夢の国は予約制
埼玉県白子に身も心も温まるスーパー銭湯がある。白子だからか? そこを知らん子は誰もいないくらい多くの人が癒しを求め訪れる。
地下一千余メートルから湧き出た海藻色の自然の恵みの温泉、埼玉県の和光市白子に位置するこの施設には、周辺に住む家族連れや若いグループ、年配の方々などで毎日にぎわっている。埼玉県と言っても、すぐ隣には板橋区と練馬区がぴったりと張り付いている。訪れる人々は温泉旅行の気分を手軽に体験できるこの施設の空気感に満足してくれている。施設内にはカットサロン、リラクゼーション、食事処、土産コーナー、ゲームコーナーなどが設置されていて、日帰り温泉を楽しめる身体、心、財布にとても優しい施設。お風呂はジェットバス、電気風呂、天然湯、寝湯、露店岩風呂などがありお客さんはこの料金で申し分ないと喜んでくれる。
今野きよしは、この施設一階にある食事処で働いている。来店してくれるお客さんはそれぞれ、食事と会話を楽しみにしたり、または必要以外の会話は拒みゆっくりくつろぐ人、店内を走り回る子供など色々なお客さんが来るのでそれにうまく対応していかなければならない。料理をテーブルに持って行き、空いた食器をかたずけるだけと思っているスタッフやお客さんもいるだろうが、それ以外の仕事もありなかなか大変な仕事でもある。
食事処の店内は和風に内装され定食、そば、うどん、ラーメンなどが楽しめる。食事処入り口左側にはクレープやフレッシュジュース、ソフトクリームなども販売している。
売店の商品についてはすべてセルフサービス、店内のテーブルへはお客様自身にて持っていってもらっている。
テーブル上に設置されているメニューにもそのことは書かれているが「売店の商品をテーブルに運べ」とか言うお客さんがいてバイトが「それはできません」「なぜできない」と言った押し問答がたまに生じていた。
二千二十一年も残すところあと一ヶ月。今年はコロナ禍の影響で繁忙期がなかったが、休むスタッフなどがいて、少ない人数で働いていたのでそれなりに忙しい。そろそろ店内にクリスマスツリーの飾り付けをする時期なので今野は、売店に小さなクリスマスツリーを飾った。
クリスマスツリーの電源を入れると、点滅するLEDライトに吸い寄せられるように早速、若いカップルが売店に来てくれた。
「いらっしゃいませ」と羨ましそうにカップルを見る今野
「わたしバナナクレープ食べたい」女性は男性に磁石のようにピッタリ張り付いている
「僕はフレッシュストロベリージュースにしよう」
「かしこまりました。リストバンドをお願いします」と恨めしそうに今野が男性にバーコードリーダーを向けると男性は右腕にまかれたリストバンドを今野に向ける「ピッ、ピッ」と読み込み「少々お待ちくださいませ」と言うと、男性が「ジュース先にください」とミキサーを回転させ仕上げたジュースを持って「窓側の席で待っているから」と彼女を売店に残し店内へと向かった。
今野は残された女性に「クレープ今すぐ作りますから」と愛想笑いをしながらクレープ台へ行くと、女性も同じ方向へ移動し外側のクレープ台のガラスの外に顔を臨み込むように今野の作業を見ている。円柱形の鉄板に生地を落とし木製のトンボというT地の器具で素早くクレープを丸く仕上げていく、ガラス越しに見ている女性は今野の一つ一つの動作に拍手して喜んでくれている。クリスマスには若いカップルが楽しそうに過ごすが、今野はそんな幸せなカップルを見ていると寂しくなるのだ。二五才になった今でも恋人歴なし十年以上、正直なところ恋人がいたことは未だにない。だからだろうかバレンタインやクリスマスが近くなると憂鬱になってくる。
売店の後ろ側、のれん一枚で仕切られたキッチン内のオーダープリンターに、電子音とともに伝票が流れてきた。この施設には従業員食堂はないが食事処で提供している食事を割引価格で購入することができるシステムがある。流れてきた伝票には☆の印が付いていたので館内で働いているスタッフからのオーダーである。今野はこの☆印を見るとなぜか小学校時代の自分を思いだす。
