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光を  作者: 七七日
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「荷物届いてたわよ」

 学校から帰り、自室へ向かう途中、キッチンからそんな声が響いた。

 荷物? はて、なんだろう。

 ネットで何か注文した覚えも、どこかの懸賞に応募した覚えもなかった。

 階段を上がりながら届いたという荷物について思案を巡らせたが、見れば早い話である。思考を中断し、早々に自室へと入った。

 机の上にそれはあった。

 母親の言っていた通り宛先は自分になっている。小包はそれほど大きくなく、片手で持てるほどの大きさだ。そして軽い。何も入っていないのではというぐらいに軽い。

 カッターでテープを切り裂き箱を開けた。

 小包の中身のほとんどは緩衝素材で埋め尽くされていた。そして緩衝素材の中から顔をのぞかせたのは小さなメモリーカード。どこ機器にでも用いられている一般的な規格のメモリーカードだ。

 しかし奇異な点をあげるとすれば、黒一色で何の飾りもないことだ。市販のものならばメーカーのタグが刻まれていたり、そのメモリーカードの容量を示すシールなどが貼ってあるものだが、目の前のそれには何もなかった。

 怪しい。

 怪しさ全開だ。

 こんな得体のしれないものは放置、または捨てるに限る。安易に中を開いてみてウィルスなどが仕組まれでもしていたらたまったものではない。

 しかし、いかんせん。

 逆らい難い好奇心があるのもまた事実だ。

 気になる、気になる、気になる……。

「よし」

 そして、パソコンを起動させた。

 数秒でパソコンは立ち上がり、ブレインインターフェースを取り付けた。

 ブレインインターフェースはマウスやキーボードに代わる新たな入力危機だ。脳波によってパソコンを操作するものだ。また、スピーカーなどの役目も果たす出力装置でもある。おかげで一昔前は配線やらで、ごちゃごちゃしていたパソコン周りもずいぶんすっきりしたものである。

 きやすめに過ぎないが、念のため仮想PCを立ち上げウィルス対策をして例のメモリーカードをパソコンに差し込んだ。


『PVB』


 メモリーカードの中にはそう書かれたフォルダがひとつ、さらにそのフォルダを開いた。

「うわ……」

 その中には大量のファイルが敷き詰められていた。

 あまりプログラムには明るくないのでそのほとんどが何を表しているのかわからなかった。

 しかし、ただ一つ、


『10songs.exe』


 拡張子から判断するにそれが実行ファイルであることがわかった。

 おそるおそる、そのプログラムを実行した。

「……」

 長い。

 遅い。

 既に一分は経過しただろう。ポインタは未だに処理中を示す表示のままだった。

 さらに一分は経過した頃、ようやく処理が終わったようだった。

 しかし何も起きない。


――ピーーーー


 なんだ?

 モスキートーンに似た音が脳に直接響いた。

 音は徐々に大きくなっていく。

 それは音からやがてただの大音量のノイズに変わった。

 さすがに耐えきれなくなりブレインインターフェースを外そうとしたとき、急に音がやんだ。

「何なんだ、いったい?」

 たちの悪い悪戯か……。念のため後でウィルスチェックをしておこう。

 肩すかしをくらい、脱力感に襲われ背もたれに体重を預けた。そのとき、

「がっ!」

 突然な頭痛に襲われた。

 何か、何かが頭に流れ込んでくる。

 膨大な情報の流入に頭が割れるように痛い。

 クソッ、あのプログラムのせいか。

 ブレインインターフェースを外せばよかったのだが、激しい痛のせいでそこに思考がいかなかった。

 ただ、頭を抱えたまま机に突っ伏し激しい息を繰り返した。

 そしてそのまま意識は途切れた。



 カーテンの隙間から差し込む陽ざしに刺激され、瞼をゆっくりと開いた。

 頭が痛い、気持ち悪い。

 目は冷めたが、体を動かす気分には到底なれなかった。

 首だけを何とか動かし時計を見た。七時半。夜ではない、朝だ。

 霞みがかった頭を無理やり働かせ昨日のことを思い返す。届いた小包、その中のメモリーカード、変なプログラム、起動、そして――。気を失ったのか。

 机の上で気絶したはずだが今はベッドの上にいる。きっと母親が運んだのだろう。服装は昨日のまま。よほど汗をかいたのか体がべたついて気持ち悪い。

 今日の講義は二コマ目からだ。なので時間はまだまだ余裕がある。取りあえずシャワーを浴びよう。

 着替えを持って下に降りたら足音を聴きつけたのかキッチンから母親が顔を出した。

「あんた、大丈夫?」

「え? ああ」

 正直、大丈夫ではなかった。立ちあがって歩くのさえもきついほどだ。

「どんなに呼びかけても、ゆすっても、あんた起きないから……。一応息はしてるみたいだったからほうっておいたけど、今日も起きなかったらさすがに救急車呼ぶとこだったわよ」

