表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/27

第11話「デリユ・ナンカ―の追想」

異国からやって来た、古代文明研究者であり祈祷師のデリユ・ナンカ―。彼女は微睡(まどろ)みの中で、迷宮で自らに起きた出来事を思い出していた──。

食事の後──今後の行程を考え、リーダー(と理解している)ゼタの提案で仮眠を交代でとることになったのだけれど……。



──これは夢か、それとも、ほんの少し前の記憶を脳裏が反芻しているのか。


意識はまだ、眠りと覚醒の狭間──微睡(まどろ)みの底にある。


私の名は、デリユ・ナンカー。


西方より海を渡ってきた、学者にして祈祷師。古代文明の遺跡を巡り、その研究に没頭している者だ。


……この地を目指した目的は、ただ一つ。


古の書物に記されていた──"失われし知識の宝庫"という古代魔法帝国の地下都市に、どうしても辿り着きたかった、それだけだった。


だが、古代魔法帝国の地下都市というのはこの国では"深き死の地下迷宮(デスダンジョン)"と呼ばれる場所だった。


無数の魔物が徘徊し、生半可な腕では1階層すら踏破できない、生きたまま呑み込まれる地獄(ナラカ)



(……一人では、とても生きて戻れない)



だから私は冒険者となり、迷宮都市でパーティを組んだ。言葉に不自由がある異国の者にとって、それは大きな賭けだった──いや、むしろ愚かな選択だったのかもしれない。



「なあ、今日は深ぇとこ行くから、そのつもりでな?」


「ハイ、深い所、行くの、分かりマス。……デモ、"そのつもり"の意味は?」


「はあ? 覚悟しろってことだよ、ったく通じねえな」


彼らの言葉は粗野で曖昧、そして雑だった。


私は丁寧に聞き返しているつもりだったが、それが気に障る者もいるようだった。舌打ちする者、鼻で笑う者、わざと聞こえるように愚痴る者もいた。


「スミマセン……言葉、マダ、上手くナい、デス」


「いいって、別に。お前のその変な支援魔法(エンチャント)、まあまあ使えるしな──」



──嘘だ。一応使えるからパーティーに残してるだけで、理解も信用もされていない。


私の術、"祈祷(マントラ)"はこの大陸の"魔法"とは根本から異なる。手指の印と言霊の詠唱によって地水火風──自然の力を借りる。ともすれば、それらを統べる精霊や神々とも対話し助力を乞う。


──それを彼らは「気味が悪い」「呪われそう」「時間がかかり過ぎる」と言って忌避した。だから私は、敢えて略式の極弱い力しか発揮されない祈祷(マントラ)を使っていた──彼らに合わせるために。



(……下らない、と思いつつね)



今回の探索(クエスト)は、28階層で消息を絶った別のパーティの捜索だった。


「ったく、あいつら調子乗ってたしな。やっぱ遭難か?」


「運が良けりゃ装備だけでも残ってるだろ」


「死人の持ち物剥ぎ取りとか、ちょっと気が引けるが……」


「何言ってんだ。遺品を有効活用してやる、それが供養ってもんだろ」


「なあに、あの異国女にゃ聞かれたって問題ねえよ。どうせロクに通じねぇんだから」



──ほとんど理解している。聞こえてる。だが、黙っていた。彼らが実力ある冒険者であったのは事実だ。戦闘技術も経験も申し分なかった。


……だが、人としては──全く理解できない。


私は彼らを信用してなどいなかった。ただ、目的のために必要だったから、共に行動していたに過ぎない。



そうして私たちは、例のパーティの"残骸"を発見する。


「おい……これ、何にやられた?」


炭化した遺体。煤にまみれた鎧。熱で溶けかけた武具。黒く焼け焦げた床に、巨大な爪痕──。


「チッ、黒焦げで使えねぇ装備ばっかりじゃねぇか……」


「金貨袋は……よし、これは無事だ」


盗賊と変わらぬ物言いが、平然と口から飛び出す。


そんな中、リーダーの遊撃兵(レンジャー)が眉をひそめた。


「まさか……火炎亜竜(ファイヤードレイク)……か?」


「冗談……だろ?」


その言葉を聞いた瞬間、焼け付くような波動で全身が怖気だった。



(火の気配……これは──)



