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第五話:これは取材です!……たぶん (前編)

桜井弥生さんとカフェで「取材」という名のデート(いや、だから取材だ)をしてから、一週間。俺の世界は、色鮮やかに彩られ始めていた。大げさかもしれないが、本当にそんな気分だったのだ。


一番の変化は、ポケットの中のスマホが、以前にも増して手放せない存在になったことだ。弥生さんとのメッセージのやり取りは、すっかり俺の日常の一部となっていた。


朝起きて、「おはよう」とメッセージを送ることから一日が始まる。他愛のない挨拶だが、弥生さんから『おはよう、航くん! 今日も一日頑張ろうね(^-^)』なんて返信が来ると、それだけで憂鬱な月曜日の朝も乗り切れそうな気がするから不思議だ。


学校の休み時間、健太たちがスマホゲームで盛り上がっている横で、俺はこっそり弥生さんとのメッセージ履歴を読み返してニヤニヤしている。健太に「おい航、何ニヤついてんだよ、キモいぞ」と突っ込まれても、「別に」と素っ気なく返す余裕すらある。心の中では(お前には分からないだろうな、この幸せは)なんて思っているのだから、我ながら現金なものだ。


放課後、図書館へ向かう電車の中。以前ならぼんやりと窓の外を眺めているだけだったが、今は違う。弥生さんに送るメッセージの文面を考えたり、あるいは弥生さんからの返信を心待ちにしたりしている。時には、弥生さんが好きだと言っていた作家の本を読んでみたりもする。共通の話題が増えれば、もっと会話が弾むかもしれない、という下心がないわけではない。


そして、夜。自室での執筆時間。これが、一番大きな変化があった部分かもしれない。

以前は、白い画面を前にしてうんうん唸るばかりだった俺が、今は、驚くほどスムーズに指が動くのだ。もちろん、相変わらず表現に悩んだり、展開に詰まったりすることはある。だが、以前のような「書けない」という絶望感は、もうほとんど感じなくなっていた。


なぜなら、俺には弥生さんという、最強の相談相手ができたからだ。


執筆中、少しでも疑問に思うことや、迷うことがあれば、すぐに弥生さんにメッセージを送る。

『弥生さん、ちょっと聞きたいんですけど、ヒロインが主人公に手作りのお弁当を渡すシーンって、どう思いますか? 重いですかね?』

『うーん、どうだろう? 関係性によるかなあ。でも、一生懸命作ったんだろうなって思うと、嬉しいと思うけどな(^-^) 航くんは、もし女の子から手作りのお弁当もらったら、どう思う?』

『えっ、俺ですか!? そりゃあ、もう、めちゃくちゃ嬉しいですけど! でも、俺なんかにもらっても、相手は嬉しくないんじゃ……』

『なんでそうなるの(笑) きっと嬉しいよ。……あ、これはあくまで一般論ね!』


こんな風に、弥生さんはいつでも親身になって相談に乗ってくれる。しかも、ただ答えるだけでなく、俺自身の考えを引き出そうとしてくれるのだ。おかげで、キャラクターの行動原理や心情を、より深く考えることができるようになった。


そして何より、書き上げた部分を弥生さんに読んでもらい、感想をもらえることが、最高のモチベーションになっていた。

『この前の続き、書けたんですけど……もし時間があったら、読んでもらえませんか?』

『もちろん! すぐ読むね!』


弥生さんは、どんなに短い文章でも、必ず丁寧に読んで、具体的な感想を送ってくれる。

『今回のシーン、すごく良かった! 特に、ヒロインがドジって落ち込んでるところを、主人公がさりげなくフォローするところ、キュンとしたよ(〃ω〃) ヒロインの、ちょっと抜けてるけど一生懸命なところが、すごく愛おしく描けてると思う!』


こんなメッセージが届けば、もう、天にも昇る気持ちだ。弥生さんに褒められたい一心で、俺はますます執筆に熱中した。健太には「お前、最近なんか憑りつかれたみたいにPC向かってるけど、大丈夫か?」と心配される始末だったが、俺にとっては至福の時間だった。


