自覚
「早ければ年内で引退させてほしいんです」
「まだ可能性あるし、何とか考え直せないか?」
村田が弁舌する。
二十代も最後の年となった八月上旬の土曜日。六本木の事務所の応接室で、村田と私、松下を交えて引退についての話し合いがなされた。松下には年明けから、それとなく引退を仄めかしてはいたけど、まともに取り合ってくれなかったり慰留されたりと、埒が明かなかった。
そこで、村田に直訴して話し合いの席を設けてもらったのだ。
「別に仕事がつまらない訳でも、辛くなったからでもないんです。来年三十になる事を考えると、この辺が良いターニングポイントかなって思うんです」
「後一年だけでも頑張ってみる気はないの?」
松下は飽く迄慰留させたいようだ。仕方ない、私の方からカードを切る事にした。
「このまま行けば「AV」じゃないですか? そこまでして顔を売る気はないですし、この四年でそれなりにファンも付いてくれましたから、私は満足してます」
私にも、撮影会や握手会で必ずといって良い程顔を出してくれる人がいた。東京都内、近郊、中には関西から来てくれる人もいる。馴れ馴れしくて鬱陶しい時もあるけど、やっぱりありがたい。
「そこまで言われちゃあ、翻意を促す事はできなさそうだな」
「毎回だけど、担当のタレントが辞めるのは寂しい」
村田と松下は諦めの表情になった。多分、それは私を立てる芝居だ。だって私が辞めても、アイドルになりたいって子は山程いるんだから。
「こっちも無理言ってデビューさせちゃったし、君がそう思うんならそれで良いよ」
「ありがとうございます。・・・・・・事務は辞めなくて良いですよね?」
「うん。それ以外に、今までのお礼と言っちゃあなんだけど、何か望む事はある?」
「そうですねえ・・・・・・じゃあ、社員として雇ってください」
駄目元……いや、強引にでも叶えてもらおう。
「社員か・・・・・・そういやずっとアルバイトだったよな。良いよ、その代わり引退してからね」
やった!! 心の中で力強いガッツポーズをした。
十一月から、私は<株式会社 ミスコーポレーション>の正社員として働く事が決まった。




