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光を  作者: 七七日
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頭の中にもう一人の人間が住みついているというはなんとも落ち着かない。十歌と名乗るその人物は人間かどうかさえ未だに怪しい。しかし、人間のように話すし、感情によって声の抑揚も変わる。人工知能にしては出来過ぎていると感じる。

 そして、頭の中に居座っていると言っても、ただ存在しているわけではない。話しかけてくるし、こっちから話しかけることも可能だ。同じ頭の中にいるせいか強く言葉を意識するとテレパシーみたいに声に出さなくても会話が可能だ。加えて視覚も共有しているらしい。自分の見た景色が頭の中の十歌も感じ取ることができるらしい。ただし、視界の中で何処に意識を向けるかは別々だ。

 と、今まで得た情報を、音楽を聴きながら整理した。

『ねえ、これ何て曲?』

 休む暇もなく頭に声が響いた。

「Bleed……」

『何てアーティスト?』

「ニルヴァーナ……」

『ふーん、私結構好きだな。まだ活動してるの?』

「ショットガンで自殺したよ。もう二十年ぐらい前のことだ」

 正確には自殺したのはニルヴァーナのギターボーカルのカートだけだ。それにしても、どうして昔のロッカーは二十七歳で死ぬやつが多いのだろうか。

『……そうなんだ』

「それにしても、視覚だけじゃなくて聴覚も共有されてるのか……?」

『いまさら何言ってるの? こうやって会話できてるってことは、新夜君の声を私が聴こえてるってことじゃない』

 本当に今更、自分は何を質問しているのだろう。少し考えればすぐ分かることなのに。

「俺の声は……、骨伝導? 的なもので聴こえていると思ったんだよ」

 未練がましく言い訳を口にした。

 それにしても、見ているものも、聴いているものも分かち合っているなんて、プライバシーなどあってないようなものではないか。

 そう思った後に、実態もない、頭の中にいる存在に自分のプライバシーなど気にしていることが馬鹿馬鹿しく思った。

「なあ、十歌。お前に性別ってあるの?」

 それでも一応尋ねてみた。

『何言ってるの! 可愛い女の子に決まってるじゃない!』

 憤慨する様な口調で十歌は言った。

 半ば予想していた答えだった。頭の中に響く十歌の声は紛れもなく女性のそれで、推測するにまだ年端もいかない少女のものに思えた。

 十歌が少女だと分かった今、なんとも言えない複雑な感じがした。そして、何もわざわざ自分の中に入り込んでこなくても、同じ女性の中に入ればよかったのにとも思った。

「そうか、女の子か……」

 ため息交じりにそう呟いた。

『そうだよ! だから、その……、色々と気をつけてね』

 何に気をつければいいのかは、あえて訊かなかったが。やはりプライバシーなどあったものではく、少しは気にしなければいけないようだ。

 なんにせよ、十歌のことを知っていかなければならない。そうしなければ現状の解決には至らないだろう。

「……そうだ」

『どしたの?』

 十歌の声を無視してパソコンを操作し映画が保存されてあるフォルダを開いた。フォルダの中には数々の映画のタイトルがあり、その中の一つをダブルクリックした。久しぶりに使うマウスにどこか違和感を感じた。 

『シャイニング?』

 ディスプレイの映像はしっかり十歌にも届いているらしい。

「昔の映画」

 ちょっとした悪戯心だった。

 十歌がホラーが苦手だと言っていたことをふと思い出し、現在の行動にいたった。

 これぐらいのささやかな復讐は許されるはずだ。

『映画なんて久しぶり。でもなんで急に?』

「……」

 始めは楽しそうに映画に見入っていた十歌だったが、映画が進むにつれて彼女の声は怯えを増していった。

『ねえ、これ怖いやつ? 怖いだよね?』

 自分はいたって普通で変な性癖などないと思っていたが、恐怖に怯える十歌の声を聴いて愉快に感じるということは、案外にサディストなのかもしれない。

 十歌の声は無視し、黙ってディスプレイを見つめ続ける。

『ねえ、止めてよぉ。意地悪しないでよ』

 段々と泣き声のようになってきて、さすがに良心が痛んだ。

 映画も終盤、恐怖の度合いもクライマックスに達したとき、

『ひぃ!』

 小さな悲鳴が頭に響いた。そして同時に頭の中にある何かが奥に引っ込んでいくような、なんとも形容しがたい感覚があった。

 頭が軽くなったような、もやもやが晴れたような、しかしどれにも当てはならない奇妙なものだった。

 一つ分かったことは十歌は今頭の中にいない。根拠はないが確信めいたものがあった。

「十歌?」

 ためしに呼びかけてみたが返答は無い。

 まさか、恐怖で消えてしまった?

 いやはや、よかった、よかった、これで万事解決だ、と素直には喜べなかった。

 彼女の存在理由は釈然としなかったが、それでも一個の人格というものが確かにあった。それが消えてしまった。つまり、自分が彼女を殺してしまったということか?

 軽はずみにホラー映画など見たことを少し後悔した。

 そのあと何度か呼びかけてみたが、相変わらず反応は無い。

 十後の入っていたメモリーカードを読み込んだ。しかし例のプログラムは相変わらず見つからない。それなら、と、他のファイルを片っ端から調べて回った。

 しかしどれだけ調べても成果は芳しくなかった。気づけば時刻は日付を跨いでいた。

 これ以上調べても無駄だと悟り、罪悪感を抱いたまま眠りに就いた。


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