弥生さんのアドバイスのおかげで、俺の書くヒロイン、弥生さん(仮)――最近は心の中で「弥生オリジナル」と区別するために「弥生コピー」と呼んでいるが、それはさておき――は、どんどん魅力的になっていった。


最初の頃の、ただ優しいだけの完璧超人お姉さんではない。

カフェでの「取材」で聞いた、本物の弥生さんのエピソードを取り入れたことで、彼女は格段に人間味を増したのだ。


例えば、方向音痴設定。

主人公と初めてのデート(という名の取材)で、待ち合わせ場所に辿り着けず、半泣きで電話をかけてくるシーンを入れた。

『「ご、ごめんなさぁい……! 地図見てるのに、全然違うとこ来ちゃったみたいで……うぅ……」 電話の向こうで、彼女の声が涙で震えている。しっかり者の彼女からは想像もつかない姿に、俺は驚きつつも、なんだか無性に、愛おしいような気持ちになった。「大丈夫ですよ、今どこにいますか? 俺が迎えに行きますから」』


例えば、怖がり設定。

一緒にホラー映画を見に行って(これも取材という名目)、怖いシーンで主人公の腕にしがみついてくるシーン。

『「きゃあああっ!」 突然の大音響と、画面いっぱいに映し出された幽霊の顔。隣に座る彼女は、悲鳴を上げて俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。普段の落ち着いた様子からは想像もつかない怯えように、心臓がドキリとする。彼女の柔らかな感触と、微かな震えが腕に伝わってきて、怖いはずなのに、それどころではなくなってしまった。』


例えば、ぬいぐるみ好き設定。

主人公が、UFOキャッチャーで取った景品のぬいぐるみをプレゼントするシーン。

『「これ……俺には必要ないんで、よかったら……」 差し出したのは、さっき苦労して取った、手のひらサイズのアルパカのぬいぐるみ。彼女は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにパッと顔を輝かせた。「えっ、いいの!? わあ、可愛い! ありがとう、航くん! 大切にするね!」 そう言って、ぬいぐるみを胸に抱きしめる彼女の笑顔は、まるで少女のように無邪気で、俺はまたしても心臓を撃ち抜かれたような気分になった。』


こんな風に、弥生さんから聞いた「リアルなギャップ」を、小説の中の弥生コピーに反映させていく。それは、パズルのピースが一つ一つハマっていくような、とても楽しい作業だった。


もちろん、書いているうちに、俺は自覚していた。

これはもう、完全に、現実の弥生さんをモデルにしている、と。

当初は「あくまで参考だ」「創作上のキャラクターだ」と自分に言い聞かせていたが、もはや言い訳は通用しないレベルだ。弥生コピーの言動や仕草は、現実の弥生さんのそれに、どんどん近づいていっていた。


(……いいのか、これで?)


時折、そんな不安もよぎる。

これは、弥生さんに対する冒涜ではないだろうか。勝手にモデルにして、好き勝手に物語を動かして。もし、弥生さんがこれを知ったら、どう思うだろうか。怒るだろうか。軽蔑されるだろうか。


でも、同時に、こうも思うのだ。

弥生さんの魅力を、もっと多くの人に知ってほしい、と。

俺が感じている、弥生さんの素敵なところ――優しさ、聡明さ、そして、時折見せる可愛らしいギャップ――を、物語を通して表現したい。それは、俺なりの、弥生さんへの感謝の気持ちであり、尊敬の念であり……そして、もしかしたら、それ以上の感情の表れなのかもしれない。


(……まあ、いいか。バレなきゃ)


結局、俺はそんな風に自分を誤魔化し、執筆を続けることを選んだ。弥生さんに読んでもらうのは、あくまで「小説」だ。現実の弥生さんをモデルにしているなんて、おくびにも出さなければいい。幸い、弥生さんは俺の小説を読んで、「このヒロイン、私に似てる!」なんてことは一度も言ってきたことがない。(内心どう思っているかは分からないが)


むしろ、弥生さんは、俺の小説のヒロイン像の変化を、的確に指摘してくれた。

『最近の弥生さん(仮)、すごく人間味が増して魅力的になったね! 前はちょっと完璧すぎて近寄りがたい感じもあったけど、今の、ちょっとドジで、怖がりで、でも一生懸命な感じ、すごく応援したくなる!』