美術の先生に「星は丸いのになぜみんなは星を☆と描くのですか? 満月を描くときはまん丸ですよね」
先生は「なぜって? ……」返事に困っていたのだ。
こんな子供の頃からの変わり者だから恋人もできないんだなぁ、と今野は諦め毎日働いている。
☆印の印字された、感熱紙のオーダー紙を受け取り、料理受け取り台にあるマグネットに挟みながら、キッチン内に「海鮮丼一つお願いします」と声をかけると、油の入っていた空の一斗缶に座っていたスタッフがめんどくさそうに立ち上がった。四時過ぎのこの時間帯は、ランチが終わり、夕食時のピークの谷間のほとんどお客が来ないだらりとした時間なのだ。現に今店内にいるお客さんは二組だけ、先程売店でクレープとジュースを購入したカップルともう一人のいつも来てくれるお客さんしかいない。
もう一度「オーダーお願いします」と再確認すると、わかっているよ、と言った顔をして睨まれた。その時、ホール内からの呼び出し音がなった。ホールとの境目上にテーブル番号を表示する電光掲示板が設置されていて、四十三番が表示されていた。そのテーブルには、定食を食べていたお年寄りのなじみのお客さんがいる。掲示板に表示されたテーブル番号の席へブック本を細長くしたような電子オーダー機械をエプロンのポケットから取り出しながら歩きオーダーに備える。
「追加オーダーですか?」
「いいえねぇ、あのぅ」と遠慮がちに今野を見つめる。
四人掛けのテーブルに一人で座り、テーブルの片隅には歩行ステックが置かれている。
「あの奥にいるカップルの女性が食べているのなんですか? とてもいい香りがするの」
「あれは、売店で販売しているクレープですよ」
「今野さんいつも悪いんだけど……」
お客さんが言わんとする事を察した。
このお客さんは以前、売店からソフトクリームを運ぶ際に床に落としてしまった。歩行ステッキを使いながらの歩行では無理もない。手の震えからソフトの上部を落としてしまったのだった。それを見てから、このお客さんには「他のスタッフがいないときは気軽に声をかけてくださいね」と言ってあった。
今野はクレープを食べたそうにしていることを察し「良いですよ、今作ってきますから、リストバンド貸していただけますか」リストバンドを受け取り売店に向かい素早くバナナクレープを手早く作った。売店の商品はリストバンドのバーコードを読み込み会計精算になっていた。出来上がったクレープとリストバンドをトレーで隠すようにテーブルに運んだ。「いつもありがとうね」とあめ玉を二つくれた。
「この時間帯はひまだから気にしないでください」とあめ玉を手に握りありがとうと会釈した。その後方を一時間前にブレイクタイムにでかけたスタッフたちが「いらっしゃいませ」と言いながらキッチン内へと戻って行く。
クレープを美味しそうに頬張るお客さんの笑顔を見ながら、テーブル上のお皿をかたしながらキッチンへ戻る途中、フロントスタッフの星場ひかりとすれ違う。
「おはようございます」と今野に軽く会釈する手元のトレーに海鮮丼があった。
「おはようございます。星場さんのオーダーだったのですね。いってらっしゃい」と言う今野に「行ってきます」と会釈する星場のトレーの上の海鮮丼が滑り落ちそうになる。
「おっと、危ない」とトレーを平行にしてあげた。今野は「海鮮丼落としてもお金は返せんどん」とダジャレを言ったが、星場はわからなかったようだ。今野は職場の後輩たちからは『カップ麺』と呼ばれていた。それはこのようにダジャレを発するのだが、相手がそれを理解、反応するのが三分ほどかかるのでつけられたあだ名だった。キッチンに戻ると調理場とパントリーの境目の台に海鮮丼が一つ置きざりにされていた。
「今野さんこれ伝票付いていないけど何番テーブルですか?」