「皆サン、ケイカイして……ホノが、来ます」


「はぁ? このアマ、何わけわかんねぇこと……」


「違う! 来るぞ! "生命探知(センスライフ)"にでけぇ反応が──!」



──ズゥン、ズゥン。



回廊の奥から、鉄を踏み抜くような音が響く。


そして、現れた。


全長七メートルはあろうかという巨体。灼熱の揺らめきを纏う四つ脚の亜竜(ドレイク)──その姿は、まさに悪夢だ。


「な、なんだありゃ……!」


剣の如き爪で踏みしめるたびに床が赤熱していく。全身が焼きゴテの如く灼け、周囲の塵や埃が発火して火の粉の様に舞う。



(あれは……火炎亜竜(ファイヤードレイク)じゃない)



『……灼熱亜竜(ガルマナーガ)



「うるせえ、変な言葉使うな!」


「ゴメンなサイ、たぶん……ヒーター、ドレイク、です」


そう言った瞬間──奴は地響きと共に突進してきた。


──戦闘は、まるで話にならなかった。


灼熱を帯びた爪が戦士の大楯を焼き斬り、魔術師(メイジ)の攻撃魔法は硬い皮膚には致命傷を与えられない。私の略式祈祷(マントラ)では彼らの力を強くすることも出来ない。



(……恐らく、この連中では倒せない)



私は迷わず、略式ではなく"本来の"祈祷(マントラ)を使う決意をした。


「大きナ術、使いマス……ダカラ、守ってクダサイ!」


伝わったかどうかは分からない。


「おい、何か言ってるぞ?」


「ふざけんな! 時間稼ぎしろってか!?」


「待て。……どれくらい必要だ」


「イチ分、あれば……」


私の言葉に、リーダーが頷いた。その一瞬だけ、私は希望を見たのだ。


高位の祈祷(マントラ)は瞑想を必要する。私は目を瞑り集中に入った──が。



次に目を開いた時、私は一人だった。


「……え?」


後ろを振り向くと、彼らは既に逃げていた。


「訳わかんねえ術に命張れるかっての!」


「せめてお前が喰われてる間に、逃げさせてもらうぜ!」


回廊の先、迷路のような通路へ──誰も振り返らなかった。



(……私は、判断を、誤った)



湧き上がったのは怒りではない、悔しさだった。そう──自分が、彼らに一縷の希望を託したことが。


だが、それを嘆く時間すら与えてはくれない。


灼熱亜竜(ヒータードレイク)の咆哮。──私は印を組み、渾身の術を放った。


『──|《水蛇氾流〈ウガナーガ〉》!』


水が生まれ、大蛇となって燃える巨体を貫く。水蛇が亜竜(ドレイク)の熱に触れ爆発するように蒸発し、濃霧となって視界を塞いだ。


絶叫のような叫びと大きなものがのたうつ(・・・・)音が響いている。やがて蒸気が治まると、灼熱亜竜(ヒータードレイク)は胴に大きな穴を開けて絶命していた。



「はぁ、はぁ……」


私は香袋を取り出し、深く息を吸う。薬草(ハーブ)の香気が、わずかに気力を取り戻させてくれた。


『……少し休んで、彼らの足跡を──』



地上へ戻るルートは彼らが熟知しているはずだ。探知系の祈祷(マントラ)を使い彼らの後を追って、転送陣(テレポーター)を何度か使っているうちに、この75階層に辿り着いた。



しかし──食料も尽き、進みも戻りも出来ず、力尽きて倒れた私を──救ってくれたのが、ゼタ達だった。


冒険者に裏切られた私を救ったのもまた冒険者──私は彼らを信じる事ができるだろうか?


この国に来てから私に向けられたのは差別、蔑み、憐み──しかし、彼らからはそれを感じない。



(今の所は──ね?)



試す様で悪いけれど――言葉が拙いままの方がこちらの観察には都合が良い。今も、それは続けている。



(まあ、こちらの言葉がまだ流暢に喋れないのは事実だけど……)



サーヤという無言の少女、彼女が人ではないことも気づいている。古代文明を模して造られた"人造治癒装置"──。


しかし、彼女にはそれだけじゃない、造られたものが持たない感情のような温かなものを感じていた。それは私には微かな希望に思えた。



(──ほんの少しだけ、時間をちょうだい)



それが、再び人を信じるための猶予だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