その言葉に、俺は安堵し、そして、ますます調子に乗って、弥生さんとのリアルなやり取りを小説に反映させていくのだった。


例えば、カフェでの出来事。

俺が弥生さんの服装を褒めた時の、彼女の照れたような反応。

『「……ありがと。航くんも、そのシャツ、すごく似合ってるよ。いつもと雰囲気違うね」 彼女は少しだけ視線を逸らし、小さな声で言った。その頬が、ほんのりと赤く染まっているように見えたのは、きっと夕陽のせいだけではないだろう。俺までなんだか照れてしまって、うまく言葉が出てこなかった。』


例えば、メッセージでのやり取り。

弥生さんが送ってくれる、可愛い顔文字。

『メッセージの最後に添えられた、にっこり笑う顔文字(^-^)。たったそれだけなのに、なんだか彼女の声が聞こえてくるような気がして、俺はスマホの画面を見つめながら、一人でニヤけてしまった。』


現実で起こった、些細な、でも俺にとっては宝物のような瞬間を、一つ一つ拾い集めて、物語の中に散りばめていく。

それは、秘密の日記を書いているような、少しだけ背徳的な、でも抗いがたい喜びを伴う作業だった。


(これ、ラブコメで使えるな……)


もはや、それは口癖のようになっていた。

弥生さんとメッセージをしていて、キュンとするような返信が来た時。

弥生さんの意外な一面を知った時。

弥生さんの笑顔を見た時。

その度に、俺の頭の中の「ネタ帳」に、その出来事が記録されていく。


俺は、小説を書いているはずだった。

でも、いつの間にか、俺自身の現実が、小説のプロットそのものになっていたのだ。

そして、俺自身が、そのラブコメの主人公になってしまっていることに、まだ、この時の俺は、はっきりと気づいてはいなかった。



そんなある日のことだった。

俺は、執筆の手が完全に止まってしまっていた。

次の展開が、どうしても思いつかないのだ。


今書いているのは、主人公とヒロインの関係が少しずつ深まり、互いに好意を意識し始める、物語の中盤にあたる部分だ。バス停での出会い、カフェでのデート(取材)、日々のメッセージのやり取りを経て、二人の距離は確実に縮まっている。

だが、ここからさらに二人の関係を進展させるためには、何か決定的な「イベント」が必要な気がしたのだ。


ラブコメの王道イベントといえば……?

夏祭り? 花火大会? 文化祭? 修学旅行?

どれも魅力的だが、俺の小説の舞台設定(季節は初夏から梅雨時)や、主人公とヒロインの関係性(まだ付き合ってはいない、微妙な距離感)を考えると、少ししっくりこない。


もっと、日常の中で起こりうる、でも、二人の関係を揺さぶるような、そんな出来事はないだろうか?


例えば……雨。

そういえば、二人の出会いは雨のバス停だった。雨を、もう一度、重要なモチーフとして使えないだろうか?


雨の日の定番イベントといえば……相合傘。

出会いの時にもやったが、あの時はまだ知り合ったばかりで、ぎこちなかった。

今ならどうだろう? もっと、ドキドキするような展開にできないか?


例えば、学校帰り、突然の土砂降り。傘を持っていない主人公。そこに、偶然通りかかるヒロイン。

「また傘忘れたの? しょうがないなあ」

そう言って、少し呆れたように、でも優しく傘に入れてくれる。

狭い傘の中。肩が触れ合う。近い距離。雨音だけが響く中、互いの鼓動が聞こえてきそうな……。


(……うん、悪くない。悪くないけど……既視感がすごいな)


自分で書いておきながら、あまりのテンプレートっぷりに苦笑する。もう少し、ひねりが欲しい。


あるいは、雨宿り。

二人で、どこかのお店や、軒下で雨宿りをする。閉じ込められた空間。二人きりの時間。そこで、普段は言えないような本音を語り合ったり……。


(これも、悪くない。でも、どこで雨宿りする? コンビニ? いや、味気ないな。もっと雰囲気のある場所……古い神社の軒下とか? うーん、ちょっとベタすぎるか?)


