Ⅹ
五分も歩かず浅野家に到着した。
入ってすぐの和室に立派な仏壇があり、十歌は正座して線香をあげた。仏壇の中には遺影があり、自分より少し若いだろうといった少女が微笑みを浮かべていた。しかし、顔を青白く生気がない様に思えた。
『……』
線香をあげた後、十歌はすぐにお暇しようとしたが、どうしても話がしたいとせがまれてリビングに通された。
「あなただったのね」
ソファーに腰掛け、開口一番に彼女が言った。内側にいる自分にはその言葉の意味が分からなかった。それは十歌にとっても同じだったようだ。
「え?」
「あの子、良く病室でパソコンいじってたの。内をしていたか訊いても教えてくれなかったけど、君とメールしてたのね」
「あ……、ええ、そうです」
「どんなこと話してたの?」
「……他愛もない世間話ですよ」
「よかったら話してくれる? 最後の方は、私達はあまりあのこと話しできなかったから」
横に座る亭主の方はただ押し黙って二人の話しを聴いていた。
「そうですね……、よく、愚痴を聴かされました。病院の食事は味がなくてつまらないとか、外に出て走りまわりたいとか――」
「そう」
二人の会話は尽きることなく、気づけば小一時間が過ぎていた。
娘のことを思い出してか、向かいに座る彼女の頬に涙が伝い、そのまま泣き崩れてしまった。
「あ……」
突然のことに十歌は戸惑い言葉を失った。
横に座る亭主がなんとかなだめようとするが彼女は顔を覆ったままだった。
「すいません……、そろそろお暇します。長居してしまってすいません」
そう言って十歌は席を立った。
玄関へは亭主が見送りに来てくれた。
「では、失礼します」
ドアを開けて家を出ようという時、亭主が静に言った。
「娘と仲良くしてくれてありがとう。娘の話も聴けてよかった」
そう言った彼の眼も潤み、今にも涙がこぼれそうだった。
「……いえ」
十歌が最後に言った言葉はそんなそっけない台詞だった。
玄関を出て急に十歌が席を譲るものだから少しバランスを崩し転びそうになった。
「おっと!」
『ごめんね。あと、ありがとう』
十歌は殊勝にそういった。
「もういいのか? 両親との対面は」
『ばれた?』
「いや、誰でも分かるだろ」
『ははっ、そうだね』
無理して笑ったようなその声に覇気は無かった。
振り返って今出てきたばかりの家を見上げた。
「此処――生まれ育った家がお前の来たかった場所か」
最初はわざわざ北海道の何処に行きたいのかと疑問だったが、こういう訳なら納得だ。
『ねえ、もう一ついきたい場所があるんだけど、いい?』
「ああ、何処へでも。次は何処だ?」
『私のお墓』
「……オーケー」
十歌に案内されて歩くこと数分、とある寺院に辿り着いた。お盆ということもあって同じようにお墓参りに訪れる人がまばらに見受けられる。
『あれ、何処だったかなあ』
どうやら墓石の場所までは覚えていなかったようだ。
「自分の家の場所くらい覚えとけよ」
『だって久々なんだもん』
無数にある墓石の中から目的の物探しだすまで十数分を要した。
『あ、あった!』
「やっとか」
浅野家と掘られた立派な墓石にはまだ新しい墓花が供えられていた。
墓石の側面には『十歌』と新たなに名前が彫られていた。
横の家のお墓にも参りに来る人が見えた。六十代ぐらいの老夫婦だった。二人は線香もあげず、手も合わせない、ただ突っ立っているだけの自分に訝しげな視線を向けた。
その視線を気にして思わず目を閉じて手を合わせた。
『誰の死を悼んでるの? 私は此処にいるよ』
「わかってる」
小声でそう呟いた。
隣の老夫婦は思いのほか早く去ってくれたので目を閉じたままやり過ごすことができた。
『まあ、生きてるとはいえないかもしれないけど……』
十歌は自嘲気味にそう言った。
「お前は生きてるよ」
『ありがと……』
どこかしんみりした雰囲気を打開するように話題を変えた。
「それにしても、よく自分の墓になんてこようと思ったな」
『だって、自分のお墓を見ることなんて、そうそうないじゃない』
「史上初だよ」
『ははっ、そうかもね』
そんな冗談を言い交わして寺院を後にした。