第1話「迷宮案内人ゼタ」
「ゼタ・ルオ、あんたに案内人を頼んで正解だよ」
大柄な好青年──前衛の戦士、フリード・ヴェイクは屈託のない笑顔で俺に向かってそう言った。パーティーのリーダーでまだ若いが頼れる男だ。
「依頼されたから受けたが。いいのか、こんな四〇オヤジの元冒険者で?」
俺は現役を引退して、今は初心者相手の迷宮案内人で食い繋いでいる中年の遊撃兵だ。そんな俺を、勢いのある若手パーティーがわざわざ指名してきたのだ。
彼らは四人組。戦士二人に魔術師、治癒魔術師とバランスも悪くない。若手としては異例の速さで迷宮を攻略していると、冒険者酒場でもよく話題にあがっていた。
「謙遜して隠しても無駄です、貴方が60階層から帰還した事はその筋では知られています。我々が欲しいのは、貴方の持つ効率的な順路の情報です」
魔術師のガーシュという青年──口調は丁寧ながらどこか高圧的な態度がにじみ出ている。自信家なのだろうか、若さゆえの万能感かもしれないが。
(そんな深層まで行くなんて、最初に聞いてたら断ってたがな……)
「ガーシュ、そんな態度はいけないわ。申し訳ありません、ゼタさん。ですが、最初から言ってたら断られるかもしれないと危惧していました……」
この娘はミーナ・セインという、このパーティーの治癒魔術師だ。丁寧な口調で気品すら感じる落ち着いた雰囲気をしていた。
(よく分かってるじゃないか──)
ここは深き死の地下迷宮と呼ばれている。入り口に近い上層だって油断すれば命を落とす、下層ならば尚更だ。その危険性は当然、階層が深くなるほど増してゆく。
「フリード、じゃあ60階層が目標か?」
「ああ、依頼でね。60階に依頼物があるんだ。状況によってはもっと下も探索──」
「待って下さい、何か近づいて来ます……」
俺とフリードがそんな話をしていると、ミーナはそう言って立ち止まる。生命探知の魔法で周囲を探知していた様だ。
「明らかに人ではありません、皆さん警戒を──」
俺は先頭に出て匂いを嗅いでみるが……。
(獣臭、なし。この五階層だと大蜘蛛か甲冑蜥蜴辺りか?)
「前の瓦礫の陰から来ます!」
「行くぞ、ザーン」
フリードの号令で同じく戦士のザーンも抜剣し、ミーナとガーシュは支援魔法の詠唱を始める。
『……護り……身体向上……疾風……』
『……鋭い刃』
遺跡の残骸の陰から姿を現したのは甲冑蜥蜴だった──仔牛程の大きさで、鱗はまるで鱗鎧のように金属質の光沢を放っている。
「五匹か……」
「ザーン、いけるか?」
「うむ……光の刃」
無口な戦士ザーンは自らの剣に触れ、詠唱をすると刃が青白く光る。
(ザーン……魔法戦士だったな)
「ゼタさん、済まん。案内人には迷惑はかけないつもりだ」
フリードは申し訳なさそうに言った。
「怪物との交戦も契約範囲内だ。適宜支援する」
ここは怪物が跋扈する地下迷宮、どんなに回避ルートを取っても、遭遇は運次第だ。
「皆、行くぞ!」
フリードの声で皆が一斉に動いた。
五匹の甲冑蜥蜴は鱗も硬く生命力も強い。経験を積んだ冒険者なら落ち着いて対処できるが、新人パーティーには厳しい相手だ。
しかしフリード達は落ち着いて仕留めていった。
「怪我は無いな──」
戦闘を終えて武器を収めようとした時、ミーナは突然声を上げた。
「待って、まだ来るわ!」
その声で振り返ると、さらに多数の甲冑蜥蜴がこちらへ向かってきていた。
「あれか、何匹いるんだ?」
フリードとザーンは向き直り、剣を構えた。
「違います、その後ろに──」
重い足音が迫り、巨大なものが姿を現す。一〇メートルを超える怪物、暴君亜竜だ。太く力強い二脚で歩き、不釣り合いに大きな頭に備わる顎と牙、そして長い尾を持つ。
この怪物は竜と名が付くが、およそ古の竜が持つと言われた知性や神秘性といったものは皆無で、ただ貪欲に獲物を喰らおうという本能を剥き出しの、まさに暴君だ。
その証拠に、甲冑蜥蜴の金属質の鱗をものともせず片端から貪り喰っている。こんな凶悪な怪物が上層に出ることは稀なはずだが──よりによって今ここで遭遇するとは。
「引け、全員撤退だ!」
俺はとにかく撤退を提案する。俺の声に、フリードも叫ぶ。「逃げるぞ!」と。
だが、亜竜は俺たちに気付いた。咆哮を上げるヤツに向かってガーシュが攻撃魔法光の矢で牽制する。
「逃げろ! そんな魔法じゃだめだ!」
ガーシュの魔法は顔面に命中し、一瞬怯んだ隙に俺たちは逃げ出す──だがヤツの怒号が響き、突進してきた。
「とにかく逃げろ──奴には生半可なものは逆効果だ!」
ガーシュは再び魔術を詠唱し長杖を振りかざした。
「これならば──火球連弾!」
こぶし大の火球が幾つも亜竜へ向かって飛び、その巨体に全てが当たり連続で炸裂する。甲冑蜥蜴程度であれば焼け焦げてばらばらになるだろう──しかし、ヤツは火球の連続爆発では怯まない。
ガーシュは回避しようとするがヤツの突進は想像以上に速かった。大きな口を開けて捕食しようと迫る。
「ガーシュ!!」
「間に合わない」──そう思った瞬間、彼はミーナに突き飛ばされていた。そして替わりにヤツが大口が捉えたのは彼女だった。
それは、ほんの数秒の出来事──。
地面に転がる杖、咀嚼音、呑み込む音──他のメンバーから、その状況は直接見えていなかったかもしれないが……俺はヤツの一連の動作と音で、彼女がどうなったかは理解した。