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まさか・・・錠前のご利益?

 一月、二月とやっと仕事にも慣れ、結構重要な仕事も任されるようになって来た。そのさ中、ひな祭りの三月三日の土曜日。昼休み明け、いつも通り仕事をしていた私に、

「三田居さん、グラドルに興味ない?」

 村田が声を掛けて来た。


「何ですかいきなり?」

「今年に入ってなかなかオーディションに合格させる娘いなくてさ。三田居さんルックス良いし、スタイルも悪くなさそうだから、やってみる気ない?」

 激震が走った。そりゃそうだろう。だって事務スタッフとして事務所に入ったんだから。

「・・・・・・急にそんな事言われても」

「良いじゃない。そんなチャンス滅多にないんだしさ」

 榎本が茶々を入れた。他人事だからって。

「・・・・・・二、三日考えさせてください」

 村田は「分かった」と言って出て行った。


 直ぐにベランダに出てタバコを吸った。心臓がバウンドし、とても仕事ができる精神状態じゃない。私がグラドル? しかも四月で二五歳になる今から??  もしかしてこれが善光寺の錠前のご利益????

 舞い上がっていた。別に嬉しさからじゃない。予想だにしなかった事を打診され、自分がどこに流れようとしているのか、皆目見当も付かない事にだった。


 翌日、ほとんど寝ていない状態で出勤し、昼休み、シオを外に呼び出した。私生活には深入りしない約束だけど、友達として相談したかった。

 とはいえ、人が誰かに相談したいと思う時、本人の中では迷いながらも気持ちが決まっていたりする。一人では踏み出せないから、背中を押してほしいだけなのだ。


「昨日、デビューしないかって言われたの」

 シオは「そっか」と言って、欄干に右手を付いて景色に目をやった。

「どう思う?」

「無責任みたく聞こえるかもしれないけど、オレは良いと思うよ。駄目だったらまた事務に戻れば良いんだし。逆にそのくらいの気持ちの方が楽しめるかもしれない」

「楽しむ・・・・・・」

「オレは余裕を持った考え方できないけど、ワカだったらできんじゃね?」


 確かに、私は神経も図太く、マイペースに「何とかなるさ!」と思ってやって来た。一○○円ショップは別だけど。だけどもだ。今回はそれを応用して良いものやら……。


 帰宅後、部屋で寛ぎながらシオの言葉を思い返したり、自分にとってのプラスとマイナスをあれこれ考えた。そうしている内……やってみようか。結論。仕事も恋愛も挫折ばかりして来た私が、どこまで達成できるのか、試してみたくなった。打診された日の内にうっすら涌いていた気持ちを、シオの言葉が後押ししてくれた。

 その日、私はその気持ちを無駄にしない為にも、余計な考えが出て来ない内に就寝した。


 翌朝、目が覚めても前向きな気持ちに変化はなかった。決意が揺らがない内に、出勤して早々、

「この前の話、やらせてください」

 村田に告げた。村田は「そうか!」と言って破顔し、榎本もにっこりして私を見ている。シオと目が合うと、微笑を浮かべて頷いた。


 二五歳という微妙な年齢での芸能界入り。不安は大いにある。けど、決意表明をして吹っ切れたのだろう、心には爽快感が大きく広がっていた。

 デビューが決まった私には、早速、私より四つ上の松下美香マネージャーが就き、芸名は西田咲良さくらに決まった。村田曰く、西田は静岡の田舎出身なので、「西」から来た「田」舎者。という意味なのだとか……。


 「バカにしてんのか!」ともツッコみたかったけど、まあ良いか。咲良は、完全な村田の好みだ。

 ギャラをもらえる仕事を得るまでのプロセスとしてまず始まったのが、午後三時頃には事務の仕事を切り上げ、松下マネージャーと共に各出版社へ挨拶回りをする生活だ。

 

 事務所スタッフが撮った洋服と水着姿の写真を載せた、間に合わせのような宣材資料を持参して、知っている有名雑誌から、聞いた事もない雑誌の編集部にお邪魔し、編集長に愛想良く頭を下げて回る。


 売れていないグラビアアイドルは、本業の仕事がほとんどない時、キャバクラなどでアルバイトをしている。けど私は、今まで通り事務職を続けさせてもらう事にした。接客業が苦手だし、ましてキャバはキャスト同士の妬みやいざこざが面倒だと思ったから。


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