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湖畔の月   大沢基胤記  作者: 双鶴


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第六話 軍議の間

 駿府城・軍議の間。

 畳の上に重臣たちがずらりと並び、全員がひれ伏していた。

 その最奥には、お館様・今川氏真。

 隣には寿桂尼。

 末席の端に、大沢基胤の姿があった。


 義元討死の報せが届いてから数日。

 そして松平が岡崎へ戻ったという報せが駿府を揺らしてからも、すでに三日が経っていた。


 今日の軍議は、その“松平離反”を前提として開かれている。


「報告を」


 氏真の声は静かだが、若さを押し殺した強さがあった。


 朝比奈泰朝が進み出る。


「三河にて。

 吉良・鵜殿の両家は本家への忠節を示しておりますが、

 西三河の国衆の一部が松平へ通じております。

 兵糧の供出を止めた村もございます」


 広間に緊張が走る。


「松平が……」


 氏真の声は低く、抑えられていた。


 別の家臣が続ける。


「今のところは一門衆でもある吉良・鵜殿が抑えておりますが、

 松平の動き次第では、いずれ揺れましょう」


 さらに別の家臣が報告した。


「遠江では、井伊谷が兵を引き上げました。」


 氏真は静かに息を吸った。


「……父上が討たれ、松平が離れた途端、これか」


 その言葉は怒りではなく、

 現実を受け止める覚悟だった。


 寿桂尼が口を開いた。


「氏真。

 これが戦国の常じゃ。

 力が弱まれば、皆が己の身を守ろうとする。

 だが、そなたが強くあれば、家は戻る」


「心得ております」


 氏真は深く頷いた。


 しかし、胸の奥に押し込めていた言葉が、ふと漏れた。


「……竹千代が、ここまで早く動くとはな」


 その声には、裏切りではなく、

 信じていた者の選択を理解できない痛みがあった。


 寿桂尼は周囲を見渡し、静かに言った。


「大沢は…大沢基胤はおるか?」


 末席でひれ伏していた基胤は、はっとして顔を上げた。


「はっ」


「そなたの見立てを申せ」


 基胤は膝を進め、深く頭を下げたまま静かに言った。


「松平は三河勢を率いる身。

 今川の弱りを見て、己の領地を守るために動いたのでございましょう。

 国衆の多くも、松平の動きを注視しております」


 氏真が基胤を見る。


「三河は……どうなる」


「松平が岡崎を押さえた以上、

 三河の国衆は、いずれ松平へ傾きましょう。

 ただし――」


 基胤は頭を下げたまま、静かに続けた。


「三河を抑えるより先に、遠江を固めるべきにございます。

 遠江が崩れれば、駿府が危うい」


 広間の空気が変わった。


 寿桂尼が頷く。


「その通りじゃ。

 遠江は今川家の要。

 あそこが崩れれば、三河どころではない」


 氏真は寿桂尼を見た。


「……祖母上。

 遠江を任せられる者は」


「大沢に任せれば良い」


 寿桂尼は迷いなく言った。


「堀江城は今川家の楔。

 あそこを守るのが、そなたなのが心強い」


 基胤は深く頭を下げた。


「はっ。

 堀江城ほか遠江は、家老の朝比奈様と共に、

 この命に代えても守り抜きます」


 氏真は静かに言った。


「基胤。

 そなたに託す。

 遠江を固めよ」


「御意」


 軍議が終わり、家臣たちが散っていく中、

 基胤は静かに拳を握りしめた。


(松平……

 竹千代君……

 竹千代君は、どこまで考えて動いたのか)


 だが同時に、別の思いも浮かぶ。


(それでも……

 お館様と竹千代君の絆は、消えはせぬ)


 基胤は静かに立ち上がった。


 堀江へ戻る旅が、今川家の命運を決める。


 曇り空の向こうで、雷鳴が遠く響いた。


 今川家の嵐は、まだ始まったばかりだった。


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