「……疲れてたんだよ」

 本当は気絶していたからだ。

「朝食食べる?」

「うん、シャワーの後で」そう言ってバスルームに入ろうとしたが一つ訊くべきことを思い出した。「あの小包は誰から?」

「さあ? 差出人のところ見てみたら」

 そういえばそうだ。着替えだけをバスルームにおいて階段を駆け上がった。折り畳んでゴム箱に放り込んだ元小包を取り出す。


『(株)Mehr Licht』 


 差出人の欄にはそう記されていた。

「めー……りちと?」

 読めない。せめて英語ならともかく……これは、ドイツ語か?

 生憎とドイツ語の講義は取っていなかった。

 パソコンを起動させ、一瞬躊躇するもブレインインターフェースを装着した。パソコンは問題なく起動し、今のところ異常は見当たらなかった。

 ブラウザを立ち上げ差出人にあった会社を検索するも、それらしい会社は見当たらなかった。

 予想はしていたがダミーだったようだ。

 パソコンをスリープにし、ため息を一つついてバスルームに向かった。

 設定温度を下げて冷たいシャワーを頭からかぶった。がんがんと頭に響く痛みが和らいでいくような気がした。

 それにしても、何だったんだ、あのメモリーカードは、あのプログラムは。人体に作用するプログラムなど今まで聞いたことがないが、気を失ったのはあのプログラムを起動した直後だ。原因はあのプログラムにあるとしか考え得られない。

 あのプログラムが人体に何らかの影響を与えるとしたら、果たして自分は大丈夫だろうか。

 そう思いながら鏡に映る自分を見た。ひどい顔をしていた。

 気絶の後遺症か、鈍い頭痛は未だに継続中だ。あまり長引くようなら病院に行くことも考えておかないと。

 バスルームから出ると朝食を摂った。考えてみれば昨日の昼から何も口にしていなかった。それでもあまり食欲は湧かず、半分ほど残した。

 昨日の夕方から今朝まで十五時間以上眠ったはずだが、頭は靄がかかったようにもやもやとしている。

 講義までまだ時間はある。

 再びベッドにもぐり二度寝することにした。目を閉じるとすぐに眠気が訪れ、数分後には眠りに落ちた。


 

 二度寝から目覚めた。

 十時ジャスト。

 講義開始は十時二十分から。家から学校まで自転車で早くて十五分。

「あー……」

 すぐには現状が把握できなかったが、血が巡るにつれて徐々に危機感が募る。

 講義は何だった? ……中西のオプトか、だめだ、遅刻できない。

 ベッドから飛び降り、デイパックを担いで寝間着のまま部屋を飛び出た。靴を履くのももどかしくクロックスをひっかけて家を出た。

 ギアをあげて立ち漕ぎで自転車を走らせた。

 信号は行く先々青変わり。学校に着いてみるとなんてことはない。講義開始五分前には教室にスタンバイすることができた。

「大丈夫か?」

 すぐ後にやってきた友人が心配そうな声音で言った。

「ああ……」

 そう答えはしたが、息を荒くし、汗を垂れ流している今の自分の姿は決して平素の様子ではないだろう。昨日のこともあって顔色も悪いことだろうし。しかし、今朝がたあった頭痛はいつの間にか消えていた。二度寝が効いたのだろうか。

 やがて中西助教授がやってきて講義が始まった。

 講義が始まり十数分たったころ、

『ねえ』

 後ろからそんな声が聞こえたような気がして振り向いた。

「?」

 しかし、後ろの席に座っていた名も知らぬ女学生は、急に振り向いた自分にきょとんとした表情を浮かべるだけだった。

 気のせいだったか、と再び講義に集中した。

『ねえ』

 空耳ではなくはっきりと声が聞こえた。さっきと倍のスピードで後ろを振り向いた。女学生は急に振り向いた自分に驚き、そして怪訝そうな視線を向けた。

 彼女じゃない?