雨に関連するイベントは、他にも色々考えられる。

雨で電車が止まってしまい、帰れなくなる。

雨に濡れて風邪を引いたヒロインを、主人公が看病しに行く。


(風邪の看病……! これは、王道中の王道だ!)


弱っているヒロイン。いつもより素直になって、甘えてきたり。主人公は、ドギマギしながらも、一生懸命看病する。お粥を作ってあげたり、冷たいタオルで額を冷やしてあげたり……。そして、不意に距離が近づいて……。


(……よし! これだ! これなら、二人の関係を大きく進展させられるかもしれない!)


脳内で、妄想が爆発する。

弱った弥生コピーが、潤んだ瞳で主人公を見上げて、「……そばにいて」なんて言ったり。

主人公が、熱で赤くなった彼女の頬に、思わず触れてしまったり。

看病疲れで、つい彼女のベッドの横でうたた寝してしまい、目が覚めたら彼女が優しく見つめていて……。


(……いかんいかん。妄想が暴走しすぎだ)


一人で興奮して、顔が熱くなる。

でも、この「風邪の看病イベント」は、かなり有力な候補だ。これを軸に、プロットを組み立ててみよう。


問題は、どうやって「リアル」に描くか、だ。

俺は、もちろん、女の子を看病した経験なんてない。そもそも、風邪を引いた女子が、どんな状態になるのかすら、よく知らない。美咲が風邪を引いた時は、「うつるからあっち行ってて!」と追い払われるだけだった。


(……これも、取材が必要か?)


だが、どうやって?

「すみません、風邪引いた時の女子の生態について教えてください」なんて、誰に聞けばいいんだ? 健太に聞いても、どうせ適当な妄想を語られるだけだろう。


(……弥生さんに、聞くしかないか)


またしても、頼みの綱は弥生さんだ。

でも、なんて聞けばいい?

『弥生さん、風邪引いた時って、どんな感じですか? 男に看病されたいとか思いますか?』

……さすがに、これは気持ち悪すぎる。


もっと、自然な流れで……。

そうだ、小説の相談、という形を取ればいい。


俺は、スマホを取り出し、弥生さんへのメッセージを作成した。

『弥生さん、こんばんは! ちょっと小説のことで相談があるんですけど……』

『今、ヒロインが風邪を引いちゃう展開を考えてるんですけど、風邪を引いた時って、女の子はどんな気持ちになるものなのかなって……。あと、もし看病されるとしたら、どんな風にされると嬉しいとか、逆に嫌だとかってありますか?』


よし、これなら、あくまで小説の相談という体裁を保てるはずだ。

送信ボタンを押す。


すぐに既読が付き、返信が来た。

『こんばんは! 風邪の看病イベント、いいね! ラブコメの定番だけど、やっぱりドキドキするよね(^-^)』

『うーん、風邪引いた時の気持ちかぁ……。人によると思うけど、私の場合は、とにかく心細くなるかなあ。体が弱ってると、心も弱っちゃうっていうか……。だから、誰かがそばにいてくれるだけで、すごく安心するかも』


心細くなる……なるほど。これは重要な情報だ。


『看病されるとしたら……そうだなあ。やっぱり、優しくされると嬉しいよね。お粥とか、消化にいいものを作ってくれたり、飲み物とか、薬とか、必要なものをさっと買ってきてくれたりすると、すごく助かるし、キュンとしちゃうかも(〃ω〃)』

『逆に嫌なのは……無理に元気を出させようとされたり、お説教されたりすることかなあ(笑) あと、看病してるのに、ずっとスマホいじってるとか?(笑)』


具体的なアドバイス、ありがとうございます!

お粥、飲み物、薬……メモメモ。

お説教はしない、スマホは控える……了解です。


『でも、一番嬉しいのは、やっぱり、心配してくれる気持ちが伝わることかな。言葉だけじゃなくて、態度とか、行動で示してくれると、すごく嬉しいし、頼りになるなって思うよ』


心配してくれる気持ち……。

なるほど。ただ看病のタスクをこなすだけじゃなく、相手を思いやる心が大事なんだな。


『ありがとうございます! めちゃくちゃ参考になります! これで、いいシーンが書けそうです!』

『どういたしまして! 頑張ってね(^-^)』


弥生さんからのアドバイスで、具体的なイメージが湧いてきた。

よし、この方向で書いてみよう!


