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デトックス

 三十分程経ち、

「じゃあそろそろ・・・・・・」

 武弥も立ち上がり帰ろうとした。

「親父の職場を見て行ったらどうだ?」

 政康の言葉に、

「ああ、それが良いよ」

 益子も同調した。

 私は迷ったけど、

「一度一目見てみたら?」

 武弥の言葉を受け、渋々益子に着いて行く事にした。


 ほぼ初めて間近で見るビニールハウス。中では政孝が一人で作業をしていた。

「これ、お父さん一人で組み立てたの?」

「そうよ」

 益子が念を押すように答える。

「政孝ー!」

 益子は声高に息子を呼ぶと、

「婆ちゃんも作業に戻るからね」

 と言ってハウスを後にした。

「今年も実ってるじゃん」

 武弥がハウスに入り、しゃがんでトマトを覗き込んだ。政孝が栽培しているトマト『桃太郎』は、青々としていて出荷直前まで実っている。


「毎年台風にはヒヤヒヤさせられるよ。ほら」

 政孝が微笑みながら出て来て、ビニールを指差した。見るとビニールに穴が開いている。

「八年前の台風で?」

「ああ。このハウスは耐久性が高いはずなんだけどなあ・・・・・・」

 武弥は一人、ハウスを散策し始めていた。

「仕事は基本一人だからな。今はラジオが友達だ」

 政孝は胸ポケットから携帯ラジオを出しながら笑った。その優しい笑顔に、何だか胸が締め付けられる思いがした。


「前に、オレの後を継いでくれる青年と出会えるのかって言ったの覚えてるか?」

「忘れたくても忘れられないよ」

 脹れっ面を装った。

「あれ、もう気にしないでくれ。今後は別姓の夫婦も増えて来るかもしれないしな。って、都合良過ぎるか?」

 政孝は伏目がちに笑う。

 本当よ……。

「最近まで仕事が忙しくて、気持ちに余裕が持てなかった。仕事のせいにしてはいけないけど、お前達の話に耳を傾けないで、一方的だったな」


 この十年の内に、政孝の心にはこれまでの自分を自己分析するゆとりができていた。そこには、かつて威厳だけを保っていた父親は存在していない。

「やっぱ中暑っ!」

 武弥が額から汗を流しながら出て来た。

「オレもJAの人に同じ事を言ったら、「トマトはもっと暑いんですよ!」って怒られたよ」

 二人は笑い合っていたが、私は込み上げて来るものが抑えきれなくなり、何も言わずに急いで車を目指した。

 

 車に乗った途端、涙が溢れ出て止まらない。悲しさでも悔しさでも、父を不憫に思った訳でもない。一つ言える事は、心をリフレッシュさせる、とても心地好い涙。

 ハンドルに俯せになって泣いていると、

「私運転しようか?」

 半開きにした窓から、武弥の呆れた声が聞こえた。

「お願い・・・・・・」

 顔を上げ、涙を手で拭う。


「泣くような場面あったけ?」

「涙は心の汗って言うでしょ」

 あれだけ涙が出たという事は、私の心には、相当な毒素が溜っていたのだろう。それが、やっとデトックスされたんだ。


 窓を全開にしてドアに両腕を乗せる。

「ちょっと姉貴、クーラーつけてる意味ないじゃん!」

 武弥の尤もな不満を無視して顔を出すと、真夏の風が清々しかった。


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