「あれ、☆の海鮮丼さっき調理場に一つ注文したけど」一つしか頼んでいない海鮮丼が、二つ出来上がっていてブレイクから戻ってきたスタッフらが「どこのテーブル?」「伝票が付いていないよこれ」と話をしていた。キッチンに戻った今野は「これ☆割の海鮮丼だよ」「それだったらフロントの星場さんが受け取りに来たよ」今野も先程海鮮丼をトレーにのせ従業員休憩所方面へ歩いて行く星場とすれ違っていた。調理場のスタッフは、今野が告げたオーダーの個数を伝票の個数を再確認することなく二個作ってしまったようだった。
ホールスタッフ数人が個数を間違えて作ったスタッフを睨んでいる。今野はブレイクへ行く時間でもあったので「これ、僕が購入しますから、今流す海鮮丼の伝票の海鮮丼は作らなくて大丈夫」とダブって作られた海鮮丼を持ちブレイクタイムに入った。
六畳ほどの小さな倉庫を改造したブレイクルーム奥には海鮮丼を食べている星場がいた。今野は遠慮し暖房の風が届かない出入り口近くの席に座った「そんな寒いところに座らないでこちらで食べたら」「えっ、良いんですか?」「どうぞ風邪ひいたらたいへんですよ」「ではお言葉に甘えて」星場の斜め前に座った。今野は年配のお客さんとは積極的に話すが、同年代の女性が目の前にいると緊張してしまう。それ以上に今野は星野にかすかな憧れを抱いていたから無理もない、どんぶり上にのったいくらを手が震えうまく拾えない。悪戦苦闘している時突然「クリスマスはどこかへ行かれるの」「いいえ。イブとクリスマスはシフト入っていなく休みなんですけど行く相手がいませんからね」「へぇ、そうなんだ」「恋人がいるわけじゃないし寂しいクリスマスをすごしますよ」「私も同じですよ。彼氏いないしね」その言葉に今野はもしかしてこれは何かのチャンスなのでは? とスケベ心がわくわくと浮き上がってきた。
「もっ、もし良かったらイブにどこかへ行きませんか?」断られることを百も承知で声をかけてしまったあとに、なんて馬鹿なことを言ってしまったのだと後悔をしていると「良いですよ、行きましょう。で、どこへ」今野の頭の中に千葉県にあるテーマパークが浮かび上がった。八年前、高校の卒業旅行で男ばかりの仲間三人で行ったが、その時のパーク内での自分たちの周りにはカップルばかりで、今度ここへ来るときは、彼女ができたときだと思っていた。あれから八年が過ぎている。とっさに口から出てしまった言葉には「夢のような体験ができるとこへ行きたいですね。お城をバックに写真撮ったり、船に乗ったり」と浮き浮きしている。星場も今野の発している夢のような言葉は浦安のテーマパークへ行くことを想像しているに違いない「うれしい。わくわくしてきたわ」「待ち合わせ場所などは後日伝えるよ」「うん。ラインとかで知らせてくれれば大丈夫よ」「ごめん。俺ラインとか全然わからないんだ。それに……」今野は今だにガラ携を使用しているのでそのような連絡方法を取り合うことができなかった。「それならショートメールで連絡取り合えばいいじゃない」星場はメモ用紙に自分の携帯番号を素早く書きそれを今野に手渡した。「アドレス帳に登録しておいてね」「わかった。ショートメールなら使えるから連絡するよ」ブレイク時間がもうすぐ終わりになってしまう。楽しい時間はすごく早く感じる。「先に戻るわね。とても嬉しい、楽しみだわ」今野は「これ食べますと」と先程お客さんからもらったあめ玉二つのうちの一つを手渡した。星場はあめ玉をみて「あっ、これ」とにやりとしながら外へ出ていった。ブレイクルームを出る星場の後ろ姿をにやけながら見ていると入れ替わるように職場の後輩がラーメンをトレーにのせ入ってきた。「どうしたんですか? ニヤニヤして」「今年のクリスマスイブは一人でない」「先輩恋人いましたっけ」「まだ恋人と言うには早いけど、ネズーミーランドへ行く予定なんだ」「へぇ。良かったじゃないですか。よく予約取れましたね」「予約って?」「知らないのですか? 今は二ヶ月前にスマホとかで抽選ですよ。当選した人のみの入園が許されるのですよ」後輩の目は今野のガラ携を馬鹿にしながら見ている。
「それに、万が一当選して入園できたとしても、新しいアトラクションとかにはスマホを持っていないとスタンバイパスという早い物勝ちのシステムになり百パーセント楽しめませんよ、エントリー外れてしまえばできないこと見られないものが多いんですよ。スマホ持っていない人はそれ以前の話ですけどね」
