第20話「覚悟」
──暴君亜竜が去ってから、俺たちは念のため探索者たちを確認しに現場へ向かった。そこは建物が無残に崩れ、血痕と共に装備品や肉片が散乱している。ヴィエラは思わず顔を背けた。
「……デリユ?」
彼女は落ちていた装備を拾い上げ、じっと見つめていた。
「彼らは──おそらく、私が組んでいた探索者です」
(あのデリユを囮にしたって奴らか──)
「間違いないのか」
「はい。装備の特徴を覚えています──間違いありません」
そう言うとデリユは遺品を並べ、膝をついて祈るような仕草を見せた。その表情は怒りでも恨みでもない、俺には何とも形容し難い表情だった。
「……『ざまぁみろ』とは思わないのか?」
「そうですね、憎いかと問われると……誰かを囮にしてまで逃げ延び、生きようとした彼らがこうして無残に終わったことには……同情します」
俺には理解しづらい感情だったが、ここは深き死の地下迷宮だ。人の行為の善悪など関係なく喰われ、呑まれる──そういう場所だ。
俺達が立ち去ろうとした、その時──再び咆哮が響き、地面が揺れた。
「ちっ、ヤツめ戻って来やがったか!?」
サーヤの案内する方へ向かって俺たちは身を隠せそうな廃墟の影を伝って進む。地響きが近づけば息を殺し、遠ざかれば駆け足で移動する。それを繰り返して横断していく。
「……あの亜竜、何か探しているのでしょうか?」
ヴィエラの素朴な疑問。
「恐らく獲物だろうな。あの巨体を維持するには、とにかく食わなきゃならん」
「先ほどの朱塗り鋏みたいな怪物ですか……」
俺の答えにヴィエラがなるほどと頷く。
「俺達も、ヤツにとっちゃ俺たちも"貴重な食糧"の一つなんだぜ?」
ヴィエラはその言葉に目を丸くして俺を見た。
「言われてみればそうですね、今まで出会った強大な怪物たちは皆そうでしたね……」
ヴィエラは改めて自分に言い聞かせるように呟いていた。
──やがて廃墟の群れを抜けると、遮蔽物の無い広場か大通りの様な場所に出た。
「むー! むむー!」
サーヤが地面を指さして身振り手振りをする。
「ひょっとして……あの開けた場所に抜け道があるってことか?」
「はい。あの広場の中央、石畳の下に点検用の縦穴がある、と言っています」
何もないただの広場にしか見えないが──よく観察すると、サーヤの示す石畳の一枚には継ぎ目があった。手を差し込むスリットもある。
「これか……だが、持ち上がらんぞ?」
サーヤは「むーむー」と続ける。
「魔法で封印──鍵のようなものが掛かっている……らしいです」
「解除できそうか?」
「……少し時間がかかる、と」
「よし、頼む──」そう言った瞬間、デリユの顔が凍りついた。
「来ます! 速い──!」
振動と共に咆哮が広場を揺らす。次の瞬間、反対側からヤツが姿を現した。
「私が食い止めます、皆さんは隠れて──!」
ヴィエラが大鎚矛を構えて飛び出す。
「おいやめろ! 無茶だ、逃げろ!」
「私たちは、むざむざとお前の食事にはなりませんわ──」
俺の制止など聞かず、彼女は暴君亜竜へと向かっていった。
(いや、ヴィエラなりに腹を括ったのか──)
ヴィエラも決めたのだ──逃げ回るより、今ここでヤツを仕留めると。ヴィエラの怪力、デリユの祈祷、サーヤの治癒魔法、そして俺の魂喰らいの魔槍──今度こそヤツの急所に叩き込めれば倒せるだろう、と。
(ヴィエラ、お前の天恵を──怪力を信じるぜ?)
「デリユ、サーヤ……ヴィエラを援護だ。ヤツを倒す、力を貸せ!」
俺は小鞄から魂喰らいの魔槍を取り出して左腕に装着する。
「……はい」
「むー!」
サーヤは身振りで覚悟を示す。デリユは俺の魔槍を見て覚悟を悟り、瞑想するように目を閉じる。手指を何度も複雑に組み替えていく。
『──当に今、請い願う。我らに金剛身、疾風走破、剛力の加護を授けよ』
囁く様な声とともに、身体の芯から熱が湧き上がる。支援魔法に近いが……いや、それ以上だ。外から覆う力ではなく、内から膨れ上がる力を感じる。
その刹那、暴君亜竜がヴィエラ目がけて突進する。顎を大きく開き、噛み砕く気満々だ。
「はあああぁ──っ!!」
ヴィエラは立ち止まり、迎撃態勢を取る。大鎚矛を渾身で振りかぶり、迫る巨体の横っ面をぶん殴った。
轟音と共にヤツの頭部がはじかれ、巨体ごと横転。広場の端の廃墟へと叩きつけられる。だが、突進の勢いまでは殺しきれなかった。
(相討ちか?!)
「がはっ──!」
ヴィエラの身体がはじき飛ばされ、地面を転がった。
「ヴィエラ!」
俺が叫ぶと同時に、彼女は大鎚矛を杖替わりに突き立てて立ち上がる。額と口から血を流し、肩で荒く息をしている。それでも、目の奥にはまだ火が消えていない。
サーヤがヴィエラに駆け寄る。暴君亜竜もよろめきながら立ち上がっていた、流石のヤツも頭部にあの一撃を喰らって平気ではない様だ。
「治癒の時間を稼がんとな……デリユ、俺たちで引きつけるぞ!」
「はい!」
俺は矢筒から一本を抜き放ち、走り出した。
(──戦技、笛吹矢)
放った矢は甲高い笛の音を響かせる。ヤツの目がこちらを捕らえ、低い唸り声が返ってきた。
「俺を覚えてるか? その顔にぶち込まれた痛みをよ!」
さらに矢を番える。
(戦技、貫通矢)
高速で螺旋を描く矢が唸りを上げて飛び、背をえぐった。狙いは頭だったが……外れだ。
「ちぃっ!」
(生命力減退の影響か……)
指が、腕が──思うように連動していない、感覚が鈍っているのだろう……これが生命力減退だ。
暴君亜竜は俺を睨み据え、頭を低く構えて突進の姿勢を取る。
「デリユ、来るぞ……間に合うか?」
「……はい」
俺は走りながら、時間を稼ぐ。デリユの祈祷が発動するまで──絶対に倒れられない。
そして──。
(ヤツの動きが止まったら、そこが勝負だ)




