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喧嘩上戸

 夕方五時になり、ランを散歩に連れて行く事にした。散歩が大好きな犬で、リードを持っただけでジャンプして喜んでいる。

普段は行かないだろう場所を目指し、橋を渡り山道を進んで行く。やがて民家と田畑が広がる中、とある公園に辿り着いた。


 <仲山城跡公園>――

 ここは見晴らしが良く、町の中心地や遠くの山々も望める。

 仲山城がいつ築城されたのかは分かっていないが、私の先祖が代々本拠としていた城だ。城といっても石垣を使った部類のものではなく、館造りの居館だったと推定される。


 一番広い削平地一面に芝生が貼られていて、広場の中央にはジャングルジムやブランコなどの遊具が設置されている。ここが本丸跡と推定される場所だ。周辺にも削平地があるのだけど、みな水田と化していて山側にも削平地が広がり、城主の館はこの奥の方にあったと町の資料館の郷土史家に聞いた事がある。


 一段高い場所に城址碑と解説板、その後ろに祠が建てられていて、私は祠の前へ行き、

「無地に帰って来ました。いつもお守り頂き、ありがとうございます」

 とご先祖様に手を合わせた。

 城跡を後にし、歩くランの背中を見ながら考えた。私が帰郷した大義名分……ご先祖様に手を合わせる事とランの散歩。それと免許の更新だけ……なのかもしれないと。


 その日の夕食は焼肉。大好きなメニューも、気持ちが沈んでいると味わえない。

 政孝が晩酌の焼酎を飲み始め、咄嗟的に嫌な予感がした。三、四十分経った頃、

「若は今、どこで仕事してるんだ?」

 政孝が口を開いた。

「・・・・・・販売の仕事・・・・・・」

 亮子には派遣である事を伝えているけど、何故か政孝には言えず、恐る恐る嘘を付いた。


「販売は人の心を摑まなきゃいけない。親の心も摑めないお前が・・・・・・自分の将来をどう考えてるんだ?」

 定職に就いていない私を心配し、語気は強まる。表情は悪鬼の如く、口調は決壊した川の如し……。政孝は年齢を重ねるごとに、酒に酔うと喧嘩上戸になった。素面の時も口数少なく威厳があるけど、酒を飲むと更に高圧的になる。素面の時と一八○度違った事を言ったりもするから厄介だ。


 この人、アルコールを飲まないと娘、兄妹にも苦言を呈せないし本音も言えない。それどころか人を精神的に責めるだけ責め続ける。ある意味では「お気の毒な」性質の人……。


「そこにいて結婚ができるのか? オレの後を継いでくれる青年と出会えるのか?」

 「後を継いでくれる青年」という言葉に、私が意識していなかった、父親が本家を継いだ現実を突き付けられた。

「今のままじゃ無理ね。親の葬式すら出せないし、武弥にお小遣いもあげられないわよ」

 亮子が追い討ちを掛ける。親の葬式が出せないという事は、裏を返せば子供に何かあっても同じという訳で……。「親は先に死ぬ」なんて言葉は、人間の勝手な決め付けだから。


「何が食欲がないよ! 食べる物はちゃんと食べてるじゃない!!」

 確かに、私は以前「食欲がない」とは口にした。でも――

 それ今は関係なくない?


 私が子供の頃から、亮子は心配と歯痒さを感じるとヒステリックを起こして、身内の前で「落ち着きがない」「勉強はしない」とディスられて来た。女って頭に血が上ると、妙に頭の回転が早まるから。


 よくよく思い返すと、二人共、金銭的に余裕がない今に始まった性癖じゃないんだよね。もうお分かりの通り、私の両親はエモーショナルで乱痴気夫婦――

 私が上京した理由、CAは口実で、本心は豹変する両親から逃げたかったから……なのかもしれない。


 とはいえ、両親を化けさせているのは、心労を掛け続けている私に問題があるのだから、反論を口に出す事はできない。

「都会に住む人間は何も分かっちゃいないんだ。兄貴は高齢でも農業をやってる人達はいるって・・・・・・東京とこの町の地形を考えろってんだ!」


 私の地元は、富士山裾野の豊富な涌き水により、稲作が盛んだ。だけど町のほとんどは山地で、僅かな盆地に中心市街地が形成された、全体の約七十%が森林で占められた町でもある。


「近所の人達からは、八十を超えた老人にはもう酷だって前から言われてた。オレもそう思ったから、家の事をどうするのか、親父もお袋も年齢的に限界だって、兄貴にファックスやメールで散々伝えたんだ。それを耕耘機の購入資金だけ出せば良いと思って・・・・・・」

 埒が明かないから会社を辞めた。だけど、実家の問題だけ?


 家電量販店で接客をしていた政孝は、元来人付き合いが苦手なタイプだ。私の勝手な推察だけど、接客業よりも、限られた人と接して黙々と作業ができる仕事の方が、自分には向いていると感じたのではないだろうか。そのさ中に出て来た実家の相続問題。政孝にとって、ある種渡りに船だったのかもしれない。


「お前と武弥のためにこの家を守って来たけどな、オレはもうこの家なんかどうだって良いんだ」

 ショックな言葉……。本音だろうけど、政孝はこの家を売ろうとはしていない。


 家を建てるのが家族の目標だったじゃない! 居た堪れなくなり、私は席を外して二階に駆け上がった。


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