45.月の女神は泣いていた
エーゼコルドに炎を付与するにも
それなりに魔力を使い続けている。
だがそれ以上に彼女は魔力を
消費しているはずであり、
尽きるなら彼女の方が早い。
だからそれまで凛太郎は
攻撃を受けなければいいのだが、
どうやらそう簡単な話ではないようだ。
三度目の戦闘が始まってからというもの、
氷の数も勢いもなにもかも、
彼女は全くの衰えを見せない。
そればかりか、逃げ回っている凛太郎の方が
体力を使い続けているように感じる。
次第に攻撃を避けるよりも
炎の刃で相殺する回数が増えていた。
「……餞別としてお教え致しましょう。
私はユニークスキル月の女神によって
尽きることのない魔力を持っております。
ですので、私の魔力が尽きる時を待つという
作戦はお勧め致しません。」
そんな馬鹿な話があるか、
と凛太郎は言おうとしたが、
凛太郎もユニークスキルを持つ者だ。
だが、ただ周囲の人間からの認識を
阻害するだけのスキルを持つ凛太郎には
彼女のスキルはとても羨ましく思う。
尽きない魔力という単純だからこそ
弱点のない強さを持つ彼女のスキルは、
まさにチートと呼ぶに相応しい。
だがしかし、凛太郎は疑問を浮かべる。
ユニークスキルというのは、
異世界から召喚された者たちにしか
与えられない物ではないのか。
いや、逆にどうして今まで
その発想に辿り着かなかったのか。
彼女が凛太郎たちと同じ世界から
召喚された人間だということに。
ムーンというのが名前ではなく、
月の女神というスキル名から取った
仮の名前だということに。
「まさかお前、召喚者か…?」
「……っ。」
凛太郎の言葉に反応して、
彼女の攻撃が少しだけ静止する。
凛太郎のこれまでの経験の中で
可能性として浮かんでいたこと。
それはこの世界において
凛太郎たちのような異世界人が
ほとんど認知されていないことだ。
日本語の文字がどこにも見当たらないことや
ワギトたち人攫いが凛太郎の強さを見て
召喚者などと言わなかったことなど、
なんとなくそんな気はしていたが
確信に変わることはなかった。
しかしよく考えれば不自然だろう。
世界の平和を脅かす魔王を倒すための
勇者を召喚したとあれば、国全体、
いや世界で祭りあげられてもおかしくない。
なのに凛太郎たちの存在は王宮内だけで完結し、
しかもアイズ以外の人間とは
ほとんど顔を合わせてもいない。
「俺の名は木瀬凛太郎だ。
こことは違う世界から勇者として召喚され、
魔王を倒すために冒険している。」
それに異世界から勇者を召喚しているのが
ガートム王国だけということもないだろう。
他の国がどれくらいの力を持ち、
召喚魔法を使えるかも分からない。
確たる証拠が何もない中で
断言することなどできない。
だが、国の力と勇者の力が結びつくなら、
召喚者という存在を隠す必要があるなら、
考えれられることはそう多くない。
「お前の過去もそうなんじゃないのか?」
彼女は言った。自分も過去には
魔王を倒す勇者として冒険していたと。
だが、今では他種族を捕まえて
奴隷として売り飛ばす貴族のメイド。
これだけの実力がありながら
今に堕ちるしかなかった理由があるなら、
それは全てが嘘だった時だろう。
「言ってみろ、何がお前にそうさせた。」
魔王を倒す勇者として召喚されて
数々の冒険を繰り広げた結果、
その力を人に向けることを強要される。
その立場にあったのが凛太郎であれば、
たとえ相手が貴族だろうと王様だろうと
気に入らないという理由で
ボコボコにしていたに違いない。
だが、それは血の気の多い凛太郎の話。
彼女も同じとは限らない。
「………。」
彼女は長い沈黙の中にいた。
毅然とした立ち振る舞いを
貫いていた彼女であっても、
壮絶な過去を思い返すには
それなりの時間が必要なのだろう。
だが、凛太郎は彼女の彼女らしい言葉を
待つのは御免だった。
「名乗れ。お前の本当の名前を。
そうしたら、お前の背後に誰がいようと、
俺がその名前を取り返してやる。」
彼女は強い。それは凛太郎がよく知っている。
そして彼女の強さを一番よく知っているのは、
他の誰でもない彼女自身。
その彼女が逆らうことのできない何かが、
きっと彼女の背後に渦巻いている。
だからこれはただのお節介だ。
名前さえ知らない女の子を
苦しみや支配から解放すること。
たとえそれを彼女が望んでいなくとも、
凛太郎は放っておくことができない。
もう二度と、惨めに逃げ出して
涙を流すなんて情けない姿を見せられない。
「わ、私は……。」
彼女は自分の気持ちを言おうとするが、
喉が震えて声にならない。
凛太郎は知らないのだ。
彼女のチョーカーにかけられた呪いは
とても強力な物で、彼女の意思や気合いで
どうにかなるような代物ではないことを。
しかし、凛太郎が知らないことは
他の誰かが補ってくれる。
それが仲間という存在だ。
「みんな、今よ!」
突如として日々和の声と共に彼女の周囲に
大量のアイテムが放り投げられる。
一瞬だけ反応が遅れた彼女は、
それらを破壊するために氷球をぶつけた。
だが、壊されたアイテムの中から
銀に煌めく粉が瞬く間に広がると、
彼女の氷の魔法が塵となって消える。
たとえ魔法を使うことはできなくても、
収納から取り出したアイテムは別。
その銀の粉は魔法に干渉して
相殺してしまうという、
魔法使い泣かせのアイテムだった。
あの粉が舞っている限り、
彼女は魔法を使うことができない。
そして、それがチャンスだということに
気づかない凛太郎ではなかった。
エーゼコルドを握りしめて、
全速力で駆け出していく。
「木瀬!そいつのチョーカー狙いなさい!」
日々和の声が耳に届き、
凛太郎は彼女の首に狙いを定める。
首の下、黒いチョーカーをしていた。
一度は彼女の氷に阻まれたが、
今はその魔法を使えない。
気絶付与を持つエーゼコルドは
体に傷をつけることなく、
武器だけを攻撃することが可能だ。
やはり、つくづくいい武器だと思う。
「お前の名前、聞かせてもらうからな。」
凛太郎は彼女のチョーカーを切った。




