第19話「暴君再び」
俺達は昇降機に乗り99階層へと降りていく──やがて揺れと共に停止したのだが、サーヤの様子がおかしい。
「ここは98階層だと言ってます。昇降機は何かがあって、ここで止まってしまったと……」
そんな事もあるかとは予想はしてたが、あと1階層くらいならまだマシな方じゃないだろうか?
「サーヤ、ここから下へ降りるルートはあるか?」
俺の問いにサーヤは「むーむー!」と身振り手振りで答える。
「いくつか降りる手段はある、と言ってます。ここから一番近い抜け道へ案内する、とも」
デリユがサーヤの言葉を伝えてくれる。彼女が流暢に話せる事を打ち明けてくれてから、よりサーヤの言っていることが分かりやすい。
「サーヤ、頼むぜ──」
俺達はサーヤの先導でその階段に向かう。
──そして俺達は廃墟群を抜けて進み始めた。98階層は規則的に並ぶ同じ造りの建物ばかりで、これまでの廃墟にあった"人が暮らした気配"がまるで無い。無機質な街並みだ。格子状に続く通路はどこも同じ景色で、サーヤの案内が無ければ確実に迷っていただろう。
「ゼタさん、あれ……」
ヴィエラが指差した先には、白骨化した魔獣の死骸。そして冒険者らしき人骨やミイラまでもが転がっていた。
「……ここまで辿り着いた奴、案外多いみたいだな」
サーヤがまた「むー!」と両手を広げる。
「転送陣には、本来の転送先が壊れた時の“予備の送り先”がある……そう言ってます」
「つまり、繋がりを失った時に飛ばされる場所ってわけか」
「私達が出会った75階層も、そのひとつのようです」
デリユの説明のにサーヤは腰に手を当て、どや顔で頷く。
「わたくし達の出会いは偶然では無かったという事──なのですね」
ヴィエラは感心したように呟く。
(……まあ、あのタイミングで会ったのは偶然だろうがな)
「この白骨死体は──ここで運悪く魔獣にやられたか、遭難して果てた連中か……」
ヴィエラは巨大魔獣の白骨をしげしげと眺める。俺にとっては原因が分かれば十分だが──。
(魔獣でさえ転送先でこうやって死んでる──深き死の地下迷宮とはよく言ったものだ)
改めて地下迷宮の二つ名に感心する。
「つまり、いつ魔獣が転送されてくるか分かったもんじゃないってことだな──」
俺がそう呟いた瞬間、階層に獣の咆哮が轟いた。
「……俺のせいかよ」
探索者の間では「口にした不吉は現実になる」って迷信がある。普段は冗談の一つだが今は笑えん。
「サーヤ、急いで下へ降りる抜け道へ案内してくれ」
コクリと頷いたサーヤが路地を駆ける。俺達も続くが──咆哮は遠ざかるどころか確実に近付いてきていた。
「マズい……狙われてんのか?」
(いや、偶然だろ。もし本気で捕捉されてるなら、とっくに襲われてるはずだ)
その時、デリユが鋭く叫んだ。
「逃げ──避けて!」
咄嗟に廃墟の軒へ飛び込み身を屈める。直後、俺達がさっきまで立っていた位置に大きな何かが降ってきた。デリユが叫んだお陰で俺たちはそれから逃れられた──。
(デリユの直感か……助かったぜ)
降ってきたそれは……青銅色の甲殻、反り返った太い毒尾、8本の脚に大きな朱色の鋏──。
「な、朱塗り鋏……!」
だが、鋏は片方欠け、甲殻にはひびが走り、ボロボロだ。すでに誰かにやられた痕跡がある。
「どういうことだ……」
思考を遮るように、更なる咆哮と地響き。俺の本能が警鐘をガンガン鳴らしている。
朱塗り鋏は威嚇して向き直る。だが、その先に現れたのは──10メートルを超える巨体。二脚で大地を踏み鳴らし、長大な尾を引き、牙の生えそろった大口を持つ怪物。
「暴君亜竜!?」
朱塗り鋏は毒尾を繰り出すが、ドレイクは軽々とかわして尾に噛みつき、大きな足で頭部を踏み砕いた。
あの仇名持ちの怪物を一方的に蹂躙しているその姿はまさに暴君だ。ヤツは踏み砕いた甲殻の中身をむしゃむしゃと貪り喰らっている。
その横顔を見て、俺は凍りついた。頬骨に深く刻まれた傷跡──俺がかつて魂喰らいの魔槍を叩き込んだ痕に間違いない。
「……まさか、あの時死んでなかったのか!?」
俺は思わず声を荒げてしまった瞬間、暴君亜竜はそれに反応する様に頭を上げて周囲を伺い始めた
「……伏せろ」
俺は手のひらを下げ、仲間へ合図した。
(ヤツも転送陣でここに飛ばされた……か。まさかまた遭遇するとはな)
ヤツと同じくらいある巨大な瓦礫の崩落に巻き込まれたはず──だったが、ヤツは生きていた。事実は事実として認めねばなるまい。
(怨みはあるが、今は戦ってる場合じゃねぇな……)
なんとかヤツに気付かれずにやり過ごすしかない。
──そんな、暴君亜竜は別の気配を察したのか、俺達が居る場所とは逆方向へ駆けだした。その様子を廃墟に登り、そっと様子を伺うと……探索者と思われる男達が必死に逃げ惑っていた。
「誰かが追われていますわ!」
「どこかの転送罠で飛ばされてきた連中かもな──」
「助けないと!」
ヴィエラが大鎚矛を担ぎ上げようとしたが、俺は制した。
「無駄だ、間に合わん!」
彼らの悲鳴が虚しく響き──やがて途切れる。そのまま、タイラントは遠ざかっていった。
「ああ……」
ヴィエラは目を伏せて苦悶の表情をした。
「気に病むな、次にああなるのは俺達かもしれんぞ──」
ヴィエラの肩に軽く触れ「行こう」と声をかけた。