今野はその言葉のあと、さりげなく自分のガラ携を太ももの下に隠していた。
初デートの日は東京駅丸の内南口の改札で待ち合わせをしていた。今野は遅れてはいけないとかなり早くから東京駅に到着して丸の内周辺を一人散歩して時間を過ごしていた。ネズミーランドへ行けないことは話せないままこの日を迎えてしまった自分のふがいなさに、待ち合わせ場所へ来るのに足が重かった。丸の内南口は地下を利用する人が多いのか空いていた。星場を待ちながら天井に目をやるとドーム下の八角コーナーに八羽の鳥が取り付けられているのに気がついた。鷹のようだ「くよくよしないで行ってこいよ」と羽を広げ応援してくれるようにも見える。「なるようにしかならないのだな、ネズミーランドへ行けないこの場面から高飛びだなぁ、鷹さん」と自分に問いかけていると、背中に星場の声が「おはようございます」「あっ、どうも、おはようございます」と約束時間の一五分前なのに来てくれた。「晴れて良かったですね」「写真日和の良い青空ですね」二人は駅構内の床に書かれた京葉線の矢印に沿って歩き出した。先方角にユニクロが見えてきた。そこを右に曲がるよう床の印が書かれている。星場の顔が嬉しそうに右へと足を向けたとき「ごめん。今日は左の方で……」星場の目は点になっている。「えっ、左って」左方向には新幹線の改札口がある。今野はすまなそうにセカンドバックから新幹線のチケットを星場に手渡した。「どこへ行くの?」不安に満ちあふれた星場の顔が横側からでもわかったが、新幹線の改札口を通りホームに上がった。こだま号が出発のアナウンスが流れていたので飛び乗った。星場の頭の中には浦安のネズミーランドに行くことしか考えていなかっただろう。先程までの嬉しそうな顔が不安にあふれた、とても悲しそうに見えた。ひかり号と違ってこだま号の車内は二人貸し切り状態だった。席に座った今野は「ごめん。あそこは予約とれなかったんだ。今日は熱海へ行こう」「熱海って」初めてのデートなのに騙してしまったような複雑な思いの中、二人の会話も少なく、約五十分程で熱海駅に到着した。今、彼女の頭の中には、東京駅で右方向へ曲がり京葉線に乗り舞浜へ、駅改札口を出て右手方向に進み、ネズミーランドのエントランスの長い行列の後方にいることを想像しているのだろう。ここまでの時間は全く同じなのだが彼女の顔はへこんだままのように見えた。熱海駅を出た二人は熱海サンビーチへ向かい緩やかな坂道を下りながら「ウソついてしまったようで本当にごめん」と今野は、鳩のように首を足元に向けすまなそうに何度も上げ下げし歩いていた。坂の中腹に来たあたりに十人ぐらいの行列が見えた。並ぶ人たちの頭の上の看板には「熱海プリン」と書いてある。二人同時にその看板を見て同時に「食べようか」牛乳瓶のようなレトロなデザインのかわいいプリンだ。店でいただいた白いプラスチック製のロングスプーンですくい上げたプリンを口に放り込むと、星場の顔に少し笑顔が戻ってくれた。今このプリンのおいしさが今野の見方になってくれているようだ。「この瓶はもったいなくてすてられないね」「わたしもそう思っていたの」と二人は残り汁がこぼれないよう、星場の持っていた薄ビニール袋に入れカバンの中へ。
サンビーチに付いた二人は、浜辺へと向かった。小さな波が足元に届きそうになると二人は足がぬれないように慌てて逃げる。今野はテレビや映画で見るような恋人同士が、海で楽しむ映像と今のこの瞬間を被せて心のなかは踊っている。
「本物の海だね」と星場が一言「作り物じゃない本当の海っていいもんだ」今野は前方頭上の青空を見ながら、そして「うしろにおしろ」しばらく意味がわからず、三秒くらいぼーっとして気がついた。「ばっはっはー、これなのですね、カップ麺」今野は職場でも時々ダジャレを言っていると周りのスタッフたちから聞かされていた。そのギャグは難しく三分ぐらいあとに気がつくから、皆からカップ麺と呼ばれていた。
