第24話「地上へ──」
──99階層から昇降機に乗り込んだ直後、機密保持とやらで強制的に眠らされ──目覚めた時にはすでに扉が開いていた。
「おい、起きろ」
声をかけると、ヴィエラとデリユも目を覚ます。
「え、ここは……?」
ヴィエラは警戒しつつ立ち上がった。
「扉の先は通路だ。……昇降機の終点らしいな」
昇降機の内部は古代文明特有の整然とした造りだが、一歩先の通路は壁も床もひび割れ、苔むしている。見慣れた地下迷宮の風景だ。
「ということは……この先、地上なのでは?」
期待と不安が入り混じった表情をヴィエラが浮かべる。空気は軽く、確かに地上が近い証拠だろう。
「外に出られるはずです」
デリユは印を結びながら言った、探知系の祈祷だろうか。
「よし、行こう」
背後の扉はすぐ閉じ、壁と化す。もう戻れない。
「まあ、出口まで行くだけだな」
俺たちは通路を進む。生命力減退の影響で重い足取りに合わせてくれる二人がありがたい反面、少し後ろめたい気分になる。
やがて、前方に光が見えてきた。風も流れてくる──あれは間違いなく外の気配だ。
「……待って下さい」
デリユが足を止め、険しい表情になる。
「何かが居ます」
その言葉と同時に、地を這うような重々しい音が響いた。通路先の崩れた壁から、巨大な影が這い出してくる。
──シャアアアッ!
鎌首をもたげて威嚇音を発するその怪物は、蛇のように長い胴、蜥蜴じみた頭部には二本の角、全身は鋭い鱗で覆われていた。
「蛇竜!?」
人を丸呑みにできる程の大口を開き、鋭い牙がずらりと並ぶ。翼も足も持たない、地下迷宮に巣くう亜竜の一種だ。
「ここはヤツの巣か……!?」
予想もしなかった事態に思考が追い付かない。
「いきます!」
ヴィエラは驚きつつも、すでに大鎚矛を構えていた。考えるより身体が動く彼女が頼もしく見えた。
(……99め、何がこの先は安全だ!)
「やああっ!」
蛇竜の噛みつきによる先制攻撃に、ヴィエラが真っ向から殴り返した。大鎚矛の一撃を頭に受けて怯むが、「シャアア!」と威嚇しながらヴィエラに反撃している。
「昇降機まで後退──」
その余地はない、背後の昇降機は壁となっている。
「やるしかねえな……!」
弓を構えようとした瞬間──
「……なっ」
左腕に力が入らない。弓を水平に構えることができないのだ。
「く……」
「ゼタさん、下がって!」
俺の様子を見たデリユが庇うように前に出て、複雑に手指を動かし印を結んだ。
『──我今請い願う、疾き風の如く、鋭き刃の如く──』
デリユの身体をつむじ風が包んだ。床や壁を蹴って宙を駆け、腕を振るう度に閃光とともに鱗が裂ける。蛇竜は身体をよじって躱しつつ牙で反撃するが、デリユの動きに翻弄されている。
「よそ見はいけませんわね!」
ヴィエラが胴に大鎚矛を叩き込み、ヤツは悶絶の声をあげた。だが──次の瞬間、巨体がうねり、尾がヴィエラを巻き込む。
「な……うぐっ──むむぅ?!」
鎧ごと身体全体を締め上げられ、大鎚矛を床に落とす。
「ヴィエラ!」
弓を引こうとするも、力の抜けた腕から矢が滑り落ちる。
「クソッ……!」
デリユも斬撃を浴びせるが、ヤツは怯まない。ヴィエラを助けようと近づいたところを狙われ、脚に噛みつかれた。
「ぐ……ああっ!」
ヤツはそのまま首を振り、デリユは床に叩きつけられた。衝撃は身体を包んでいるつむじ風が和らげたようだが──床をバウンドして俺の近くまで転がってきた。
「デリユ!」
出血し呻くデリユのローブの裾が血まみれだ。俺は怪我の具合を確かめるために衣服を捲ると、ゴトリと包みが落ちた──それは、98階層に置き去りにしたはずの魂喰らいの魔槍だった。
「……まだ残ってやがったのか」
「駄目です! それは……」
デリユが制止するが、今は構っていられない。
「これで勝ち目が出る──」
ろくに動かない左腕では装着できない。俺は右腕に魔槍を嵌め、ふら付きながら前へ進む。
締め上げられるヴィエラの悲鳴が聞こえる、俺は声を張り上げた。
「──おい、蛇野郎!」
威嚇音を立ててヤツが振り向き、俺に噛みついた。差し出した右腕が喰われ、激痛が走る。
「ぐあぁぁっ!」
肉が裂け骨が軋む音が響く。しかし、これは俺の手の内だ。
(これなら、外さねえ──)
「──喰らえ」
──ズドォッ!
炸裂する閃光。光槍が蛇竜の頭を貫き、巨体は痙攣しながら崩れ落ちた。噛む力が抜けた顎から腕を引き抜くと、俺もその場に倒れ込む。
血に濡れ、肉が裂け、骨が露出した右腕──痛みと痺れで身体を動かせない。やがて寒気で意識が遠のいてゆく。
(サーヤが居れば……)
治癒魔術が受けられたのに──しかしそれは求めてもどうにもならない事だ。
せめて若い二人だけでも地上へ帰れるように、そう願った瞬間……胸元が温かくなった。
『──癒しの領域』
脳裏に響く声。
(サーヤか……?)
返事はないが、痛みも痺れも和らいでいく。形見の首飾りはあの子の分身と言っていたから、もしかしたら助けてくれたのかもしれない。
意識が遠のく──しかし、それは冷たく沈むようなものではなく、心地よい眠りに沈んでいくような感覚だった。