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第10話「休息」

──菌糸に侵された竜(ファンガスドラゴン)との戦いを終え、俺たちは頑丈そうな廃墟の一角を見つけ、ようやく腰を落ち着けていた。


俺は旅人の小鞄(インベントリー)から魔道具の"火無し焜炉(コンロ)"を取り出し、簡易鍋に水と乾燥ハーブを入れて炊きを始める。


「たまには温かいものでも腹に入れねぇと、気持ちが折れる──」


栄養摂取の為に食べる事は不可欠だ。だからといって冷めた携帯食や保存食が何日も続くと、身体は維持出来ても精神的に参る事はよくある。


だが、地下迷宮(ダンジョン)での焚火は、酸欠や引火性のガスの危険がある。煙や匂いで魔物を呼ぶリスクも。だからこそ、この魔道具は命綱とも言える。



(高かったが、それに見合う以上の価値があるぜ──)



「ふふーん♪」


サーヤは鍋の上で手をぱたぱたさせながら匂いを嗅いで、小躍りして浮かれている。表情の変化こそ乏しいが、体の動きだけで上機嫌なのが分かる。


「ちょいと早いが、もう食える頃合いだな」


俺は鍋の蓋を開けながら、朱塗り鋏(ヴァーミリオンシザー)の塩漬け肉をほぐして投入した。


「ゼ、ゼタさん……それ、本当に食べるんですの……?」


ヴィエラが眉をひそめ大鎚矛(グレートメイス)を構えて、鍋と俺の顔を交互に見つめている──やや涙目だ。


巨大蠍ジャイアントスコーピオンはな、見た目はグロいが甲殻の中の肉はほら、ちゃんと食えそうだろ?」


「そ、そうですけれど……!」


俺はゆで上がった肉を毒見の様にひと口食べてみせた。


「いいから大鎚矛(そいつ)をしまえ、味はカニみたいなもんだ──うん、美味い。出汁も塩気もよく出てる」


で、ヴィエラは──ひと口食ってしまえば、目を丸くしてそのまま夢中になり……気付けば三杯目をおかわりしていた。



(お嬢様がこの食いっぷりよ……)



"怪力(ちから)"のせいで沢山食わないといけないのか、そもそも大食い気質なのか──それはわからんが。



一方、デリユはというと──。


「おいシイ、ワタシ、スキデス。ふふっ」


いつも通りの微笑をたたえ、実に平然と食べている。彼女の故郷では普通の食材なのかもしれない。


「美味シイ? サーヤ、イツもは、食べル、無い?」


「むーむー」


「サーヤ、装置ダカラ、魔力、自然ニ回復──便利、デスネ」


デリユの言葉に、サーヤはこくん、と頷いて返す。そして嬉しそうに口をもぐもぐ動かしながら、「んーんー」とご機嫌だ。


「……ん?」


不意に、違和感に気づいた。



(おい……今、普通に会話してなかったか?)



「ちょっと待て、デリユ──お前、サーヤの言葉が分かるのか?」


「ハイ、カンゼン、では、ないケド……キモチ、伝わりマス」


俺は思わず身を乗り出していた。


今まで俺たちは、サーヤと意思疎通がまともにできず、身振りと「むーむー」だけを手がかりにしてきた。それが今、デリユ経由でちゃんと話が聞けるとなれば、話は別だ。


「デリユさん、サーヤさんの言葉が分かるなんて羨ましいです」


ヴィエラはそう呟いて、そっとサーヤの頭を撫でる。サーヤはそれに目を細め、ヴィエラにもたれかかる。


「サーヤ、ヴィエラ、すき、言ってマス」


「ほ、ほんとうですの!? ……う、嬉しいです……っうう……」


ヴィエラは両手で頬を押さえ、うるんだ瞳で天を仰いだ。自分の"怪力(ちから)"が恐れられ、疎まれてきた過去を思い出したのかもしれん。



(感動の話は後にしてもらうとして──今は情報だ)



「サーヤ、いいか。ここから別の階層に通じる道はあるか? 通路でも、階段でも、昇降機(エレベーター)でも、転送陣(テレポーター)でも──何でもいい」


サーヤはしばらく小首を傾げた後、何かを思い出したように「パァッ」と顔を輝かせた。そして身軽に周囲の瓦礫へ駆け登っていく。


「ちょ、ちょっと危ないですわよサーヤさん!」


ヴィエラが慌てて止めようとするのを制した。


「何か言いたいんだろう、俺が行く」


瓦礫のてっぺんに立ったサーヤは遠くを指差し、「うーうー!」と一生懸命訴えかけてくる。この階層の向こうを指差している。俺が頷くと、サーヤは難なく滑り下り、下で待つデリユのもとへ駆け寄った。


俺も少し遅れて二人のもとへ歩み寄る。


「どうだった、何か分かったか?」


「ハイ。サーヤ、言ってマス。地上、アガル、方法──昇降機(エレベーター)、アルと」


「……っ! それは、どこにある?」


「サーヤ、言うノハ……迷宮の一番シタ……99階層」


「──はあ?」


聞き間違いかと思った。だがデリユの言葉を反芻しても、答えは変わらない。


「一番下……99階層、だと?」


曰く、深き死の地下迷宮(デスダンジョン)──曰く、底なしの地下迷宮(ボトムレスダンジョン)──などと言われていたこの迷宮の階層がどこまであるのか、誰も知らなかった。


その謎があっさりと判明してしまった──のか?



(サーヤの──デリユの言葉を信じるなら、だが……)



それを言い出すとキリがない。それを疑う理由も今は無い。とはいえ、ここは75階層。そこからさらにまだ24階層も降りなければならないのだ。



(しかも、基本的に迷宮は下に行けば行くほど広く、複雑で、強力な怪物(モンスター)が棲んでいる──)



「つまり、その99階層にある昇降機(エレベーター)を使えば……一気に地上まで戻れるってのか?」


「サーヤ、そう、言ってマス」


転送陣(テレポーター)とか、他の帰還手段はないのか?」


「99階層、行くの、一番ハヤイ、言ってマス」


「……そのルート、知ってるのか?」


「知ってル、言ってマス」


──このときの俺は、鍋の中の飯のことも、ヴィエラの涙も、何もかも頭から吹き飛んでいた。まさか、本当に地上へ帰還出来る可能性が見えてくるとは思っていなかったからだ。


(正直、どれだけ生き残れてもいずれは迷宮で死ぬと心の底では覚悟してたからな──)


俺達の期待を込めた熱い視線を受けてサーヤは、キョトンとしてから満面の笑みで応えていた──。

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