金銭と癒着
高校卒業後に上京した私は、キャビンアテンダントを目指して、専門知識などを養成するエアラインスクールへ入学した。卒業すれば短大卒業資格が取得できる学校で、TOEICを受験したりして勉強に励んだけど、私には根本的な問題があった。
在学中、居酒屋でアルバイトして分かった性質。お客の言動に感情を左右され易く、マナーの悪いお客の態度にイラつくと、顔や態度に出てしまう。幸い大きなクレームにはならなかったけれど、自分は接客業に向いていないのだと悟った。
二年後に卒業を迎えても結局CAの道には進まず、行き着いた先が、向いてなかったはずの接客業……一○○円ショップだった。
その事も亮子から、
『大金出して学校通って、何を学んだの?』
と揶揄され、ぐうの音も出なかった。
台風被害に遭って我が家の家計が火の車となった翌年。私は三月一杯で一○○円ショップを退店した。
どこの販売店員でもあるだろう、「売上を上げろ」と言う社員と、クレーマーとの板挟み。一々溜め込み我慢していたものが弾け、私も精神が不安定になった。
退店するきっかけは、自分が担当している文房具を品出していた時。
「自転車に被せるカバーはいつ入ってくんだよ」
背後から中高年男性に半ばキレ気味に訊かれ、
「確認して参りますので少しお待ちください」
担当に訊きに行こうとした。
「いいよもう! 一週間くらい掛かるんだろ? 何日に着くとは言えないって、どういう事なんだよ?」
「運送会社の都合で日にちが前後する可能性があるんです」
大体のお客さんはここで理解してくれる。
「どいつもこいつも同じ事言いやがって! 運送会社に何日の何時に着くか確認しろよ!!」
たった一週間くらいの事で――
「その日の交通状況にもよりますので、何時とはお答えでき兼ねます」
イラっとしながらも、冷静は保った。
「できねえだあ? あんた名前何っつうんだよ?」
お客が名札を覗き込み、反射的に名札を隠す私。
「三田居さんだな? よーし分かった!」
お客が不敵な笑みを浮かべながら去って行くのと同時に、私は背中がゾクっとした。
笑顔は時に、凶器にもなり得る――
それよりヤッバ! 名指しでクレームが来る。先輩に報告しようと事務室を目指していた途中、
「祝儀袋はないの?」
今度は中高年女性に声を掛けられた。
「済みません。今品切れしております」
丁寧に頭を下げると、
「何なのよ。ここ何にもないのね」
女性は気色ばんだ顔で店を出て行った。
その光景を呆然と見ていると、
「お姉さん、靴下は出てる種類だけ」
さっきとは別の中高年男性に訊かれた。
「っあ! はい、確認して参ります」
「何だ。あんた分かんねえのかよ・・・・・・」
男性はうんざりとした口調で言いながら、どこかへ行ってしまう。
中高年からのトリプルパンチ――
何でそんな言い方しか出来ないの?……
『バーーンッ!!』
私の中で何かがバーストした。
自分が上手く対応できなかっただけ。それを私は、抑えていたものを迸らせるきっかけにした。前々から辞めたいと思いながら仕事を嫌々やってきた、自業自得の結果だ。
亮子は、
『そのくらい撥ね除ける強さがなくてどうするの!?』『お金の事を言ってもらっても困るわよ』などと、落ち込んでいる娘に同情などしてくれなかった。
金と精神は癒着している。人間が「金銭」というものを編み出した時点で加わった、素直な心理。それを改めて痛感させられた。




