第23話「99階層」
──そこは、まるで巨大なドームのような空間だった。
天井と外壁が滑らかに繋がり、半球状の広間を形作っている。直径は……数百メートル。いや、それ以上かもしれない。
中心には天井まで突き抜ける巨大な柱のようなもの。その周囲の地面には、幅数メートル、十数メートルもの高さを誇る石柱が、迷路のように整然と立ち並んでいた。
よく見ると、それぞれの柱には宝石のような結晶が埋め込まれている。
「これは……古代の装置、設備かもしれません」
デリユは石柱に近づき、目を輝かせて触れた。古代文明研究をしている学者の血が騒いでいるのが一目で分かる。
(石柱に埋め込まれてるのは魔術結晶……探索者からすれば、ここら一帯は丸ごと宝の山だな)
以前なら、この結晶を報酬代わりに幾つか剥ぎ取って行くところだが──なんらかの古代装置である事を知った今、下手に触ることは恐ろしくて出来ない。
──フォォン。
突如、楽器のような低い音が空間に響き渡る。反射的に身構えたが、罠の気配はない。代わりに、一部の石柱が淡く光り始めていた。
「な、なんですの……?」
ヴィエラが不安げに声を震わせ、抱きかかえているサーヤの身体を庇うようにした。
「……見てください。光っている石柱、道を示しているのでは?」
デリユが指差す先では、まるで誘導するかのように石柱が順々に点灯していく。
「多分、中央の柱へ──ってところか?」
俺たちは顔を見合わせ、無言で頷くと光の道を辿って歩き出した。
やがて石柱の並びが途切れ、広間の中心に辿り着く。目の前にそびえるのは天井へ届く巨大な円柱。直径だけで数十メートルはある。
「近くで見ると……本当に大きいですわね」
ヴィエラが柱を見上げて思わず感嘆の声を漏らす。
近づいていくと、円柱の麓の一部が淡く光を放っているのに気付いた。
「……ん?」
同時に胸元に違和感を覚え、サーヤの形見──赤い結晶の首飾りを取り出す。
「光ってる……?」
ペンダントは赤い輝きを放ち、微かに震えているように見える。
「それが、鍵のような役目を持っているのかもしれません」
デリユが目を凝らして首飾りを見つめた。
試しに掲げてみる。
「あっ!」
ヴィエラが声を上げた瞬間、赤い光が一直線に伸び、壁の発光部分を射抜いた。すると、そこが両開きにスライドして開いていく。
「やっぱり……鍵だったんだな」
扉の奥には明るく照らされた通路が伸びており、その床には光のラインが浮かび奥へと続いていた。
「入れ、ってことか」
「……ゼタさん、どうします?」
デリユが伺うような視線を向ける。
「ここまで来たんだ。行くしかねえだろ」
頷いた俺たちは通路を進み、やがて巨大な両開きの扉の前に立った。
「……行き止まりですの?」
ヴィエラが不安げに眉を寄せる。
「いや、これは扉だな。もう一度試すか」
ペンダントを掲げると、無機質な重低音を響かせながら扉が開いた。中へ足を踏み入れると、すぐ背後の扉が音を立てて閉じてしまう。
「なっ……!?」
慌てて振り返り、扉を確かめる様に叩く。
『ご安心ください。そのまま奥へ』
女の声が空間に響いた。どこか聞き覚えのある声だ。
俺たちは警戒しつつ進む。現れたのは広大な円形の部屋。壁には金属板が、床にはいくつもの台座。そして中央には直径五メートルはある円柱が天井へと伸びていた。
そして、そこに一人の女が居た──その姿は成人女性に見えるが、どこかサーヤを思わせる風貌だった。
「……お前は何者だ?」
『私はこの地下都市の中央管理設備ナンバー99として製造されましたが、帝国崩壊で機能停止し──200年前に仮修復を受け再稼働しました』
「地下都市……? ナインナイン……?」
デリユが怪訝そうに復唱する。
『帝国によって建造された、この世界に存在する地下都市。その九九番目に建造されたのが、この"99"です』
「帝国? 造ったのは古代文明なのですか!? 九九番目という事は他の都市は──」
興奮気味に質問を浴びせようとするデリユを、俺が制した。
「待て、まず聞くことがあるだろ?」
「……ごめんなさい、つい」
こういう知りたがりは研究者の性分らしい──。
「俺たちは迷宮を彷徨ってここまで来た。99階層に昇降機があるとサーヤに聞いて、なんとか辿り着いたんだ」
『サーヤ? ……安息地点設備ナンバー38ですね。この自律行動型がまだ稼働していたとは想定外でした』
こいつの言う事はよく分からないが、サーヤは自分が寿命だと言っていたのを思い出した。
「……それで、昇降機はあるのか?」
『はい。中央の柱がそれです』
99は部屋中央の円柱を示した。
『本来、ここは管理区域。部外者の立ち入りは許可されていません。しかし、あなた方は緊急時避難手順に従って38に導かれたようですね』
「……サーヤが俺たちを逃がすために動いてくれたのは、手順通りだったってわけか」
『ここまで機能停止した38を運んでくださり、感謝します』
99に促され、ヴィエラはサーヤの亡骸をそっと置いた。
「感謝するのはこっちだ。サーヤがいなきゃ、とっくに三人とも死んでた」
『彼女は人ではなく治癒設備です。治癒するのは当然の──』
「違います!」
ヴィエラが声を荒げた。涙に濡れた目で99を睨みつける。
「サーヤさんは命の恩人で仲間です! 人じゃないとか、設備だとか……そんな言葉で片づけないで!」
『仲間……』
「確かに、彼女は造られたものかもしれません──ですが、彼女は自らの意思、想いで私たちを助けてくれていました、少なくともそう思っています」
デリユも静かに言葉を重ねた。
『人は、無機物にも心が宿るという思想を持っています。だから私たちの様な設備にもこうして人のような姿を与えたのでしょうね──』
二人の言葉を受けてか、99の表情がほんの少し柔らいだ気がした。
「サーヤを……生き返らせることは、できないのか?」
『残念ながら、その筐体──いえ、身体は限界でした。修復は不可能です』
覚悟はしていた。だが、改めて言葉にされると胸が締めつけられる。
『ですが、彼女の記憶結晶には稼働時の記録が残されています』
99の視線は、俺が下げているペンダントに向いた。
「……やはり、それがサーヤ自身、か」
『本来なら、損壊時には新たな身体へ移せました。ですが、今はその器が残されていない……』
俺は、サーヤと出会った石棺の群れを思い出す。干からびたミイラ──あれは予備の器だったのだろうか。
『その結晶はお持ちくださって結構です』
99が微かに微笑んだ様に見えた。
「……大事に預かる。必ず」
『では、地上へ戻りますか?』
俺が仲間を見やると、デリユもヴィエラも力強く頷いた。
「頼む」
『こちらへどうぞ──』
部屋中央の円柱──それが中央昇降機だった。
内部の床は直径数メートルの円盤状。床と天井も淡く光っている。俺達が中に入り扉が閉じた瞬間、身体に重力のような負荷がかかり──同時に強烈な眠気が襲った。
『……機密保持のため、睡眠処理を行使します』
どこからともなく99の声が聞こえた。
「な……に……騙し……」
『安全に地上へ到達します、ご安心を──』
抗えぬ眠気に飲まれ、俺たちの意識は暗闇へ沈んでいった。