第18話「告白」
──意識がふっと浮かび上がる。身体の芯にじんわりと温もりを感じた。
(前にもあったな、この感覚──)
『──大いなる癒し……健やかなる身体』
頭の中で、澄んだ少女の声が響く。
(サーヤか……)
瞼を開くと、俺を覗き込む三つの顔があった。サーヤ、ヴィエラ、そしてデリユ。
「おいおい、近いぞお前ら」
冗談めかして言うと、ヴィエラは大きくため息をつき、その場にぺたんと座り込む。デリユは安堵の息を吐きながら俺の額や手に触れて状態を確かめていた。サーヤは俺の左腕に触れて「むー」と唸り、険しい顔をしている。
左腕に装着していた手甲──魂喰らいの魔槍は、いつの間にか取り外されて傍らに置かれていた。
「……外してくれたのか?」
俺が身を起こすと、サーヤは「む、む!」と力強く頷き、デリユとヴィエラを指さす。
「ゼタさん、それ、外すの……とても大変デシタ」
どうやら呪いのような抵抗があるらしく、デリユの祈祷とヴィエラの怪力を合わせてようやく外せたらしい。
「悪かったな……手間かけた」
俺は左手で手甲を掴もうとしたが──力が入らない。
(……ん、なんだ?)
慌てて右手に持ち替え、小袋に仕舞う。これまでも使用直後は倦怠感などの不調が残ったが、時間と共に回復していた。だが、今回は違う。短期間に連続使用したせいか、明らかに身体の不調が長引いている。
(ま、死ぬよりは……な)
俺はこれまで仲間に命を救われ、生き長らえてきた。だからこそ、今の仲間たちだけは生かして帰したい──そう強く思う。
――サーヤの案内で放水路を越え、迷路のような狭い通路を抜けた先は一つ下、81階層の部屋だった。
5メートル四方ほどの長方形の部屋に、両開きの扉がいくつも並んでいる。サーヤはそれらを指さし「むーむー」と身振りで説明する。
「……これ、エレベタ。ひとつ、下へ行く、と言ってマス」
「下って、何階までだ?」
俺の問いにサーヤが指を立て、デリユが通訳する。
「──99……階層?!」
「なっ……最下層まで直通だと!?」
思わず声が上ずる。ヴィエラも目を丸くし、デリユすら驚きの声を漏らした。サーヤはこくこくと真剣に頷いている。
「……いや、落ち着け。いきなり最下層なんざ、何が出るか分からん。ここで休んでからにしよう」
全員一致で俺の提案を受け入れ、食事と仮眠を取ることになった。
食事といっても火は使えない。結局、また朱塗り鋏の塩漬け肉を噛み締めることになる。俺の舌は以前よりもさらに味を感じなくなっていた。
そして気になるのは左腕。痺れが残り、指先をつねってみても痛覚が鈍い。
(……やはり魔槍のせいか)
サーヤに治癒魔法をしっかりとかけてもらっているが、それでも肉体の違和感は消えない。
――仮眠を取るサーヤとヴィエラを見守りながら、俺とデリユは交代で見張りについた。俺が左手の指を確認するように動かしていると、デリユが隣に腰を下ろす。
「どうした?」
「……その左手、動かないのでしょう? いえ、左手だけじゃない。魔槍の影響ですね?」
普段の拙い訛りが消え、流暢な共通語だった。
「……お前、普通に喋れたのか」
「はい、ごめんなさい。この国に来てから、言葉が不自由なだけで知能まで低いと思われ、哀れみや差別を受けました。かつての仲間も同じで……祈祷を理解しようともせず、最後は私を囮にして逃げました」
彼女は静かに語り、頭を下げる。
「だから、ゼタさんやヴィエラさんを試すような態度を取ったこと……謝ります」
「……で、なんで急に打ち明けた?」
「ゼタさん、魔槍のこと……隠してますよね。なら、私も隠し事はやめようと思ったんです。それに──」
「それに?」
「あなた達は、私を仲間として信じ、命を懸けてくれています。だから私も……信じることにしました」
「はっ。命懸けなのは、ただこの迷宮を生きて出るためだ」
俺は肩を竦めて笑った。こんな状況で感情をぶつけ合って仲間割れし、全滅したパーティーなどいくらでも見てきた。
(ここは深き死の地下迷宮だ。真っ当な奴だって死んでいく)
「それでも……皆で脱出するためです。でもゼタさんの身体は弱っている。ごめんなさい、私の祈祷が未熟なせいですね」
「バカ言え。お前の術に助けられなきゃ、ここまで来られなかった」
水歩きがなければ、あの沼で全滅していたはずだ。そう告げると、デリユは真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
「……分かったよ」
俺は魔槍の秘密を語った。
魂喰らいの魔槍は使用者の生命力を吸い取り、光槍を撃ち出す魔道具であること。
繰り返し使えば生命力減退が蓄積し、治癒魔法でも癒せない傷となって身体を蝕むこと。
「じゃあ、使い続けたら……」
「どうなるかなんて、俺にも分からん」
実際、そんな真似をした奴は滅多にいないだろう。
(……それでも、必要とあれば使うしかねぇんだよ)
何が命を惜しんで命を落とす行為か、地下迷宮じゃ生き死には賽の目次第運次第──俺は自分に出来る事をしているだけなんだよ。




