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湖畔の月   大沢基胤記  作者: 双鶴


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第十一話 堀江城、包囲される

 堀川城が血に沈んだ翌朝、堀江城の空は重く曇っていた。

 浜名湖の水面は荒れ、風は湿り気を帯びている。

 まるで湖そのものが、堀川城の死者を悼んでいるようだった。


 基胤は天守から湖を見下ろしていた。

 堀川城の方角には、まだ煙が薄く漂っている。


(……竹田。主膳。修理。新田。

 そして、民の者たち……)


 胸が締めつけられた。


(元康……

 そなたが堀江城を避けた想いは、分かっている。

 だが、それを他での殺戮で賄ってはいけない)


 その思いは胸の奥に沈め、誰にも言わなかった。




「殿! 松平方の軍勢、北より接近!」


 中安兵部の声が響いた。


「数は?」


「三千から四千と見られます!」


 堀川城を落とした軍勢が、そのまま堀江城へ向かってきたのだ。


 権田織部が駆け込んできた。


「殿、湖岸にも松平方の旗が見えます!

 井伊谷三人衆、渡辺高綱、菅沼定盈……

 堀川城を攻めた軍勢が揃っております!」


 家臣団の顔が強張った。


 だが、誰一人として逃げようとはしなかった。


「殿、我らは堀江城と共にございます」


「殿のためなら、命など惜しみませぬ」


「堀川城の者たちの無念、ここで晴らしましょうぞ」


 基胤はゆっくりと振り返り、家臣団を見渡した。


「……皆、よくぞここまでついてきてくれた」


 その声は静かで、深く、揺るぎなかった。


「堀川城で死んだ者たちの無念を、私は忘れぬ。

 民を殺された痛みも、胸に刻んだ。

 だが――」


 基胤は拳を握りしめた。


「堀江城を守る。それが我らの務めだ」


 家臣団の目が潤んだ。


「殿こそ、我らの柱にございます!」


「堀江城は、殿と共に!」




 その頃、掛川城包囲陣。


 松平元康は、堀江城包囲の報告を受けていた。


「……堀江城、包囲完了にございます」


 近藤康用が頭を下げる。


 元康はしばらく黙っていた。


(基胤殿……

 そなたを討ちたくはない。

 だが、堀江城を落とさねば遠江は治まらぬ)


 胸が痛んだ。


「……近藤、渡辺、菅沼に伝えよ」


 元康は低く言った。


「大沢基胤は決して、決して殺すでない。

 必ず、生け捕りにせよ」


 近藤康用は驚いたが、深く頭を下げた。


「御意」


 元康は拳を握りしめた。


(堀川城のようなことは……二度と起こしてはならぬ)




 堀江城の周囲に、松平の旗が次々と立ち始めた。

 赤い井伊の旗、渡辺の旗、菅沼の旗――

 堀川城を血に染めた軍勢が、堀江城を囲んでいく。


「松平方、堀江城へ攻撃開始!」


 物見の兵が叫んだ。


 北門に鉄砲、東に梯子兵、湖岸から舟で接近。

 堀江城の石垣が震えた。


 基胤は立ち上がった。


「全軍、構えよ!

 堀江城は、ここで踏みとどまる!」


 その声は、堀江城全体に響き渡った。


 堀江城攻防戦が――

 ついに始まった。


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