜君に走らせてあげる。存分に親交を深めなさい』

「これは俺の体だ」

 まったく、何様のつもりだ。最近は特に十歌の言動が調子乗っているように感じる。

 だがしかし、十歌の言うように一度走ってみるのも良いかもしれない。というより走ってみたい気もあった。以前のなまりくさった体では走るのは愚か、歩くのでさえ面倒に感じたが、最近の体の調子はすこぶるいい。おそらく十歌が朝に走っているからだろう。

 なので、いったい自分の体がどれほどまともになったのか確かめてみたかった。

「よし、明日は走ろう」

『えっ!』

「なんだ、その驚きぶりは」

『ちょっと言ってみただけだから、別に無理しなくてもいいんだよ』

「うるさい」

『あ、そんなに桜花に会いたかった?』

「違う」

 よし、走ると決まれば今日はもう眠るとしよう。勉強を切り上げて眠る支度をした。

 思えば、日付が変わる前にとこに着くのは久しぶりだった。



 翌朝、自らセットした目覚まし時計によって起こされた。

「……」

 目を開けないまま手探りで音をとめると、そのまま意識は薄れていった。

『二度寝しない』

 途切れかけた意識がもう一つの目覚ましによって再び浮かび上がってきた。

 目を開けて、初めて時刻を確認した。

 まだ五時だ。この時間まで起きていたことはあっても、この時間に起きることなどそうそうない。

「今日のテストは午後から……、うん、十時ぐらいに走ろう」

『それじゃ桜花と会えないよ』

「あっそ……」

『ダメだよ、もう約束してるんだから』

 記憶にない約束なんて知らん。ああ、眠い、眠い。もう無理。

 意識は再び深く落ちようとしていた。

『……まったく』

 そう言って十歌が中に入った。



『さ、起きて、起きて』

 目を開けるといつものリビングではなかった。

 見慣れた景色なのですぐにそこが何処だか分かった。家の前だ。自分は今ジャージに身を包んで家の前に立っていた。

「ああ……」

 夏が眼前に迫っているとはいえ、まだこの時間帯は少し肌寒かった。それよりも、

「光が、光が……」

 輝く朝日が目に突き刺さる。瞼を閉じてもその光は鋭く突き刺さる。

 思わず回れ右して家に戻ろうとした。

『なに帰ろうとしてるの、さ、早く行くよ』

「はあ……」

 昨日の自分の決意を恨みながら、ゆっくりと走りだした。

『待ち合わせ場所分かるよね?』

「知らねえよ」

『前にメールで見たでしょ。此処をまっすぐ走って大通りに出たら右、すぐ先にコンビニがあるから』

「へいへい」

 そのコンビニは良く利用しているので場所はすぐに思い浮かんだ。

 走ること数分、眠気が少し和らいできたところで待ち合わせ場所のコンビニに到着した。

「あ、おはよー」

 桜花は既にそこにいた。十数メートル先の自分を認めると早朝にもかかわらずハイテンションな挨拶をしながら手を振っていた。

「……おはよう」

 なんとなく気恥ずかしかったので、手を振り返すことはせず、目の前に着いてから挨拶をした。

「また、無視した」

 手を振り返さなかったことに対してか、桜花は少しいじけたように眉をひそめた。

「挨拶しただろ」

「いつもは手、ふり返してくれるのに」

「今日は今日だ」

 そう言って適当にごまかした。

「なんか、いつもと違うね」

「気のせいだって。さ、走ろうぜ」

 そう言い、先立って走りだしたものの、いつも何処を走っているのか分からなかったのですぐにスピードを落とし、桜花が横に並ぶのを待った。  

「どうしたの? いつも張り切って先に行くのに」

「今日はゆっくりの気分なんだ」

 やはり中身の人格が違うと他人から見たら違和感を感じるらしい。

 まあ、しかし、ばれることは無いだろう。それどころか真実を打ち明けたとて、信じてはもらえないだろう。

 住宅街を抜け繁華街に入った。どの店も営業しているものはひとつもない。なにせ、こんなに早い時間だ。人通りも、車もほとんど通らない。

 いつもは夜まで騒がしいこの街が、今ではまるで神社のような静謐さを持っている。そんな中を走るのは不思議な気分だった

 そして、こんなに走り続けているのにあまり息が上がらない。学校の階段を上がっただけで息切れしていた一昔前の自分と同じ身体とは思えなかった。

「ははっ」

 ただ走っているだけ、それだけなのに何故か楽しく、自然と笑みがこぼれた。これでは十歌のことを馬鹿にできない。

「急に笑って、変なの」

 横に並ぶ桜花は不思議そうに呟いた。


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