第3話「魂喰らいの魔槍」
遮蔽物の影から弓を構え、死角から放物線を描くように矢を放つ。狙うのは…ヤツの数少ない"柔らかい"部位──眼球だ。
俺のような遊撃兵が単独で暴君亜竜なんて強大な怪物とやり合うなら、それしか手はない。真正面から挑むなんてのは自殺行為だ。
(腕は、まだ衰えてはいないつもりだがな)
若い頃からそれなりに、難易度の高い射撃は成功させて来た。
──しかし、動く対象の小さな目玉なんぞにそう都合よく当たるわけもなく。
矢は頬の辺りに当たり、それがヤツを刺激した様だ。鈍い音と共に、亜竜が地響きのような怒声を上げる。
「ちっ……!」
次の瞬間、奴は巨体を揺らして暴れ、周囲の瓦礫を蹴散らし、吹き飛ばす。雨の様に次々と破片が飛んでくるのが見えて、俺は物陰を飛び出して咄嗟に身を翻す。
「冗談じゃねえ!」
何とか直撃は躱したが、跳ねた瓦礫が持っていた弓を掠めた。
「な……!?」
鈍い音と共に木製の弓は真っ二つに折れる。反撃手段を失った俺に、ドレイクの視線が突き刺さる。奴は真っすぐこちらへ歩き出した。
砕ける床、巻き上がる粉塵。その巨体が肉を喰らうことだけを目的に、一直線に迫ってくる。距離は……もう、ない。逃げられない。
(──やるしかねぇな)
俺は腰に付けた収納魔道具の”旅人の小鞄“から金属製の手甲を掴み出す。白銀色で虹色の光沢がある素材の、古い時代の意匠が施された魔導具──魂喰らいの魔槍。
左腕にそれを装着した。刻印が淡く光を帯び、手甲の装甲が熱を帯び始め、陽炎のような揺らめきを放つ。それとは真逆に身体の芯が冷えていくのを感じる。
(後先考え無くていいのはある意味楽だな……)
こいつは分かり易く言うと──生命力を炸裂させて光の槍を射出する魔道具だ。生物の生きる力そのものを使うわけだから、使用者は生命力減退を受ける事になる。
──左腕の手甲から体内に冷たいものが伸びて繋がる感覚がする。身体の芯から血が、力が、左腕に吸われる……今まで何度か使ったことがあるが、この感覚は慣れる気がしない。
一度使うごとに、治癒魔術でも癒やしきれない疲労感や基礎体力の低下など、身体の不調が残る。それが生命力減退というやつだ。
──亜竜はよだれを垂らして口を開き、俺を今まさに喰らおうとしていた。間合いは、手を伸ばせば届くほど。
「──慌てるな。今、喰わせてやる」
俺は低く呟き、左腕を突き出す。
「たらふく喰え!」
ガシャン──!
手甲の甲殻の様な外装が割れて短く分厚い砲口が現れ、魔槍はそこから生じる。
──ズドォッ!
割れて外装を展開した手甲の内部から赤い光が破裂音と共に炎の様に噴き出し、砲口からは白く輝く光槍が生成され、ドレイクの顔面に炸裂する。
狙いは大きな口の中だったが、ヤツが突進で床を踏み抜いた為に体勢が崩れて狙いが僅かに反れ、右頬を深々と抉った。
灼熱の白い光槍は、亜竜の鋼鉄のような鱗を弾け飛ばし、肉を焼き、深い傷を負わせる。
「がはッ──!?」
だが、それでもヤツは止まらなかった。勢いはそのまま、頭突きの様に俺の身体が弾き飛ばされた。
身体が宙を舞う──衝撃で肋骨が悲鳴を上げる。背中から床に叩きつけられ、肺から息が抜けた。視界がぐにゃりと歪み耳鳴りがする。
「ぐ……あ……」
周囲の床が落ち、陥没する。次々と崩れて亜竜を巻き込んで崩壊し、倒壊した巨大な瓦礫が追い打ちをかける様にヤツを押し潰してゆく。それらが俺には音もなくゆっくりとした景色に見えた。
(……ざまぁみろ)
俺の手でとどめは刺せなかったが、あの瓦礫に押し潰されては流石に生きてはいないだろう。力と質量で相手を蹂躙してきたヤツにとっては因果応報というわけだ。
見上げた天井が遠くなる。いや、俺も落ちているのか。
(……どこまで、落ちるんだ?)
「フリード……これで、許してくれよ……」
薄れゆく意識の中、死んでいった若者たちの顔が浮かぶ──そして、昔、俺を逃がす為に死んでいった仲間達の顔も。顔までは思い出せなくなっていたはずなのに、俺には彼らだと分かった。
(これが、走馬灯ってやつか──)
落ちてゆく先に青白く光る古代紋様が見え、浮遊感の様なものを感じた気がした。どこかで見覚えがある紋様だが、俺にはもう思考する力は残っていなかった
(もしかして、あの世へのお迎えってやつか?)
そして視界が暗転し、意識は暗く深い奈落の底へ沈んでいった──。