第17話「毒霧亜竜」
──毒霧亜竜の奇襲で、俺達4人は散り散りになった。
(……みんな無事か?)
特に重装のヴィエラは隠れるのが難しいはずだ。
「──ならば、この私が相手ですわ!」
案の定、彼女の大声が響いた。
(おいおい……言ったそばからかよ)
毒霧亜竜が奇声の様な咆哮を上げ、ヴィエラを睨み据える。
「脳筋お嬢め……」
だが、彼女の背後にはデリユとサーヤが見える。デリユは転んでいて、サーヤが必死に引き起こしていた。
「ちぃ、そういうことか──」
ただの脳筋バカ娘だと思ったことを心で詫びながら、俺は弓を引き絞り矢を放つ。
(──戦技、笛吹矢)
ピィィィッ──と、笛のような高音と共に矢が飛ぶ。毒霧亜竜は音に釣られて俺の方へ向きを変えた。続けざまにもう一本。少しでもヴィエラ達から引き離すためだ。
(早く行け!)
口の動きと手振りで退避を促すが──その時、奴の巨大な眼球がギョロリと俺を捕らえた。
「──ッ!?」
巨体をくねらせたかと思うと、低く構えて跳躍した。
──バシャァッ!
水飛沫が弾け、間一髪で俺は回避する。続けざまに立ち上がった奴の左前足が振り下ろされる。
「くっ!」
それも紙一重でかわすが、今度は大口を開けて迫ってきた。
(クソッ……隙がねえ!)
連撃の圧力に、弓を引く間すらない。
『──火焔塊!』
「ドン!」と爆炎がヤツの背で炸裂した。デリユの祈祷だ。毒霧亜竜は狂ったように背中を地面に擦りつけてのたうち回り、俺はその隙に瓦礫の陰に身を滑り込ませて矢を番える。
「俺はいいから──早く逃げろ!」
正直言うと、助かった……だが、ヤツがデリユ達の方に向かうのは避けたい。俺はデリユ達に逃げるように叫びつつ矢を放つが、ヤツの分厚い皮膚は直撃でなければ弾かれる。
「ちっ……目玉を狙うしかねえな」
しかしヤツは俺を無視し、デリユ達に突進する。
「お下がり下さい! 私が護ります!」
ヴィエラが大鎚矛を構え、前へ出る。
「バカ、退け!」
ヴィエラはヤツの振り上げた前足を真正面から受けにいき──。
「はあぁっ!」
全力の振り上げで前足を叩き返した。その威力にヤツはバランスを崩す──。
「好機ですわ!」
倒れたヤツの首へ渾身の一撃を振り下ろした──。
毒霧亜竜は大鎚矛の一撃を喰らい悲鳴を上げる。しかしすぐに口を開き、濁った黄色の霧を吐き出した。
「ぐ……っ、な……なんですの!?」
ヴィエラが武器を取り落とし、口と鼻を押さえて膝をつく。
「ヴィエラ!」
苦悶の声に、俺は即座に矢を放つ。
(──戦技、徹甲矢!)
高速回転する矢がヤツの皮膚を貫き、悲鳴を上げさせる。
「デリユ、サーヤ! ヴィエラを頼む!」
矢を撃ちながら叫ぶが、二人とも毒霧が濃すぎてヴィエラに近寄れないようだ。
(ちい……)
舌打ちしつつもこちらに注意を逸らそうと、矢を撃ち続ける。ヤツは喉を膨らませ、大口を開いた。
「ぬおっ!?」
吐き出されたのは黄色い毒霧の息吹だ。ヤツとの距離は十五メートル程度ある──だが、悪臭に目も喉も鼻も焼けるようだ。
(直撃してなくてもこれか……ヴィエラは?!)
視線を戻した瞬間、足を取られて転倒してしまった。
「しまっ──!」
ヤツが転んだ俺めがけて跳躍する。
「クソったれがぁ!」
咄嗟に放った矢が眼球に突き刺さり、ヤツは絶叫と共に地に叩きつけられてのたうち回る。
だが、そのまま這いつくばりながら再び毒霧を吐いた。
「が……あっ……!」
さっきよりも強烈な──濃い悪臭に喉も鼻も焼けるように痛み、視界が霞む。
(マズい……これ以上は……)
視界と呼吸すら奪われながら、必死に意識を繋ぎ止めた。
(一か八か、とにかくやるしかねえ──)
俺は手探りで魂喰らいの魔槍を取り出して左腕に装着する──だが、徐々に身体は痺れ、手足の自由は効かなくなってきていた。
「ぐあぁぁっ?!」
感覚が麻痺しているはずの俺の身体に激痛が走る。全身が無数の針の様なもので刺される痛みを感じた。そして生臭く冷たい滑り気のあるものに覆われて呼吸が出来ない。暗い穴にずるずると引きずり込まれる様な感覚だ。
(──呑み込まれた)
それは、俺の狙っていた瞬間だった。
左腕に意識を集中する。「ガシャリ」という金属音と共に魔槍が展開し、身体の内部の力がそこに集まってゆく。
(──喰らえ!)
──ズドォッ!!
魂喰らいの魔槍の破裂音と共に、自分の身体を覆っていた痛みや滑り気は消え、地面に落ちた衝撃を背中に受けた。
「がはっ!? 痛てぇ……」
痛みを堪えて目を開けると、首が引きちぎれた毒霧亜竜の巨体が横たわっていた──発動させた魔槍で喉を突き破ったみたいだ。
(腹の中まで呑み込まれてたら消化されてたかもな──)
「ゼタさん!」
ヴィエラの叫ぶ様な声が近づいて来る。生きている事を伝えようとするが、声が掠れて出ない。激しい疲労と倦怠感で身体も動かず、意識が遠退いて行く。
(おいおいまたかよ……でも、このまま──ってのは止めてくれよな)
他人事の様に思いながら俺の意識は深く沈んだ。