 今度は大きく周りを見回した。寝ているもの、講義に集中しているもの、他の教科の課題をやっているもの。誰が声をかけたのかは人目では分からなかった。

「どうした?」

 急にきょろきょろしだした自分を見て友人は言った。

「いや……。なあ、声がしなかったか?」

 声をひそめて友人に尋ねた。

「……いや、何も聞こえなかったけど」

 友人はそう言って携帯ゲームに戻った。

 納得できないまま再び前に向き直った。

『聴こえてるでしょ?』

「っ……」

 横に座る友人を見た。何も聞こえた様子はない。

 この静まり返った教室であれだけの声を出せば誰かしらが気づくはずだ。だがまたしても周りに反応を見せる学生はいない。

『ねえ、無視しないでよ』

 納得した。誰も気づかないはずである。

 その声は鼓膜に響いているのではなく、脳に直接響いていた。

 せっかく引きはじめた汗がぶり返してきた。その汗は先ほどのそれとは違ってねっとりと嫌なものだった。

「悪い、トイレ」

 友人に向かって短くそう告げて席を立った。周りの生徒の視線も、何やら怒鳴っている中西教授の声も気にせず、とにかく教室を出た。そして急いでトイレに駆け込んだ。

 勢いよく顔を洗って鏡を見た。ひどい顔をしている。

『ねえ』

 また声が響いた。

 落ち着け。そう自分に言い聞かせた。これは、幻聴……だろうな。原因はやはりあのプログラムのせいか。

「はあ……」

 思わずため息が漏れた。

 頭痛の次は幻聴かよ……。頭痛なら病院に行けばなんとかなると思っていたが、この場合はどうすればいいんだ。精神科か、脳外科か?

『別に病気じゃないよ』

「は?」

『ついでに言うと幻聴でもないよ』

「……」

 まったく、最近の幻聴ってやつは考えを読んで語りかけたりするのか。そして幻聴じゃないと言い訳までする始末だ。

「じゃあ一体何なんだよ!」

 鏡に向かって叫んでいた。

 思いのほか大きな声に自分でも驚いた。誰もいないよな? と、一応個室の方まで人がいないことを確認した

『私は十歌』

「トウカ? 名前?」

『そ、十歌。君は新夜しんや君だね』

「なっ……。どうして俺の名を」

 幻聴は問いに答えることなく微かな笑い声を響かせるだけだった。

 十歌、頭の中に入り込んだそれはそう名乗り、もはやそれが幻聴だとは思えなかった。  

 


 昼休み、いつもなら友人と共に食堂で昼食を摂るが、今日は独り、あまり人が寄り付かない角の席に陣取っていた。 

 渋い顔をしてラーメンをすする。別にこのラーメンがまずいわけではない。

『おお、ラーメンだ。久しぶり』

 こんな声が頭の中に響けばどんな行列のできるラーメン屋のラーメンをすすっていようと表情は曇るだろう。

 無言でひたすらラーメンをすすった。器を持ち上げ汁まで全て飲み干した。そして大仰に器を机に叩きつけた。

「何なんだお前は」

『だから十歌だって。十に歌とかいてトウカ』

「名前は分かった。その存在が何なんだ? どうして俺の頭の中にいる?」

 周りに人はあまりいないが、それでもできるだけ声は抑えた。

『私は人間だよ』

「どこに人の頭に入り込む人間がいる……。ん……十歌、十……歌……」

 ふとあのプログラムの名前を思い出した。

 そうだ、『10songs.exe』。十の歌、十歌。あのプログラム名はアイツの名前だったのだ。

「やっぱりお前はあのプログラムか。AIか何かか?」

『失礼な。人間だって言ってるでしょ』

「人間はあんな小さなメモリーカードには入らない」

『人の技術は日々進歩してるんだよ』

 どうもコイツを人間だとみなすのにはまだ抵抗がある。しかしAI以外の説明も思いつかない。それに、コイツはAIにしては喋り方などが人間らし過ぎる。だからAIとみなすわけにもいかない。ではやはりコイツは人間なのか?

「どうやって入ってきたんだよ? 誰があの小包を送った? 人間だっていうなら本体は?」

『そんな矢継ぎ早に言わないでよ。それに、どの質問にも私は答えられない』

「どうして?」

『私がどうやってこうなったのかも、私の体も、どうなったのかは分からない。真夜君だって普段何気なく使ってる電子機器の構造や仕組みを全部理解してるわけじゃないでしょ』

 それを言われればぐうの音も出ないが、それでもコイツの言葉が屁理屈に聞こえるのはコイツの存在があまりに非常識だからだろう。

「じゃあ、何故俺の名前を知っていた?」

 これが分からないとは言わせない。

『それは……、その、君の中に入った時に、君の情報が少し流れてきたんだよ』

 不愉快だと思った。そっちには情報が流れてこっちには一切向こうの情報はこないなんて。

「はあ……、まだ訊きたいことが山ほどある」

 が、そろそろ昼休みも終わりだった。

『まあまあ、これから一緒に居るんだからゆっくりいこうよ』

 頭の中に勝手に居座った得体のしれない存在――十歌は気楽な口調で声を頭に響かせた。

 激しい苛立ちを覚え、反射的に自分の頭を殴った。

 もちろん痛いのは自分だった。


読んでいただきありがとうございます^^

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