第25話「時は流れて」
──あれから二年が過ぎた。
俺は迷宮案内人も引退し、今は情報屋をやってる。
俺の知っている地下迷宮の効率的な道筋や転送陣の位置、遭遇した怪物の知識──それらは金銭や財宝以上に価値を持つ。
まあ、いずれ情報も古くなり価値も無くなるだろうが──売れるうちに売ってやろうってことだ。
「20階層まで行くための転送陣のルートを頼みたい」
今日の客は若い戦士風。まだ二十歳そこそこだろうか。
「どこまで潜った?」
「12階層まで。仲間と自力で……」
12階層……まあ悪くはない、昨日今日で到達出来る階層ではない。それなりに場数は踏んでいると思われる。
「老婆心ながら忠告しておくが、何事も深追いするな──まだやれるの手前で踏み止まれよ?」
気がつけば、若者にこういう小言を言うのが癖になっていた。
(ただのお節介親父だな……)
──二年前。俺は蛇竜との死闘で気を失い、結局はヴィエラに背負われて街まで運ばれた。デリユも無事で、助かったのはサーヤの首飾りが治癒の術を発してくれたおかげだ。
だがあれ以来、首飾りが応えることは一度もない。
(デリユは何度も呼びかけていたが、返事はなかったな)
彼女が魂喰らいの魔槍を抱えていたのは「俺に使わせないため」だったそうだ。だが、あの場所に放置もできず、処分に困って持ち歩いていたらしい。
俺はというと、魔槍の生命力減退の後遺症で筋力は衰えて弓は引けず、脚も悪くなり杖を突かないと歩けない身だ。
魔槍はデリユに託した。今は研究資料として保管してある。
そのデリユは探索者を辞め、遺物や魔導具の鑑定屋を営んでいて結構客は来るみたいだ。俺たちが深き死の地下迷宮の"深層帰り"として噂になったのも追い風だった。少なくとも、胡散臭い鑑定士どもよりは信用されているということだろう。
そういうわけで──俺達は金を出し合って街の片隅に買った古い倉庫を改装して、俺は情報屋を、デリユは鑑定屋を、それぞれ営んでいるのだ。
「──まあ、お前らに助けて貰って申し訳ないが、なんとか暮らしてるよフリード。そっちに行くのはもう少し先になりそうだが、待っててくれ」
街外れの共同墓地。探索者の墓標が並ぶ一角に立ち寄り、俺はその中の一つの墓標に声をかける。遺体がない墓標ばかりの区画、フリードたちの墓も俺が建てた。
(遺品すら残ってはいないが──せめて弔いだけはさせてくれ)
墓地を後にしようとした時、出口でデリユと鉢合わせした。
「お前も墓参りか」
「はい……」
彼女は98階層で死んだ元仲間たちの墓標を立て、時折こうして訪れていた。
「何度も言うが……見殺しにされた相手じゃないのか?」
「経緯はどうあれ、迷宮で果てたのは事実です。生き残った者が弔うのは、私の故郷では当然のことですから」
(……デリユがそう考えるなら、俺が口を挟む筋合いは無いんだがな)
「そういえばヴィエラは今回、深層まで潜っているそうですね」
「ああ。腕の立つパーティーに誘われたらしい。無事ならいいが──」
ヴィエラは探索者を続けている。自分の天恵である”怪力”を生かせる場所は地下迷宮で、その怪力を誰に気兼ねすることもなく存分に振るえる事が何より──だそうだ。
(まあ、もはやパーティーの前衛としてヴィエラよりも腕が立つ探索者を探す方が難しいが──)
しかし、どれだけ腕が立とうが、どんな宿命を背負っていようが──関係なく、いとも簡単に命を呑み込む。それが深き死の地下迷宮だ。彼女が潜っている間は無事を祈るのみだ。
俺たちが店に戻ると、情報屋仲間のヴァンが待ち構えていた。
「ゼタの旦那! デリユさんも毎度!」
「どうしたヴァン?」
「へい、鋼鉄の乙女のお嬢が帰還するって先ぶれがありやしてね」
「……ほう」
かつては嘲笑の意味合いが強かったヴィエラの二つ名も、今や畏怖と敬意を込めて呼ばれている。
"朱塗り鋏を討ち、数多の亜竜を屠り、深層から生還した怪力の女騎士"──噂は誇張も混じって独り歩きしていたが、それでも彼女を軽んじる者はいなくなった。
「なんだかデカいもんを担いで歩いてたって話でしてね。探索者の間でもちょっとした話題に」
「……デカいもの?」
彼女の腕力を知ってるだけに、逆に想像がつかない。
「古代遺物かもしれません。私は彼女にそういうものを見つけたら回収して欲しいと頼んでありますから──」
デリユの言葉に取り合えず納得し、俺は銀貨を渡して情報屋を下がらせた。
──ともかく、ヴィエラの帰りを待つとしよう。