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第4話「石棺と少女」

──暗く、冷たく、硬い。


意識が浮かび上がるより先に、そんな不快な感覚がはしる。


「……ぐっ」


身体中が痛む。全身が悲鳴を上げ、生きているなと妙に実感が湧く。目を閉じたまま思考を巡らせる。最後に見た光景──あの青白い光。



(最後の記憶、転送陣(テレポーター)か?)



暴君亜竜(タイラントドレイク)との死闘、そして床が崩落し、光に包まれて……あれは確かに、迷宮の仕掛け、転送陣(テレポーター)の類いだった気がする。


あの時は思考する力も無く意識を失ったが、思い返せばあの青白い光も紋様も転送陣(アレ)に似ていた。


この迷宮には転送陣(テレポーター)がいくつもある。互いに連結されている近道(ショートカット)もあれば、行き先不明の"転送罠"と呼ばれるものもある。


……まあ今回は後者かもしれん。



(ロクでもねぇ場所に飛ばされてなきゃいいが……)



最悪の場合は壁の中、地下水脈、空中──過去には地上どころか空高く転送され落下死した事例もある。もちろん、記録として残っているのは"生きていた者"や"目撃された者"の話だけだが。


痛む身体を引きずりながら起き上がる。周囲を見渡すと、薄暗い通路。その先に、ぼんやりとした光源があった。俺はそちらに向かってふらふらと歩き出す。


照明装置──古代文明の遺物だ。それ自体は地下迷宮(ダンジョン)では見慣れた代物だが、問題はこの場所だった。


「……墓場、か?」


そこは円形の空間。大人ひとりが入れる程の石棺のような箱が並び、それぞれに古代文字が刻まれていた。ほとんどの棺は割れており、干からびたミイラのような遺体が納められているのが見える。



(死にかけて辿り着いた場所が本当に墓場とはな……)



命拾いしたかと思えばそこが墓場というのは──皮肉なのか、それとも幸運なのか。そんな事を考えながら一歩踏み出した瞬間、全身の痛みがどっと襲ってきた。


思えば……魂喰らいの魔槍(ディバゥワー)の反動、暴君亜竜(タイラントドレイク)の頭突き、床が崩壊して転落──これで動ける方がどうかしている。


俺は堪え切れず、その場に崩れ落ちる。地面に転がるのも億劫になって、仰向けになって天井を見上げた。


「ここまでか……亜竜(ドレイク)は瓦礫の下敷きになったな。案内人(ガイド)の依頼としちゃあ失敗だったが……」



(仇は討ったってことで、差し引きゼロにしといてくれ──)



迷宮案内人(ダンジョンガイド)として俺を雇った若者たちの無念を思い、契約を果たせなかった事を心の中で詫びた。


朽ちた天井がやけに遠く感じる。意識がまた、沈んでいく。



(今度こそ俺も迷宮に喰われる……か)



徐々に四肢の感覚が消え、視界の縁が黒に染まり始める。まるで深い穴に落ちていくような感覚──。


……だが、その時頭の中に声が響いた気がした。



『……大いなる癒し(ラージヒール)



(なんだ……暖かい?)



頬にふわりと、温もりが触れた。氷のよう冷えた俺の身体が、じんわりと熱を取り戻していく。


薄く目を開けると、視界に逆さまの少女の顔が現れた。小さな顔が覗き込み、俺が目覚めたのを見て、ぱぁっと笑顔を咲かせる。


歳の頃は一三、一四くらいか、長く青い髪に白い肌。背は低くて簡素な灰色の長衣(ローブ)を着ているのだが、袖口や裾から出てる手首や足首を見るにかなり華奢な体型だ。そして、胸元にある(あか)い結晶のペンダントが目を引いた。


「……誰だ、お前?」


俺が問うと、少女は小首をかしげ──次の瞬間、ぽんぽんと自分の膝を両手で叩いた。


「……膝枕、ってことか?」


頷く。満面の笑みで。そう、俺はこの娘に膝枕されて横になっていたのだ。


「いや……なんでだ。なんで俺に膝枕を……?」


少女は真剣な顔になり、俺の破れた服の隙間を指さす。そこにあったはずの傷が、跡形もなく癒えていた。


「治ってる……?」


少女は俺の左手の手甲──魂喰らいの魔槍(ディバゥワー)を指差して、不安げな目でこちらを見る。


「……外せってか?」


頷く。力強く。



(魔槍の事に気付いた──いや、単に手甲を着けてる治癒の妨げにもなるからか?)



俺が言われるままに手甲を外すと、蝋のように白く変色した左腕があらわになった。使った直後はいつもこうだ。


少女はその腕にそっと触れ、その瞬間頭の中に微かに響く声が聞こえた気がした。



『……健やかなる身体ニュートラライズヘルス



少女の手から淡い緑の光が漏れ、俺の腕を包み込む。治癒魔法特有の温かい波動、左腕に血流を感じ肌に赤みがさした。


「……かなり凄い治癒魔術師(ヒーラー)、って事か?」


大いなる癒し(ラージヒール)は、力量にもよるが致命傷以外は治癒できる高位の治癒魔法だ。そして、健やかなる身体ニュートラライズヘルスは毒や病などであっても身体を健康な状態へと治すという、どちらも治癒魔術の中でも高位の魔法──少なくともこの魔法が唱えられる治癒魔術師(ヒーラー)はこの迷宮の冒険者では決して多くない。


二〇年以上迷宮(ここ)に関わっている俺がこの娘を知らないということは、この深き死の地下迷宮(デスダンジョン)の冒険者じゃないのかもしれない。


「……ゼタ・ルオ。俺の名前だ。お前の名は?」


俺は魂喰らいの魔槍(ディバゥワー)を収納しながら尋ねると、少女はまた首を傾げる。


「さっきから……お前、喋れないのか?」


少女はコクリと頷き、首元のペンダントを見せてきた。(あか)い結晶のベースになっている金属部分に見慣れない古い文字が刻まれていた。これは昔の公用語だろうか。しかし辛うじて、迷宮探索の為に学んだ古い数字は理解できた。


「これは……数字か?  3……8?」



(何かの番号、よく分からないが名前ではなさそうだが──)



少女は期待したような目で俺を見るが……二の句が継げず黙っていると、今度はしょんぼりしたように肩を落とす。


「……数字じゃ名前って感じじゃねぇが、38で取り敢えずサーヤって呼ぶ。いいか?」


パァッと笑顔が咲き、何度も頷く。全力の同意らしい。さっきから無邪気な子供のような反応……それに不釣り合いな高位の治癒魔術を使う──。



(……この温度差(ギャップ)は何なんだ)



なんというか、ここは深き死の地下迷宮(デスダンジョン)の奥深く。そんな場所に何故か居た謎の娘。しかし、その雰囲気や態度はごく普通の──いや、少し呑気な娘に見える。


「……まあ何にせよ命の恩人だ。礼を言うよ、サーヤ」


少女──サーヤは、満足げに微笑んだ。



(やはり、こっちの言葉は理解できるようだな)



とにかく、今の状況を整理するには情報が必要だ。俺はこの娘(サーヤ)と対話を試みる事にした──。

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