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光を  作者: 七七日
12/16

ⅩⅡ

『今日は桜花、バイトないんだって』

「あっそう」

 いつも通り昼過ぎに目を覚ました。今日はベッドではなくリビングのソファに座り珈琲を飲んでいた。

『だから遊び相手になってくれるって』

「ぶっ!」

 危うく珈琲をまき散らすところだった。

『これで今日は有意義な一日が過ごせるよ』

 得意げに話す十歌には呆れるばかりだった。

「何だよ、遊んでくれるって……」

『まあ、この場合デートだね。嬉しい?』

 戸惑いしか浮かばなかった。そもそもこっちは十歌と違ってそんなに桜花と毎日のように一緒に走っているわけではないのだ。そのときに十歌と桜花がどんな会話をしているかも知らない。そんな中いきなりこっちの自分が出ていったらさすがに向こうは違和感を覚えるだろう。

「俺はいい。お前が行って来い」

『ええっ! せっかく出不精の新夜君のために約束してきたのに』

「あのなあ、俺自身は桜花とそんなに話したことないのに……、何処に行って何を話せって言うんだ」

『大丈夫、私がサポートするから。スケジュールももう決めてあるから』

「だからお前が行けよ……」

 言われるがまま行動して、はたしてそこに自分の意思があると言えるのだろうか。十歌のことだから台本のように言う台詞まで決めていそうだ。

『だめだめ。ささっ、取りあえず着替えよ。そんな服装じゃ相手に失礼だよ』

「これを着せたのはお前だろうが」

 反論の呟きは聴こえなかったようで、十歌は早く部屋に行って着替えろと急かす。

 自分なりにそれらしい服装に着替えたが何度も十歌にダメ出しをくらった。

 クローゼット、箪笥から服を掻きだして部屋の床一面に衣類が無造作に散らばった。結局オーケーが出たのは着替え初めて三十分も過ぎた頃だった。

『よし、これでばっちし。そろそろ時間だから早めに出ようか』

「……」

 ハイテンションな十歌と相反して、こちらは着替えで既にぐったりと疲れていた。



 待ち合わせは、いつも走るときに合流するところだった。

『よかった。まだ桜花は来てないよ』

「そりゃそうだろうよ」

 十歌に待ち合わせの時間を聞いたら現時刻から三十分も後だった。

 暇を持てあまり待つこと二十数分、桜花は律儀にも五分前に集合場所に現れた。

「お待たせー、って早いね」

『大丈夫、俺も今来たところだから』

「まあね」

 十歌の副音声は思いっきりスル―した。

「さて、何処に連れてってくれるの?」

 楽しげに笑う桜花にすこしどきりとした。

 改めて桜花を見てみれば、髪型、服装などは平素に比べると気合が入っているように思える。

『まずは映画館!』

「まずは、映画でも行こうか」

「いいね、映画。そういえばかなり久しぶりだなあ」

「そういえば、俺も二年ぶりぐらいかな」

 そうして映画館までの道程、会話も特になく、微妙な距離を保ちながら二人並んで歩いた。

『ほら、何か喋らないと』

(何かって何だよ……)

『今やってる映画で興味あるのはあるかとか』

(何やってるかわかんねえよ)

『じゃあ、また音楽の話とか』

(急にそんなこと言われてもねえ)

 十歌とそんなやり取りを繰り返すうちに映画館に着いてしまった。

 映画館内は夏休み中ということもあってか中高大学生が多い。しかし、それほど混んでいる様子でもないので、これならゆったり見られそうだ。

 桜花も自分も、今どんな映画が上映されているか分からなかったので、上映作品一覧が張り出されている前に立ってしげしげと眺めた。

『実はちゃんとリサーチしているのです。その赤いチラシの映画、もうすぐ始まるからそれで』

(どんな映画?)

『ヒロインがヴァンパイアのラブストーリー。雰囲気ばっちし』

(ふーん……)

 一応、十歌が言うその映画を進めてみることにした。

「その映画、もうすぐ始まるみたいだけど、どう?」

「うーん、私はこっちの方が興味あるかな」

 そう言って桜花が指差したのはSFっぽい感じの絵画家が枯れたチラシだった。軽くあらすじを読んでみると確かにおもしろそうで、十歌の示したものより興味がわいた。

「あ、でも、上映は後三十分後だね。どうする? さっきのにする?」

「いや、いいよ。三十分ぐらい待とうか」

 券売機でチケットだけは先に買っておいた。後はどう時間を潰すかだ。

『ああ、私の計画が……、この空白の三十分、どうするの?』

(……さあ、考えてくれ)

