なーんだバカ野郎
一夜明けて、政長宅から山梨県の甲府市に向かい、武田神社と甲斐善光寺に参拝した。別に神社仏閣を巡る趣味はないけど、こういう時じゃないと行く事はないから。
善光寺本堂内にある御戒壇めぐり。真っ暗な通路を進むと、御本尊様とつながっているという錠前があり、触れると幸運に恵まれるといわれている。確り触らせて頂きました。
夜、武政夫妻と一歳の長女、そして良子も加わり、私の希望で焼肉屋へ行った。睦仁は明子のスマートフォンへメールを入れ、「若に宜しく」との事。
食事が終わり、武政一家と良子は各々の自宅に帰った。私は政長宅にもう一泊させてもらう事になっている。
伯父夫妻と一緒にゆっくりと晩酌をした。一歩引いて夫妻を見ていると、互いにワインを注ぎ合ったり、会話を聞いていても仲睦まじさが伝わって来る。私がいるからかもしれないけど……。でもぎすぎすした私の両親とはえらい違い。
「政孝のハウスはどうだった」
政長に訊かれた。
「見てない」
「オレ達が会社を辞めると聞いたのも突然なんだよ。亮ちゃん(亮子)はオレ達が賛成したって思ったみたいだけど、全部あいつが専決してしまったんだ」
「でも、現状を伝えるファックスとかメールは送られて来てたんでしょう?」
「ファックスやメールじゃ、所詮気持ちを伝えるには限界がある。今更遅いが・・・・・・直接言葉を交わすべきだった」
念を押すような、しみじみとした口振りだった。酒を飲んだ時には「口撃」が激化するくせに、素面の時には口数少ない、政孝の要領の悪さが原因か……。
政孝は次男で、他に弟が二人と妹が一人いる。地元に残ったのは政孝だけで、皆関東や愛知県に移っている。
見る見る年老いて行く両親をずっと目の当たりにし、実家の近所の人達からは、「もう気の毒だ」と追い討ちを掛けられる。誰にも相談できず、最後の伝として兄に助けを求めたのかもしれない。
でも、兄からは満足な答えが得られなかった。それが逆に、政孝にとって渡りに船となったのだろうか?……。
「確かに・・・・・・オレ達は目の当たりにしてないから分からない事もある。それはその通りだし申し訳ないとは思うが、オレは、地元に帰って農業をやるつもりはなかったんだ・・・・・・政孝が仕事を辞めて、親父が怒ってな。「オレは加勢しない」って、口も利かない状態だったんだ。何とか仲を取り持ったんだが・・・・・・」
「そんな事があったんだ・・・・・・」
政長の「農業をやるつもりはなかった」との言葉を聞いて、
『会社の同僚が定年後に年金だけになった時には、農業収入だけで食べて行けるようになっている事が、お父さんの目標だ』
以前に聞いた政孝の言葉が頭を過る。
私の中で、何かが沸々と沸き上がっていた。
私は政長もその家族も、子供の頃から大好きだし、今もこうやってお世話になっている。
身寄りのない東京に一人で出て来て、一家を構えた政長を、私はリスペクトしている。
でも……なーんだバカヤロー! この前DVDで観た昔の芸人、荒井注って人のギャグだけど、そう言ってやりたかった。
私も離れた土地で暮らしているから、政長を責める権利はない。だけど、疎ましく思っても、政孝は私のたった一人の父親。同情の気持ちはある。
会社を辞めるのを専決した? そこまでお父さんを追い詰めたのは誰よ!?
農業をやるつもりはなかった? お父さんの想いを踏みにじる気!?
何でうちが……何で地元にいるってだけで、お父さんが全部被らなきゃいけなかったの!?
感情的に言えば、私の気持ちはこうなる。私は喉元まで出て来た言葉を、ワインで押し込めた。




