姉らしいこと
『今からちょっと逢えないかな?』
九月上旬の火曜日の夜。武弥からメールが入り、電話を掛けた。
「あんた今東京?」
『うん。研修で来てるの。日暮里ってとこから遠い?』
「行けるけど、あんたご飯は?」
『まだだけど?』
「じゃあ一緒に食べよう」
途中コンビニで金を下ろし、六本木の事務所から三十分で日暮里に着いた。改札を出ると、正面に武弥が笑顔で立っていた。逢うのは四年ぶり。政長の次男、武政の結婚式以来だ。
彼女は一見いつも淡々としていて、サバサバした性格。大人になってから、家族に対してはあまりにっこりする事がないので、笑顔で迎えられて以外だったけど、どこか影を感じた。
食事処を探して歩き出して直ぐ、
「もっとゆっくり歩いてよ!」
後ろの武弥が訴えた。
「(東京は)時間に追われてる街なんで」
電話でも思ったけど、彼女の声はかなりのハスキーボイスになっている。FMラジオに出演する女性DJのような、透き通った声は今や昔。脂肪を声帯に移植する手術は成功したようで、結局、病院を訴える事はなかった。
駅から歩いて十分のそば屋に入り、武弥は天ぷらそば、私はカツ丼を頼んだ。
「そば屋でカツ丼っておかしくない?」
「良いじゃん。美味しいんだから」
「まあ良いけど。それより姉貴、アイドルやってるんだってね?」
多分言われるとは思っていた。情報源は亮子に違いない。
「売れてませんが。だから事務所のアルバイトで事務やってる」
武弥は「ふーん」と言ったきり黙った。「どんな有名人に会った?」などと訊いて来るミーハーな性格ではないから。
「私はそんな感じだけど、学業の方は順調ですか?」
「そっちの方は何とかね・・・・・・お盆に帰ったんだけどさ、お父さんと一悶着あって、二階の壁に穴開けちゃったの」
影があったのはその為か……。
「凄い事をサラっと言うね」
雨漏りとそれに伴う壁の変色。そこに穴が加わった。
「あんたそんなに気性激しかったけ?」
「だってお父さんって一方的じゃん。酔った勢いで不平をダラダラと! 『六年制の学部に入って、うちに金ないの分かってるだろ!?』って。私だって申し訳ないって思ってるよ」
「それで何て言ったの?」
「お金の事言われたら私も姉貴も何にも言えないじゃん!! って言ってキレて二階上がって、ムカつきが抑えきれなかったから『ボカッ!』って・・・・・・あんなに脆いとは思わなかった・・・・・・あのお父さんとどう接して良いのか分かんないよ」
武弥が珍しく頭を抱えた。私は「私も姉貴も何にも言えないじゃん!!」の言葉が、姉の事も考えてくれてるんだ、と嬉しかった。そのくらい淡々としていて、何を考えているのか分からない子だから。
「でも野球とか、私より共通点はあるよね?」
政孝と武弥は巨人ファンで、よくナイター中継を二人で観ていた。
「会話もそれなりに弾んでたと思うけど?」
「あれはお母さんを経由してだから。私から話を振った事ないし」
初めて聞く妹の本音。何気にしか見ていなかったから、ちっとも気付かなかった。父親と次女の関係は比較的良好……とばかり思っていた。
「お父さんって自分の思念を伝えるのほんと下手だよね・・・・・・でも最近思うんだ。威厳保って家族をほとんど顧みなかった父親だけど、飲んでグジグジ言い出すのは、『オレの想いも分かってくれ!』っていう悲痛な叫びなんじゃないかなって。離れて暮らしてるからそう思えるようになったんだけどね」
「・・・・・・」
武弥は箸を止め、そばを見詰めて思案に暮れている様子。
「・・・・・・またいつの日か、あの家で四人が揃えたら良いね」
武弥は微笑を浮かべた。
「そうね・・・・・・」
会計を済ませて外に出ると、風が心地良い。
「っあ! 忘れるとこだった。はいこれ、お小遣い」
逢う前に下ろした一万円を渡した。以前、亮子に言われた『武弥にお小遣いもあげられないわよ』の言葉が、ずっと頭にあったから。
振り返ればこれまで、姉らしい事はほとんどしてあげられていない。表現は変だけど、何だかリベンジを果たしたような、私の方が安心感に包まれていた。
「良いよ。そんな事しなくて」
「良いから。友達のお土産代にでも使って」
「なら……遠慮なく」
武弥は照れ臭そうに笑い、一万円を財布に仕舞った。
「そうだ! 私も姉貴に一言」
「何よ改まって?」
「さっき時間に追われてるって言ったけど、私にしたら東京程時間に余裕が持てる街はないよ。電車は十分に一本は来るし、山手線なんて三分くらいに一本じゃん。田舎は三十分、長いとこだと一時間に一本だよ」
「そういう見方もあるかあ・・・・・・」
私も田舎者。忘れていた事を思い出させてもらい、その日は別れた。