 映画が始まるまでは素直に十歌のアドバイス通りに行動した。 

 グッズ売り場を見て回れ、近日公開の映画で何か面白いものはないか、などなど。そうしている間に、意外と早く三十分は過ぎ去った。

『映画という場ポップコーンでしょ!』

 と十歌が言うので売店へと足を向けた。

「一番大きいのかって二人で分けようよ」桜花がメニューを見ながら言った。「塩とキャラメルの両方入ってるみたいだし」

 なんかバカップルみたいだな、とも思ったがジュースじゃないだけまだましか。

「じゃあそれで」

 ポップコーンのLサイズに、おのおのジュースを手にしてスクリーンへと向かった。



 映画を見終わると時間は夕食時、十歌が事前にリサーチしてあった小料理店で少し遅めの夕食を摂ることにした。

「へー、おしゃれな店知ってるんだね」

「いや、来るのは今日が初めて」

 薄暗い店内にはカーテンで仕切られた個室がいくつかある。落ち着いた雰囲気なのに流れている音楽はハードロックだった。

「じゃあわざわざ調べて来てくれたんだ」

「まあ、ね」

 始めに飲み物を頼む際、飲むつもりはなかったが桜花が普通にお酒を頼むものだから、ウーロン茶という台詞を引っ込めてすかさず適当なお酒を頼んだ。そしてつまらない恰好をつける自分が嫌になった。

 料理をつまみ、お酒を飲みながら話しをした。映画のこと、音楽のこと、学校のこと……。アルコールが回っているせいかいつもより口が回っているような気がする。

 ひとしきり話した後の静寂。

 そして桜花が徐に口を開いた。

「ねえ、新夜君って彼女とかいるの?」

 今までの話し方とは違い、何処か控え目で、視線を明後日に向けながら桜花は言った。

「いないけど」

「そうなんだ」

『おおー、これはあれですよ、あれ!』

 興奮した様子で十歌が騒いでいる。

(なんだよ、あれって)

『あーまったく、これだから引きこもりは。桜花は待ってるんだよ』

(だれが引きこもりだ)

 内側で十歌と話している間に桜花が再び口を開いた。

「あのっ!」

 急に上がった声のボリュームに思わず背筋が伸びて、身構えてしまった。

「な、何?」

 一瞬の間をおいた後、桜花は絞り出すように言った。

「私じゃ、だめかな」

「……」

『ほら、ほら! 黙ってないで』

 桜花の言葉を理解するのに数秒を要し、その間、十歌がひたすら何かをわめいていた。いやしかし、要するに告白されているわけで、それはそれでどう答ええいいのか分からず結局黙りこむことになってしまった。

「ごめん、ちょっとお手洗い」

 無言に耐えられなくなったのか桜花は席を立った。

『何やってるの!』

「むしろ何もやってない」

『桜花のこと嫌いなの?』

「嫌いじゃないよ、むしろ……」

『じゃあオーケーだね』

「だけどさ、今まで桜花と触れ合ってきたのはほとんどお前だろ」

『そんな細かいことは気にしない』

「細かいことって――」

 急に眩暈がした。

 その拍子に持っていたグラスを落としてしまった。

『大丈夫?』

 答える余裕がないぐらい頭が割れるように痛い。

 どこか覚えのある頭痛だった。

 その場で蹲り頭を抱え込む。

 もう耐えきれない。そう思った瞬間、意識が飛んだ。

「新夜君? 大丈夫?」

 十歌はいつのまにか表面に出ていた。横を通りかかった店員が一人で声を上げた十歌に怪訝な視線を向けた。 

(新夜君?)

 呼びかけても返答は無い。

 今までも新夜君が眠りについて自分が表面に出されることはあったが今回のようなことは初めてだった。

 その後も何度呼びかけてもやはり返答は無い。

 そうしている間に桜花が戻ってきた。

 落ち着かない様子で桜花は席に着いた。

「その、返事、聴かせてもらっていいかな」

 先ほどまで答えを急かしていた自分が言葉に詰まってしまった。だって、私は新夜君ではないのだ。さすがにこんな大事なことを勝手に決めてしまってはいけないという思いがある。

 どうしよう。そう思って黙りこんでいる間に、ふと桜花を見ると俯いて泣きそうな表情をしていた。

 その桜花の顔を見て思わず口が開いた。

「俺でよかったら、その……、よろしく」

 桜花が勢いよく体を起こした。

「え……、それは、オーケーってこと?」

「うん」 

 その答えに桜花は破顔一笑した。

「……なんで、ずっと黙ってたの?」

 笑顔になったかと思うと次は目を吊り上げて桜花は言った。

「いや、向こうから言わせちゃって悪いなあとか、どうやって返事しようとか色々と考えてた」

「ふうん、まあいいや。これからよろしくね」

「うん、よろしく……」

 そうして桜花と付き合うことになったわけだけど、当の本人はまだその事実をしらない。戻ってきたらきっと怒られるだろうな。


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