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光を  作者: 七七日
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「走りたいだって?」

『うん』

 一度体を許してから……、なんていうと妙な言い方になってしまうが、兎に角、一度入れ替わって以来、事あるごとに十歌は体を要求してきた。……どうしても妙な言い方になってしまうようだ。

「なんでまた……」

『だって、ずっと走るどころか歩くことすらままならなかったから。だから思いっきり体動かしたいの』

 さて、最後に運動したのはいつだったか。一年生の時は授業に体育てきなものもあったが、二年生に上がってからは体を動かす授業は無くなった。それ以来運動らしい運動をした記憶がない。へたするとここ一年以上走ってすらないかもしれない

「まあ、いいよ」

『ホントに? ありがとう!』

 どうせ自分は奥に引っ込んで眠っているだけだ。本人も望んでいることだし、これを機に日ごろの運動不足を解消しようという打算的な考えがそこにあった。



 翌朝、早朝。

『起きて!』

 頭に響く声に眠りを妨げられ目を覚ました。傍らの時計を見るとまだ五時だった。

「なんだよ、起こすなよ」

 不機嫌極まりない声で文句を言った。

『ごめんね。でも一瞬だけ起きて』

「勝手に走ってこいよ」

『今気付いたけど、眠ったままそこにいられると勝手に変われないの。だから一瞬でも意識を取り戻してどいてもらわないと……』

「わかったわかった」

 投げやりにそう言って意識をはがした。

「ありがと」

 十歌はそう言うと勢いよく体を起こしカーテンを開けた。

『ぎゃーー!』

 光が、光が目を差す。

 光から逃れるために、毛布をかぶるように奥にもぐり感覚を遮断した。



 目を覚ますといつかと同じように着替えを済ませ、珈琲を片手に一階のリビングに座っていた。

 さして驚きもせず、またかと思うだけだった。

 髪が微かに濡れている。走ったというから汗かと思ったがそんなべたつきは無い。むしろ爽快感……、そうか、シャワーを浴びたのか。そうか……、まあ、深くは考えないようにしよう。

 そろそろ出ようと、立ち上がろうとしたとき、

「がっ!」

 椅子から立ち上がろうとした、ただそれだけで筋肉が悲鳴を上げた。立ち上がることは叶わず思わず机に手をついた。

「おい、十歌! 俺の体に何をした!」

 『一時間ちょっと走っただけだよ。まったく……すぐ息も切れてひどかったよ。日ごろから運動してない証拠だよ』

 説教じみた声が響く。

「くっ……」

 言い返せない、が納得できない怒りが込み上げてきた。

 なんとか立ち上がり玄関まで歩みだそうとする、ただそれだけでここまで覚悟が必要だとは思わなかった。

 立ち上がった瞬間に下半身全ての筋肉が極限まで痛めつけられていることを理解した。

 こんなことなら簡単に許可なんか出すのではなかった、と後悔したが体の軋みは治ってはくれない。ずるずると足を引きずるように家を出た。

 そして講義中に襲い来る疲労感による眠気。明らかに睡眠時間が足りていない。

 ちくしょう、視界が揺れる。

 意思は弱い方ではないと自分では思う。それでも、この眠気というやつだけは別だ。抗える気がまるでしない。一度襲いかかられると瞬く間に飲み込まれてしまう。

 そして、講義とか単位とか、総てがどうでもよくなりゆっくりと瞼を閉じた。

『じゃあ、代わりに私が』

 そんな声を聴いて、眠りについた。



 目を覚ますのと講師が教鞭を置くのは同時だった。

 ホワイトボードには初めて見る数式や語句。今更ノートを取ろうとしてももう遅い。それらは瞬く間に消されていく。

「なあ、ノート取ってたか?」

 期待を込めて隣の友人に尋ねたが、彼の両手に握られた漫画雑誌を目にし、答えを聴く前に諦めた。

「何言ってんだ。お前が真面目にと撮ってくれているから俺はこうして読書に興じることができるんじゃないか」

 漫画を読書というやつはどこか気にくわない……、いや、それより。

「は?」

 慌てて机の上に広げられた自分のノートを覗き込んだ。

 確かに、先ほどホワイトボードで見た内容と同じことノートに書かれている。

 ただし、明らかに他のページとは筆跡が違っていた。

 自分の文字よりはるかに綺麗で、また、読みやすくまとめられていた。自分さえ読めればいいという、書きなぐったような自分の文字とは正反対だった。

「十歌?」

『……ごめんなさい』

「いや、おこってないから。むしろ感謝してる。ありがとう」

『えっ? うん。話してる内容とかは分からなかったけど取りあえずノートだけ……』 

「十分だ。助かった」

『へへっ』

 その声からはにかんだ少女の顔が浮かんだ。

「何独り言いってんだ?」

「え? ああ、なんでもない」

 危ない、危ない。此処が衆人環視の中だということを一瞬忘れていた


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