第22話「生と死と」
「う……」
視界が歪む。貧血のような眩暈に襲われ、足から力が抜けた俺はその場に崩れ落ち、仰向けに倒れ込んだ。
(……まあ、当然だよな。立て続けに魔槍なんか使ったんだ。身体がもつはずもねえ)
全身に痺れが走り、舌まで痺れてうまく喋れない。指一本動かせず、ただ天井がぐるぐる回っているような錯覚に呑まれる。ここまで連続で使ったのは初めてだ。まさか、これほど身体に反動が来るとは──。
(……もしかしたら、このまま死ぬかもな)
だが、不思議と焦りはなかった。俺が死んでも、きっとあいつらならやれる。
ヴィエラは怪力だけじゃなく立ち回りも覚えてきた。デリユには知恵と祈祷がある。サーヤは……道も知ってるし、治癒魔術も使える。
(あの暴君亜竜にも決着をつけたしな。思い残すことは、もう──)
死んだ仲間たちに会えるなら、それも悪くない。そう思った矢先だった。
『──ゼタ・ルオ』
耳に届いたのは、聞き慣れぬ少女の声──いや、聞き覚えはある。
「……誰だ?」
『私は安息地点設備ナンバー38』
「……3、8? まさか、サーヤか?」
『貴方の身体は過度の生命力減退を受けています。私の治癒では完全には修復できません』
「……だろうな。今までも、お前の治癒魔術じゃ取りきれない違和感が残ってた」
『このままでは生命活動に支障がありますので、可能な限り治癒は行いました』
「……毎度世話になるな。お前が居なけりゃ、とうに俺は死んでた」
『お気になさらず。私は探索者を治癒する為に造られましたから』
「造られた……か。俺からすりゃ、ただの子供にしか見えなかったがな」
『筐体の寿命は既に過ぎていました。最後に役立てて、良かった……』
「……待て。今、なんて言った?」
問いかけに返事はない。
「サーヤ!? おい、サーヤ!」
必死に瞼を開き、上半身を起こす。両脇にはヴィエラとデリユがいて、目を丸くして俺を見ていた。
「ゼタさん……っ、良かった……!」
ヴィエラの目は涙で赤く腫れている。デリユは胸を撫で下ろしつつも、苦い顔をしていた。
「……サーヤは?」
俺の問いに、二人は言葉を詰まらせる。やがてデリユが静かに頷き、視線を逸らした。その先には──横たわるサーヤの姿があった。
「……そういう事か」
努めて冷静に問いかける。
「ゼタさんを癒すために、残された力を全部使う……彼女は、そう言っていました」
デリユの声は震えていた。
「これを……託されました」
差し出されたのは赤い結晶の首飾り。サーヤが身につけていたものだ。
「それはサーヤ自身だと言っていました──」
(形見って意味か?)
その赤い結晶はよく見ると、地下迷宮で稀に見かける結晶と同じものだ。
魔術結晶──魔力を秘めた宝石の様な石。それ自身に魔法が込められていることもあるし、魔力の代用にすることも出来る。迷宮を作った古代文明の失われた技術で生み出された人工宝石、という事になっている。
希少な上に需要も高く、ものによってはしばらく遊んで暮らせる程の高価で取引されている。故にそれを狙って迷宮探索をする者も多い。
(まあ、そんなことはいい──)
俺は立ち上がろうとするが、倦怠感による脱力で足がもつれた。それをヴィエラが慌てて支える。
「ゼタさん、無理は……!」
「ああ……すまん。ちょっと立ちくらみだ」
自分の手を見れば、土気色にやつれた肌。これも生命力減退の影響だろう。
「大丈夫だ」
俺は一人で歩いてサーヤの傍らに跪き、頬に触れる。すでに冷たく、呼吸もしていない。今まで幾つも見て来た遺体そのものだ。
「……また助けてくれたな。だが、命と引き換えなんて頼んじゃいねぇよ」
指先で頬を撫でる。冷静に努めようとしたが、自然と指先は震えていた。そして、サーヤを抱えようと自分の左手を動かそうとしたが──感覚もなく、力も入らず、殆ど動かすことが出来ない。
(やっぱ、左腕が一番酷いな──)
ふと、その原因の事を思い出す。
「そうだ、魂喰らいの魔槍は?」
問いかけると、デリユが言い淀み、うなだれた。
「……98階層に置き去りに。すみません……」
俺を担いで撤退するのが精一杯だったのだろう。責める気にはならなかった。
「……仕方ないさ。どうせ、この腕じゃもう扱えねぇしよ」
(それに、サーヤはあの槍をいつも嫌がっていた。ならば、これでいい……)
再びサーヤの頬を撫で直し、心の中で感謝を告げる。
デリユが前方を見据えた。
「この通路を抜ければ……99階層です」
薄暗い通路の先に、光が見えていた。
「よし……ヴィエラ、悪いがサーヤを抱いてやってくれ。四人で行こう」
「……はい!」
涙を拭き、ヴィエラが力強く頷く。小柄なサーヤを抱き上げ、その胸に抱き締める。
「行くぞ──」
俺たちは四人で、光の射す出口へ歩き出した。