熱情!疾駆!コクハクダー!!
俺は告白した。他に誰もいない橙色が満ちる教室で。
男として、最も偉大な一歩をとうとう踏み出すことができた。そのセリフはいたってシンプル。数日、眠れずに考えに考えた結果の言葉。
「好きです!付き合ってください!!」
と、教室に響かんばかりの声とともに頭をガバっと下げたのだ。キッチリ直角。
俺の頭上の先にいるのは、この学校の生徒会長だ。
この世のすべての『白』を凝縮したような性格、完全な善良的存在。その采配は公明正大、清廉潔白、是々非々主義。個人としては清純、純白、純潔を兼ね備え、奇跡という奇跡を重ねて生まれたような女性だ。
全校生徒の前で壇上に立ち、その凛々しくも輝かしい姿と体の芯まで染み込んできそうな声の波に一目惚れ、一耳惚れしてしまったのだ。
その日以来、彼女の姿はまぶたの裏に焼きつき、いや、聖火のように煌々と燃え続けている。耳にどんなメロディが入ってこようと彼女の声と比べれば平々凡々以下の駄曲にすぎない。普段の学校生活でも、彼女が中心になりがちだ。
少しでも彼女の姿を目の端で捉えたならば、首ごとその方へ向いてしまう。ブレザーを盛り盛りと盛り上げる胸を見れば、脳髄が焼き切れそうになる。規則を守ったスカートの裾から生える足は白く淡く輝く。
誤解のないように言っておくが、俺は至って健全な感性と常識を持ち合わせた健康優良児だ。日本男児だ。最近の貧弱、脆弱、軟弱な男性像とは違う。ストーカーなどの粘着行為は絶対に許せない。お年寄りには席を譲り、横断歩道は手を上げて、近所の子供たちとは汗と泥まみれになって遊ぶ。
周りからよく大和撫子と同じく絶滅危惧種と囁かれるが、俺は思いっ切り思い通りに動くことが大事だと信じている。スカッと、ズバっと清々しく生きることが何より気持ちいい。
だからこそ、自分とは悪い意味でなく正反対な生徒会長に惚れてしまったのかもしれない。たとえここで失恋したとしても悔いはない。今夜の枕はぐしょ濡れになるだろうが、次の日にはカラっとしているだろう。
…頭を下げ続けるのも疲れてきた。しかし、生徒会長の顔を見るのが怖い。今、彼女はどんな顔をしているのだろうか。急な告白に驚いているのだろうか、それとも身の程知らずの恋を笑っているのだろうか。どちらにしても、彼女から声を発してくれない限り俺は動くことができない。背中から熱い汗が噴き出してくる。うなじがピリピリしてくる。
早くこの止まった空間をなんとかして欲しい。そして、この沈黙を破れるのは俺の恋の成就か失恋なのだ。
どれくらい時間が経ったかわからない。体感時間ではすでに何時間も過ごしているようだ。実際には五分も経っていないかもしれない。いつ終わるともしれない俺の全力頭下げは確実に体力を奪っていく。腰痛は必至。早く!早く!
早く返事を!!
「……うれしい」
俺の耳が、耳の奥で響き続けた声が、俺の知らない単語を、この場で捕らえた。俺は脳が命令を発するより早く頭を起こす。
起き上がれば、必然、彼女の真正面に顔が目に飛び込んでくる。
その彼女の表情は、
夕焼けよりも赤く、目を潤わせ、恍惚とした表情で俺を見ていた。
やった!!! やったぞ!!
全身に人生最大の甘美感が襲う、血液という血液が砂糖水になったような甘さで指先から髪先まで震えてくる。
今まで関わった全ての人、物、動物問わず感謝を送りたい。お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん、ネコの小太郎、近所のおばさんおじさん、あやちゃんけいくん、親友の達也、啓介、幸広、隣の席の山下さん、剣道部の先輩後輩、先生方、購買のおばちゃん、通学路のおまわりさん、いつも電車で目が合うサラリーマンのおじさん、みんなありがとうーーーーーーーー!!!
「あなたのことをずっと見ていました。初めて見たのはご近所のお子さんと遊ばれている時かしら?汗まみれ泥だらけで子供達と遊ぶ姿は無邪気で…こんな男の人がいるなんて思ったこともありませんでした。あなたが優しい人だってことも知っています。いつもバスや電車ではお年寄りの方に席を譲っていて、私、感動しました。
それからは時間があればずっとあなたの姿を見ていました。あなたのことなら何でも知っています。部活でのあなたの声も録音していつも持ち歩いています。あなたの声は体の芯まで響いて骨まで染み込んでいきます。仲良しのお友達とも何を話したかも…。いつもゲームの話ばかりで私はわかりませんが…。これからあなたの彼女になるのですから、手取り足取り教えて下さいね。どんな難しいゲームでもあなたと一緒ならきっと楽しいです。
…そういえばお隣の山下さん…でしたっけ? いつもお友達として仲睦ましいのは大変結構なのですけれど、これから一切会話しないでくださいね。どうしてなんて思わないでください。純粋、純白、純潔なあなたが汚れるなんて私には考えられません。そんなことになったら、私、何をするかわかりません。私のすべてをもってして、障害を取り除くでしょう。私としても学友を傷つけるのは気が進みませんし、平和な生活をあなたと送っていきたいと思っています。
そういえば、最近は夜更かししていたようですが、体に悪いのでこれからはやめてくださいね。もうあなた一人の体ではないのですから。
そうそう…昨日も一台も車が走っていないのに横断歩道で手を上げて…。私、いつもあの姿に胸がきゅんとなります。
今までは面と向かったら絶対に我慢できないと思ってすれ違い程度の接触でしたが、それでもあなたの送ってくれるちょっとした視線でも私はこの上ない幸福に包まれました。でも、我慢しなくていいんですね。やっとやっとやっとこの手でこの手で手で手でもう夢じゃない夢じゃない夢じゃない目で目で目で耳で耳で体の全てで全てで全てで」
俺の背中が凍りついていく。さっきまでの灼熱の汗が今や氷のよう。
『白』でなくて『黒』。すべてを塗りつぶす黒。地獄の業火のような感情。
俺の踏み出した第一歩は、その下に核弾頭が埋まっていた。
おしまい
ライトノベル研究所の鍛錬投稿室(掌編の間)に投稿したものです。
お読み頂きありがとうございました。