「なんだよ、そのカップ麺って、やっと笑ってくれたね」振り向く後ろには熱海城が二人を見つめているようだ。二人はロープウエイに乗り山頂にある熱?城を目指した。お城をバックに写真を撮りたかったのだ。シンデレラはいないけど、どうしてもお城をバックに写真を撮りたかった。デートを誘ったとき「お城をバックに写真撮りたいね」と言った言葉がずっと頭の中をよぎっていた。天守閣展望台からは熱?市街が一望でき初島が遠方に綺麗に見えている。この絶景が星場に楽しさを伝えてくれている。「船にのろう」「船って?」今野は遠くに見える初島を指さし「フェリーで初島へいこう」と、これもデートに誘った時に「船にも乗りたいね」と言っていたのでどうしてもそれを叶えたかった。
フェリーのチケットを購入してのんびり海を見ながら歩いていると先方に見える、フェリー乗り場の係員が「まもなく出航します」と二人に手を振ってくれている。
「どこかのキャストさんのようね」「ごめんよ、今日行けなくて」「もう気にしていないわ。こんなに楽しいじゃない」「嬉しいよ、その言葉聞けて」
今野はリレーランナーのバトンタッチのように右手を星場に差し出すと、ギュッとお互い手をつないだ。今野は星場の手を引き船に向かって走った。今まで女性の手など握ったことがなかった今野は、星場の柔らかい小ぶりな手にとても不思議な喜びを身体全身で感じていた船に乗る際、慌てて手を放しながら「ごめん、転んだら大変かと思って手を……」
星場はとくに嫌な顔もせず「大丈夫ですよ、ありがとう」と怒ってはいなかった。
首都圏から一番近い離島、初島には熱?からわずか三十分で到着した。
初島に上陸して目に飛び込んできたのは「初島へようこそ」とかわいい看板。
そこにある島の地図に『初島っぷ』と書かれて、星場はそのコピーを読みクスリと笑った。
「何か面白いことでも書いてあるの?」「あそこ」と『初島っぷ』と書かれた文字を指さし「今野さんみたいな人が考えたのかな?」
小高い丘を十分ぐらい歩くと初島灯台が見えてきた。クリスマスイブだからではないが、四角いケーキの上に大きなロウソクが建っているようにも見える。待ち時間なしでらせん階段を上りながら「はぁー、はぁー」と息を切らし展望台の上に着いたそこは二人貸し切り状態。
「三百六十度の景色を独り占めだね。いや二人占めだ」「やったぁ、カップ麺」今野の頭の中は、嬉しさが沸騰して壊れる寸前で何を言っているかわからない。
「えっ、お腹空いたの?」「まだまだ大丈夫ですよ。島の中もう少し歩きましょう」
島内には亜熱帯の植物が茂るアジアガーデン。ナシゴレンやタイ風タッパイなどが食べられる店などがあった。
「どうしようか? このあたりで食事にしょうか?」
「食堂街で食事したいな。あそこには、島の漁師が営む食堂があって美味しいそうよ。さっきすれ違った人が話していたわ」食堂街は、朝漁に出て、その日食べる分だけを獲って来て、そのまま店先の水槽に入れるという地産地消の営業をしている。「どのお店に入ろうか?」「どの店も美味しそうね」
二人が歩く先に「日替わり漁師丼」と書かれた看板が見えた。「星場さん準備いいですか?」いきなり変なことを言いながら、陸上のスタートの構えをした今野「なに?……」「よーい ドンだよ」「またまた、カップ麺出たぁー 良いどん、良ーい丼じゃなく、漁師丼でしょう」
舗装された初島周遊道を歩いて来ながらミネラル豊富な海風を吸い込んだ二人の体は実に幸せそうだ。店に入り二人は漁師丼を注文し目の前に出てきた具の新鮮さを目で感じ取っている。
「海鮮丼って何か不思議な力を持っているのかな?」今野は海鮮丼を見つめ手を合わせた。「そうね、二人こうして、この場所にいるのって、一ヶ月前の休憩室で海鮮丼食べて決まったのよね」星場も両手を合わせて嬉しそうにしている。
「でもごめん、あの時約束した場所へ行けなくて」
「そんなことないよ、今日はすごく楽しいですよ、どこの施設も待ち時間もないし、作り物でなく本当の自然の中を歩き回るって、こんなに楽しかったことに気がついたわ、あとね、トイレに入るにも行列はなく、並ばなくていいものね」「そう言ってくれると嬉しい。こんな僕とデートしてくれるなんて夢みたいだよ」
