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湖畔の月   大沢基胤記  作者: 双鶴


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第十話 堀川城、炎上す

 永禄十二年。

 松平元康は、遠江へ向かう軍勢の先頭に立っていた。


 だが――

 その進路に、堀江城の名はなかった。


(……基胤殿。そなたとは、刃を交えとうない)


 元康は堀江城を避け、まず曳馬城を攻め落とし、

 続いて掛川城を包囲した。

 今川家の本拠を揺さぶりながらも、

 堀江城だけは、あえて素通りした。


 それは、かつて竹千代と呼ばれた少年の、

 消えぬ恩義の証だった。


(堀江を攻めれば、基胤殿は必ず討ち死にする。

 それだけは……それだけは避けたい)


 だが、戦は情では止まらない。


 掛川城が落ち、今川家が弱り切ったとき――

 元康の軍議に、井伊谷三人衆が進み出た。


「元康様。堀川城を落とさねば、遠江は治まりませぬ」


 近藤康用、鈴木重時、菅沼忠久。

 いずれも井伊家の残党であり、

 今川方に恨みを抱く者たちだった。


 渡辺高綱、菅沼定盈も頷いた。


「堀川城を落とせば、堀江城は孤立いたしまする」


 元康は静かに目を閉じた。


(……基胤殿。

 そなたの家臣たちを討つことになる。

 それでも、私は進まねばならぬのか)


 やがて、元康は目を開いた。


「……堀川城を攻める。

 だが、無用な殺生はするな。

 降る者は助けよ」


 その声は、どこか震えていた。




 堀川城には、千七百が籠もっていた。

 竹田高正、尾藤主膳、山村修理、新田ら、

 基胤の信頼厚い家臣たちが守りを固めていた。


「殿は堀江を守っておられる。

 ここで時間を稼ぐぞ!」


 竹田の声に、兵たちが応じた。


 だが――

 徳川軍は、あまりにも強大だった。


 井伊谷三人衆の軍勢が先陣を切り、

 渡辺高綱の鉄砲隊が火蓋を切った。


「撃てぇッ!」


 轟音が堀川の谷に響き渡る。

 土塁が砕け、守兵が吹き飛んだ。


 続いて、菅沼定盈の兵が梯子をかけ、

 城壁を一気に登り始めた。


「押し返せ! 押し返せぇ!」


 竹田高正が槍を振るい、

 尾藤主膳が負傷兵を下げ、

山村修理が弓を引き絞る。


 だが、敵は止まらない。


 近藤康用の軍勢が門を破り、

 鈴木重時が城内へ突入した。


「堀川を落とせ! 一気に攻め立てよ!」


 城内は瞬く間に炎に包まれた。


 竹田高正は胸を槍で貫かれ、

 尾藤主膳は城門前で討ち死にし、

 山村修理は火の中で弓を放ち続け、

 新田は最後の一兵まで戦い抜いた。


 堀川城の抵抗は――

 わずか一日で終わった。




 その報せは、堀江城へ夕刻に届いた。


 中安兵部が震える声で読み上げた。


「……竹田高正……討死。

 尾藤主膳、山村修理、新田……討死。

 堀川城、落城……」


 家臣団は誰も声を出せなかった。


 基胤は、ただ静かに目を閉じた。


(……皆、よく戦ってくれた。

 堀江のために、命を捧げてくれた)


 拳が震えた。


(元康……

 そなたが堀江城を避けたこと、私は知っている。

 だが……

 堀川城を落としたのも、そなたなのだな)


 その夜、浜名湖の風は強く、

 堀江城の灯は揺れ続けていた。


 堀川城が落ちた今、

 次に狙われるのは――

 堀江城であることを、誰もが理解していた。


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