第12話「昇降装置の戦い」
──俺たちが辿り着いたのは、廃墟のような石造りの大通りの果て。その先、75階層の外周をぐるりと囲む巨大な壁が視界を塞いでいた。
「……あそこが、この階層の端ってわけか?」
俺がそう呟くと、サーヤは「むーむー!」と腕組みして頷く。
「ソコ、端デス。サーヤ、言ってマス」
デリユが相変わらず淡々と補足する。
「いやまあ、そりゃ見りゃ分かるんだがな……」
妙に律儀な通訳に、思わず苦笑が漏れる。
サーヤが示すその先──外壁の一部が巨大な口のように開いていた。すぐ手前は建物もなく広場のように開けており、その縁に沿って五メートル四方のテラスが設けられている。
「サーヤ、ソコ、乗って、言ってマス」
「むーむ!」
勢いよく頷く少女。その様子に、俺たちはとりあえず従ってテラスへと足を踏み入れた。
「これは……通路か? いや、違うな……」
俺はテラスの縁から慎重に下を覗き込んだ。そこには想像以上に広く、暗い奈落のような回廊が斜め下へと口を開けていた。どうやら巨大な坂道のようだ。幅は一〇メートル近く、天井まで二〇メートルはあるか。だが、回廊の床までは一〇メートル以上の高さがあり、降りる手段は見当たらない。
「え、ちょ、なんですこれは……下、どうやって行くんですの!?」
ヴィエラは困惑した表情で戸惑っている。
そんな中、サーヤはいつもの調子で「むむむー」と言いながらテラスの床をぺしぺしと叩き、手のひらを斜め下にスーッと滑らせるようなジェスチャーをした。
「サーヤさん、なんですの? その動きは……」
「サーヤ、ここ、エレベタ、言ってマス」
デリユの説明に、ヴィエラがぽかんとした顔になる。
「エレベタ……? 昇降機ですの?」
「知ってる昇降機とは……ちょっと造りが違うみたいだな」
俺たちがそんな会話をしている最中に、サーヤはテラスの端にある台座に軽く手を触れた。その胸元に下げられた紅い結晶のペンダントが光り、台座の上部も応じるように光を帯びる。
「おいおい……サーヤ、それ何を──」
言い終える前に、テラスの外周が腰の高さほどの柵に囲まれた。
俺は即座に反応して警戒するが──当のサーヤはいつも通り涼しい顔で「むー」とか言っているだけだった。
(突然何かをするのは心臓に悪いんだがな──)
次の瞬間、床がごうんと音を立ててわずかに揺れ、斜め下へとゆっくり動き始めた。俺達は警戒してその場に屈む。
「うお……動いてる!?」
「こ、これ……本当に昇降機だったんですのね……!」
ふと、サーヤの手のひらのジェスチャーを思い出す。
「ああ、そういう事か──」
俺もサーヤの様に手のひらを水平にして斜め下に下げるジェスチャーをすると、サーヤは嬉しそうに頷いた。床に座り込みながらキョロキョロするヴィエラ。サーヤは彼女の頭を撫でながら「むーむー」と微笑んでいる。
「この、エレベタ……80階層まで行く、言ってマス」
「一気に80階層……?!」
デリユの言葉にヴィエラが驚きの声を上げる。
「30分……くらい、かかる、みたいデス」
「30分!?」
ヴィエラは完全に目を白黒させていた。無理もない。上下式の昇降機なら、せいぜい数分で目的地に到達するのが普通だ。
(まあ、五階層分も一気に移動するなら……そりゃあそうか)
せっかくの移動時間ということで、俺たちは軽く休憩を取ることにした。煮炊きはできないので、保存食で済ませる。ヴィエラはもう慣れた手つきで、例の塩干し肉を黙々と齧っている。あれは旨いが、火を入れないと噛み応えがすごい。
(その分満腹感は得られるんだよな──)
「なあ、サーヤ。80階層ってのはどんな場所なんだ?」
俺が問いかけると、サーヤは両手をぐるぐると回したり、空を指差したり、地面を撫でたり──見ているだけで混乱するほどのジェスチャーを始めた。
「あー……デリユ頼む」
「ハタケ、モリ、ミズウミ、ある、言ってマス」
落ち着いた通訳が入る。なるほど、農地、森林、湖──自然に満ちた階層、ということか。
「外に出られるのですか!?」
ヴィエラは満面の笑みを浮かべる。
「いや、地上じゃない。迷宮内にそういう階層があるんだ。30階層にも密林があった」
地下迷宮にもかかわらず空があり、昼夜や天候まで変化していたのを覚えている。説明すると、彼女は途端にしょんぼりと肩を落とした。
(希望を持つのも良し悪しだな……)
と、その時──デリユが不意に立ち上がった。
「ナニか、来マス……トンで、マス」
俺も耳を澄ませると──昇降機の音の他に微かな羽ばたきの音が近づいてくるのが聞こえる。
(昇降機で戦闘とか勘弁してくれよ……)
それは宙を舞う影──大蝙蝠だった。
「くそ、しかも団体か──厄介だぜ」
俺は即座に弓を構え大蝙蝠へと矢を放つ。しかし──。
「──チッ、やっぱり当たらねぇか!」
羽ばたきと共にひらりと舞うように矢を躱される。やはり、蝙蝠系は敏捷性が異常に高い。
「大蝙蝠──あんなのは1階層でも居るような他愛ない怪物ですわ」
ヴィエラが大鎚矛を構え、真剣な表情でサーヤの前に立ちはだかる。
「でも油断はしません。私が守りますわよ、サーヤさん!」
確かに大蝙蝠は1階層の入り口付近でも出るような雑魚だが、ヴィエラにとって相性は最悪だろう。
「──デリユ、何か手はないか?」
「ハイ……少し、時間、クダサイ……イチ分、デス」
「1分──それだけで良いのか? 了解だ!」
デリユの祈祷──異国の術は発動に時間がかかるが、その威力は菌糸に侵された竜戦で証明済みだ。
(とはいえ……矢にも限りがある。無駄撃ちは出来ん──)
俺は弓を構え直し、大蝙蝠の動きを読みながら頭をフル回転させる。
(なるべく少ない矢で、時間を稼ぐ方法……)
ここに来て大蝙蝠に苦戦させられるとはと、俺は心の中で愚痴る。