「隣に住んでいるおばあちゃんが、今野さんは優しい人だよといつも言っているの」
「星場さんの家の近くに行ったことないけど、どんなおばあちゃんなの」
「あめ玉よ、いつももらうでしょう」
「あぁ、あのおばあちゃん」今野が会社のルールを破って売店の商品を運んであげていたおばあちゃんのことだった。「あのおばあちゃん二人の秘密ねと、すごく嬉しそうな顔をしていつもあめ玉をくれるんだ」
「おばあちゃんは星場さんのこと大好きなんだって、以前売店の商品を他のスタッフにお願いしたら、セルフサービスになっていますと強い口調で怒られたけど今野さんだけ、内緒だよと持ってきてくれると喜んでいるのよ」
おばあちゃんは足が不自由になってから、リハビリを兼ねて歩行ステッキを使いながらスーパー銭湯へ毎日通い、食事処で定食を食べ売店のソフトクレームを食べたりすることが元気の源のようだ。
「ルールは守らなければならないけど、臨機応変と言う言葉が世の中に存在しているからには、自分としてあのおばあちゃんに手を貸してあげたいのさ。それによって解雇されてもかまわないとも思っている」
「解雇はないでしょう」「そうでもないよ、誰かが店長にそのことを言いつけているようで、今度そのようなことをしたら許さないと言われているからね」
「そんなのおかしいよね」
「ごめんね、嫌な話聞かせてしまって」
そのあとも、いろいろと話は盛り上がった。楽しい時間はどうしてこんなに早く過ぎてしまうのだろうか、エレベーター、バス停で待つバス、お湯の沸く時間などはすごく長く感じてしまうのにこの楽しい時間はすごく早く感じる。夕方になり楽しかった一日もそろそろ終わりになろうとしていた。「そろそろ戻ろうか」「うん」フェリーからだんだんと小さく見えていく初島、それとは逆に熱?の風景が大きく見えてくる。熱?駅にはゆっくり歩きたいと星場がいうので、ゆっくり歩きながら熱海駅を目指し歩く二人の会話が弾んで待ついた。
「プリン美味しかったね」「また食べたくなっちゃたよ」名残惜しそうに二人はカバンに入れたプリンの空瓶をさすり思い出に浸っている。田原本町交差点で背中にかにかを感じ振り向いてみると、太平洋が、そして先程訪れていた初島が綺麗に見える。熱?駅まで緩やかな上り坂だが、ぽつん、ぽつんと目にするお土産屋を見ながら歩く、だんだんとお土産屋の件数が多くなってくると駅が近いことを感じる。咲見町、平和通り、仲見世通りへと駅に向かい商店街がある。商店街には干し物、塩辛、せんべいなどが売られている。ここまで来れば駅まで徒歩五分以内で新幹線に乗ることができる。そして新幹線に乗車すれば五十分で東京駅。待ち時間と例えるなら六十分。六十分後には東京駅に到着できる。この商店街のアーケード内にいると何か不思議な感覚を覚える。クリスマスイブだから商店街のスピーカーから、ジングルベルのクリスマスソングが流れている。
「今日は楽しかったよ。最初の約束守れなくてごめん」
「そんなことないよ、ちゃんと約束守ってくれたじゃない。お城をバックに写真獲ったり、船に乗ったり、このパターンは逆転ホームランだよ」「こんな僕とデートしてくれてほんと嬉しいよ」
「わたしも、実はね、あめ玉のおばあちゃんが今野さんのこと、いい人だからと顔を合わせると言っていたのよ」「へぇ、あのおばあちゃんが」「だからわたしこそ、今野さんとデートできてうれしかったわ」
「おばあちゃんには感謝しなきゃな」
二人はごく自然に手をつなぎながら商店街を歩いている。その姿は、今日初めてのデートとは思えない。
スピーカーからの曲は「きよしこの夜」に変わった。
「僕たちの歌みたいだね」「えっ、どうして」
「歌詞、耳を澄まして聴いてみて」
きよしこの夜 星はひかり……
「本当だ、今野きよしと星場ひかりと二人の名前が歌詞になっている」
「クリスマスイブの最高のプレゼントだよ」
「わたしもよ、メリークリスマス」




