第2話「恐るべき暴君」
パーティーを逃がす為に攻撃魔法で牽制を試みた魔術師のガーシュを暴君亜竜の大きな口が捉えようとした時──彼を突き飛ばして庇ったのは治癒魔術師のミーナだった。
俺が目撃したのは──ヤツの巨体で見えなくなったミーナと地面に転がる杖、その後の咀嚼音と呑み込む音だった。その一連の出来事で、彼女がどうなったかは嫌でも理解させられた。
(これは……四の五の言ってられん)
「いいから、とにかく散り散りに逃げろ──四階層への昇り階段で落ち合うぞ!」
仲間が死んだ時、冷静さを欠いた人間は二つの行動に出る。逃げるか、逆上するか──。
フリード達は後者だった。
「ミーナ無事か?! 何処だ!!」
「フリード落ち着け!」
彼からはその瞬間が見えていなかったのか、現実を受け入れたくないのか──フリードはミーナの杖が落ちている場所に行こうとするが、魔法戦士のザーンがフリードの行く手を遮る様に前に出た。
『螺旋刺突!』
ザーンの剣が纏っていた自己強化魔法──光の刃の青白い光が螺旋を描き、亜竜の脚に突き入れる。しかし脚の外皮は裂けるが、致命傷にはならない。
次の瞬間、亜竜は身体を捻る──。
「ザーン避けろ!」
俺の叫びは間に合わず、巨大な尾が唸り彼は吹き飛ばされて後方の瓦礫に突っ込んだ。
『兜割り!』
フリードはいつの間にか瓦礫を駆け上り、高所から剣を打ち下ろす戦技の渾身の一撃でドレイクの頭部を狙った。
──ガギィン!
硬い頭皮で傷は追わせられなかったが、ヤツは頭を振りながら後退る。しかし、大したダメージにはなっていない様だ。
「今だ、撤退しろ!」
俺は懸命に叫ぶが、ザーンは倒れたまま動かない。死んだか、気絶か──それでも今は動ける奴が逃げるべきだ。
「ミーナ、仇は取る……大雷電球」
ガーシュが放った高位呪文、直径一メートル級の雷球が炸裂する。亜竜は藻掻き苦しみ、絶叫し、怒りを増長させのたうち回る。
「まだ、動けるのか?!」
目を見開いて驚愕するガーシュ。彼の切り札である攻撃魔法を受けて尚、より激しく暴れる亜竜は周囲の遺跡を次々と破壊した。大小の破片が辺りに飛び散り、それらはガーシュにも降り注いだ。
「ガーシュ!」
「俺が行く、ザーンを頼む」
フリードを制止し、俺はガーシュの元へと駆けつける。
「……これは」
瓦礫の下は血の海だった、隙間から力の無い手足が見える。傍には折れた長杖が転がっていた。
(駄目か……クソッ)
フリードはザーンの亡骸の前で祈りを捧げ、立ち上がる。
「ゼタ、あんただけでも逃げてくれ……」
「待て、死ぬぞ!」
「リーダーとしての責任、いや。親友と──惚れた女の仇だ。けじめをつけなきゃならない……」
(惚れた女……ミーナの事か)
恐らくガーシュもそうだったのだろう。真っ先にミーナが殺された時点で要である二人が冷静さを失い、パーティーが瓦解していたのだ。
(地下迷宮では感情を殺さなければ生き残れない──まあ理屈じゃそうだがな)
理屈でどうにもならないのが感情というやつで、とっとと逃げない俺も同類というわけだから彼らを責めることは出来ない。
それに、俺の脳裏には焼き付いている。昔──仲間に逃がされて一人生き残った記憶が。
(今度は、俺の番だろうがよ──)
「フリード、援護は任せろ。突っ込むな、冷静に行け」
「ゼタ……あんた」
作戦というにはお粗末だが、俺が矢で牽制しつつ引き付け、フリードはその隙に身を潜めて亜竜の喉元へ剣を突き入れるというものだった──が。
「ちぃっ、刺さらねえのかよ!」
筋肉の鎧は想像以上だった。
「一旦離れろ!」
ヤツの注意を逸らす為に矢を撃つも外皮に弾かれ意に介さない。
「うおおっ! 蒼天衝き!!」
「やめろ!」
俺の制止の叫びは届かず、フリードは雄叫びを上げ、戦技で再び喉元を狙うが──そのまま大きな脚で踏み潰され、捕食された。
「クソったれが……」
(またか……また俺一人が!)
流石に一人でヤツとやり合うことは無謀過ぎる。この隙に瓦礫に紛れて隠れた──だが。
(見てる?!)
距離は離れているが、ヤツの目が俺を捉えているのを感じた……殺気というやつだ。雄叫びを上げ、匂いを嗅いで探している。あの恐ろしいバケモノはまだ満足していないのだろう、俺を食い殺すまでは──。
(俺はてめえになんぞ喰われてやらんぞ……)