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第27話「38」

情報屋ヴァンからヴィエラの話を聞いた翌朝──。



まだ日も昇りきらぬうちに、店先で「ドンッ」と重い音が響き、俺は寝床から目を覚ました。


「朝っぱらから騒がしいな……」


寝ぼけ眼のまま音のした方へ向かうと、先に気付いたデリユがすでに扉を開けて外とやり取りしている。


「おい、何が──」


声をかけつつ外に出た俺の視線を釘付けにしたのは、ヴィエラ……いや、彼女の前に鎮座する巨大な赤い結晶だった。


「おい、なんだそれは?!」


「ゼタさん、只今戻りました」


「いや、無事で何よりだが……そのデカいのは一体」


「ここでは何ですので。まずは中へ運び入れましょう」


促されて貨物扉を開くと、ヴィエラは軽々とその結晶を担ぎ上げ、店の奥へと運び込んだ。


ヴィエラが装備を外して着替えている間、デリユは結晶を布で拭き取りながら、細部に触れながら観察していた。


「おいデリユ、いい加減教えろよ。そのデカブツは何なんだ?」


「ゼタさん、この中を覗いてみて下さい」


促されて結晶に顔を近づける。淡い赤に曇った中に、人のような影が横たわっていた。


「これは……人間か?」


「はい。しかも──」


デリユが言葉を継ごうとした時、着替えを済ませたヴィエラが戻ってきた。手には鞄を抱え、広げると遺物らしき品々をテーブルに並べていく。


「これが全てですわ。それと、現場の配置も図に写してきましたの」


「ありがとう。これで試せるわ……」


どうやら俺の知らぬところで、二人は話を進めていたらしい。


「おいおい、何を企んでる? そもそもこのデカい結晶は──」


問いかけを無視し、デリユはヴィエラの写した図様を確認しながら、遺物を結晶の周囲に慎重に配置していく。


「ゼタさん、見ていて下さい」


そう言われれば、俺にできるのは黙って成り行きを見守ることだけだった。


やがて準備を終えたデリユが結晶へ手をかざす。


「成功です──」


淡い赤光が結晶を包み込み、内部の人影がくっきりと浮かび上がる。


──その姿に俺は息を呑んだ。


「……サーヤ!? どういうことだ!」


あの時、身を賭して俺を救い、力尽きたはずの少女──。


「生きてるのか……いや、"生きていた"のか?」


「これはサーヤ本人ではありません。しかし──サーヤと同じ存在のはずです」


デリユの言葉に頭が混乱する。


サーヤはかつて迷宮に造られた「治癒装置」の一つであることは俺も知っている。更に、サーヤと同様のものが複数存在していたという事も。


だが、俺たちが最下層で出会った地下迷宮(ダンジョン)の管理装置である99(ナインナイン)の話では、今も動いているのはサーヤだけのはずだった。


「サーヤも99(ナインナイン)も、自分の身体を"筐体"と呼んでいました。それは器──つまり、入れ物だという意味です」


そう言ってデリユは、懐からサーヤの首飾り(ペンダント)を取り出した。


「これはサーヤが自分自身だと言っていました。ならば──」


「上手くいきそうですわ!」


ヴィエラの声に振り向くと、巨大な結晶の赤光がすっと消え失せていた。


「開けますわよ」


彼女が力を込めると、結晶は上半分が蓋のように割れて開き、中には裸身の少女が眠るように横たわっていた。


「死んでる……のか?」


「いいえ、眠っているだけかと──」


デリユはその首にペンダントを掛ける。しかし、しばらく待っても変化はない。


「やはりまだ何かが足りないのでしょうか? もう一度74階層へ──」


「いえ、ここでできる限りのことを試しましょう」


二人のやり取りを呆然と聞きながら、俺はため息を吐くしかなかった。


──そして。


「むー?」


聞き慣れた声に振り返ると、眠っていた少女が瞼を開け、俺を見ていた。


「サーヤ……!」


「むーむー!」


ヴィエラはその場に泣き崩れ、デリユは目を潤ませてサーヤをそっと抱き寄た。


「はい、久しぶりです。長い眠りでしたね……?」


デリユが問いかけると、サーヤは「むー」と頷くように声を漏らした。


そして、サーヤは立ち上がろうとしたものの、足がふらついて再びデリユにしがみつく。そして俺の方を指差し──。


「ん! んんー!」


険しい表情で何かを訴えている。


「……ゼタさん、あれだけ言ったのに魔槍を使って死にそうになった事を怒っているそうです」


「いきなり説教かよ……まったく。悪かったって、もう使いたくても使えねえからな」


俺は頭を掻きながらも、自然と笑みがこぼれた。





──それから一年が過ぎた。


俺とデリユは深き死の地下迷宮(デスダンジョン)の入口で、仲間を見送っていた。


「おいサーヤ、本当に大丈夫か?」


「あい、ゼタ、心配性、しつこい」


サーヤは長衣(ローブ)に身を包み、探索者の装いで荷を背負っている。


「お前──どうせならもうちょっと上品な言葉覚えろよ、ヴィエラみたいな」


隣では完全装備に身を固めたヴィエラが笑みを浮かべていた。


「上品な言葉ですか? "クソ喰らえ"ですわよね?」


「あい、クソくらえ、ですわよ!」


「こいつら……」


サーヤは言葉を覚え、今では片言ながら会話もできるようになった。もう少し、覚えさせる言葉は吟味したい所だが、荒くれ者の多い探索者の中にいるとそれも難しいだろう。


今回のパーティーリーダー、黒髪の魔法戦士(メイジウォリアー)、ルーステアが深々と頭を下げる。


「ゼタさん、必ずや彼女をお守りします」


"黒髪の貴公子"と呼ばれ、どこぞの貴族が身分を隠して探索者をしている噂もあるこの男は、綺麗な外見とは裏腹に迷宮街(このまち)でも屈指の実力を持つ──ヴィエラがよくパーティーを組んでいた縁で頼むことが出来た。


「いや、あの子が行きたいと言い出したんだ。君らみたいな腕利きと組めて助かるよ」


「我々も、サーヤが知るという未開拓ルートを教えてもらえるというのは、下手な財宝よりも価値がありますので願ったり叶ったりですよ」


地下迷宮(ダンジョン)の未開拓ルート情報に金塊以上の価値を見出す、そんな彼らは探索者として信頼出来る。



サーヤの願いは──「まだ生きてる、治癒装置いる、かもしれない、探して、助けたい」という事だ。それを叶えるため、彼女は再び迷宮に戻るのだ。


「ヴィエラ、頼んだぞ」


「はい、お任せください!」



サーヤと仲間たちは迷宮へと降りて行った。見送った俺とデリユはしばし沈黙し、やがて空を仰ぐ──。


「……無事だといいがな」


「祈りましょう。待つ者にできるのは、それしかありませんから」


デリユは胸の前で手を重ね、静かに瞳を閉じた。


「祈る……天に、か?」


「祈りは、為す術のない者が心の拠り所にするものです。ですから、待つことしか出来ない私達は、祈りましょう──」


デリユは笑みを浮かべ、立ち去る。


「ハッ──そりや、身も蓋も無ぇな」



俺は肩を竦め苦笑いしながらデリユに続いた。




『デスダンジョン99(ナインナイン)~生き残りたちが挑む死の地下迷宮~』

(完)

これにて最終話となります、お付き合いいただきありがとうございました。

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