両家の祖父母
午後四時過ぎに帰宅すると、休む間もなく、新宿のデパートで買ったお土産のお菓子を持って、亮子の車で市街地にある亮子の実家へ向かった。玄関前に立ち、確認する必要はないけど表札を見る。
根本勤。この勤も、なかなかの曲者なのである……。
インターホンを押すと、祖母のスマが迎えてくれた。
「お父さん、若よ」
笑みを浮かべたスマに茶の間へと案内されると、勤は定位置に座り、町の広報誌を読んでいた。
「おう。お前何の用で戻って来たんだ?」
「免許の更新の為」
この家は亮子の実家ではあるけど、この家に亮子が住んだ事は一度もない。十八年前の三月、近所からの出火によって根本家は全焼してしまう。
亮子が、『お爺ちゃんとお婆ちゃんが一生懸命お金を貯めて建てたの』と言っていた家だ。
当時幼稚園の年中だった私が朝起きて茶の間に入ると、普段は我が家にいないはずの勤とスマがいた。
「もう爺ちゃんの家は燃えてしまった」
満面の笑みで言われたけど、寝ぼけ眼で意味が分からなかった。でも、未だに強く印象に残っている笑顔……。
家財道具を何一つ運び出す事ができず、財産のほぼ全てが灰になった深刻な事態。だけど、幼稚園児の孫に深刻な顔を見せても仕方がない。無理に取り繕ってくれた笑みだったのだろう。
よく遊びに行って、私にとっても思い出深い家だったから凄く残念だったけど、勤が凄いのは、三年後に周りの力を借りつつ家を新築し、再起した事だ。
私にとって、この人は偉大過ぎる。
「仕事は何をやってるんだ」
帰ると、両親以外にも絶対に訊かれる事。
「派遣で働いてる・・・・・・」
勤には嘘は付けなかった。
「派遣・・・・・・それはお前が望んだのか?」
「・・・・・・はい」
「手に職を付ける気はないのか?」
勤はじれったそうな顔をした。
獣医師をしていた勤は、教育・職業に関しては熱心で、子供の頃から口酸っぱい。私にとっては親が三人いる感じだ。
「良いじゃないの。ちゃんと働いてるんだから」
スマがフォローしてくれた。
小言を聞き流すと、今度は、毎日片道二時間掛けて学校に通っていた頃のお話。
そして、第二次世界大戦中、既に獣医を志していた勤は自ら志願して陸軍に従軍し、満州国(かつて中国北東部に存在していた日本の傀儡国家)で軍馬の衛生、治療に当たっていた頃のお話。
そしてそして、帰国後は日本大学の獣医学科へ通い、そのさ中、東京大空襲に遭った時のお話と続いて行く。
これ、いつもの三点セット。一人で二、三時間は喋り続ける。勤の家に来る度、私の頭の中では『朝まで生テレビ!』のテーマ曲が流れる。テーマは決まって「どうした!? こうした! 根本勤」でお送りされる……。
「お前に知恵を付けてやろうと思ってな」
とは言ってるけど、述懐、自分が遮二無二やっていた時の事を話して聞かせるのが好きなんだ、この人。
御年八四歳。「男子多くを語らず」の真っ只中の世代だけど、例外も、いる。
帰り際、やっとスマと二人になれた。
「お爺ちゃん相変わらず元気だね」
「本当。若だけよ、熱心に話を聞いてくれる孫は」
スマは「ああそうだ」と言って、エプロンのポケットから茶封筒を出し、
「これくらいしかして上げられないから」
私に渡した。
「いいよ、お小遣いなんか」
「お婆ちゃんの気持ちなんだから。またいつでも帰って来なさい。お爺ちゃんもああ見えて孫の顔を見るの嬉しいのよ」
車に乗り、スマに見送られて発進させた。
信号待ちの時、『手に職を付ける気はないのか?』勤の言葉と表情を思い返した。六十歳上の爺様から心配される孫って、何? 何とも形容しがたい、複雑な心境だ。
次の日の午後。再び亮子の車を借り三田居本家へ向かった。途中墓地に立ち寄り、改めて日頃の無事を感謝し手を合わせる。
「こんにちは」と挨拶しながら玄関を開けると、祖父の政康と祖母の益子、曾祖父の近市が「よく戻って来た」と笑顔で迎えてくれた。
政孝はダイニングキッチン横の部屋でソファに座り、テレビを観ながら食後のコーヒーを飲んでいた。
少し経って仕事を再開する為に家から出て行ったけど、目も合わせなかったし声も掛けなかった。
四人でゆっくりとお茶を飲む。
「曾お爺ちゃんは今年も神楽やるの?」
「ああ。それが楽しみだからな」
そう言ってにっこりした近市は、御年一○一歳。足腰は確りしていて、神楽を舞うのが好きな人。奉納が行なわれる毎年十月を楽しみにしている。
「仕事はどんな事やってるの」
益子に訊かれた。益子も勤程は口酸っぱくないけれど、仕事の事を心配してくれている。
「雑貨とか、商品販売の仕事してる」
父親に続き、祖母にも嘘を付いてしまった……。
「良いよ。何でもしていれば」
益子は微笑んで頷いた。政康も同様だ。嘘を付いたのは自分のくせに、二人の姿を見ていて悔恨の念に駆られ、胸が締め付けられた。
他に政孝の仕事の具合や、武弥の事を話している内に、一時間近くが経っていた。
「じゃあ、私そろそろ」
「お父さんのハウスは見て行かないの?」
席を立った私に、益子が言った。少し考えたけど、
「いい。また今度にする」
今は見る気にならなかった。
帰り際、スマと同様に、近市と政康から小遣いの入った茶封筒を差し出された。小遣いといえば、なぜかうちは茶封筒なのだ。
「いいんだよそんな。お父さんに怒られちゃう」
「遠慮する奴があるか」
近市はにこにこし、私が受け取るまで手を引っ込めない様子だ。
「他にくれる人はいないだろ?」
政康も「ほら」と封筒を更に前に出して来た。
「お父さんの父親からもらうんだから、気にしちゃ駄目」
と益子。
そこまで言われたら拒絶する訳にもいかず、ありがたく頂戴し、本家を後にした。