……と、思ったのだが。

いざ書こうとすると、またしても壁にぶつかった。


お粥って、どうやって作るんだ?

俺、料理なんてほとんどしたことないぞ。インスタントラーメンくらいしか作れない。

主人公が、慣れない手つきで、一生懸命お粥を作る……という描写は悪くないが、そのためには、お粥の作り方を知らないといけない。


それに、「心配する気持ちを態度で示す」って、具体的にどうすればいいんだ?

「大丈夫ですか?」と何度も聞く? いや、それは鬱陶しいか。

黙って、そばにいる? それも、気まずくないか?

頭を撫でるとか? ……いや、それはやりすぎか? 好感度によってはセクハラになりかねない。


(……難しい。やっぱり、経験がないと、細かい部分が想像できない)


またしても、経験不足の壁。

どうすればいい? クックパッドでお粥の作り方を調べる? 「看病 仕方」でググる?

それもいいが、なんだか、それだけでは足りない気がする。もっと、生きた情報が欲しい。


その時、ふと、悪魔的なアイデアが頭をよぎった。


(……実際に、やってみる……?)


いやいや、何を言ってるんだ、俺は。

実際に、弥生さんに風邪を引いてもらって、看病する? そんなことできるわけがない。というか、不謹慎すぎる。


(でも……看病は無理でも、お粥を作る練習なら……?)


弥生さんに、「お粥、作ってみたんですけど、味見してもらえませんか?」って……?

いや、それもハードルが高いな。まず、俺が一人でお粥を作れるのか?


(……そうだ)


もっと、ハードルの低いことから始めるべきだ。

例えば……雨。

雨の日のイベントについて、弥生さんにもっと詳しく聞いてみる。そして、もし可能なら……。


(……「取材」と称して、雨の日に、一緒に出かけてみる……?)


相合傘とか、雨宿りとか。

それを実際にやってみれば、何か新しい発見があるかもしれない。どんな会話が生まれるのか、どんな気持ちになるのか。それを体験できれば、もっとリアルな描写ができるはずだ。


(……よし。聞いてみよう)


俺は、再びスマホを手に取った。

『弥生さん、またまた質問なんですけど……』

『雨の日のシーンも考えてるんですけど、弥生さんって、雨の日って好きですか? 嫌いですか?』

『あと、もし、男の人と相合傘するとしたら、どんな気持ちになりますか? やっぱり、ドキドキしますか?』


今度は、少しだけ、個人的な質問に踏み込んでみた。あくまで、「小説の参考」という大義名分はあるが。


返信は、すぐに来た。

『雨の日かぁ……。うーん、どっちかなあ。紫陽花が綺麗なのは好きだけど、やっぱり外に出るのが億劫になったり、髪がまとまらなかったりするのは嫌かなあ(笑)』

なるほど。女子は髪が気になるのか。メモメモ。


『相合傘!? うーん、相手によるかなあ(笑) でも、好きな人とか、気になる人だったら……うん、やっぱりドキドキしちゃうと思う(〃ω〃) 肩が触れ合ったり、距離が近くなったりするしね……』


(相手による……か。俺だったら、どうなんだろう……)

少しだけ、期待してしまう自分がいた。


『ありがとうございます! やっぱり、ドキドキしますよね! 相合傘って、ラブコメの王道ですもんね!』

当たり障りのない返信をしながら、俺は、次のメッセージを打ち込んでいた。これが、本命だ。


『……それで、思ったんですけど……』

『もし、迷惑じゃなければ……なんですけど……』

『今度、雨が降った時に……その……「取材」として、相合傘とか、雨宿りとか……一緒に、体験してみませんか……?』


送った。

送ってしまった。

これは、さすがに、図々しすぎただろうか。

「取材」という言葉で誤魔化しているが、やっていることは、完全にデートの誘いだ。しかも、「雨の日」という、かなり限定的なシチュエーション。


(……断られるかな。さすがに、気持ち悪いって思われるかな)


不安で、心臓が締め付けられる。

スマホの画面を、食い入るように見つめる。既読は、まだつかない。


長い、長い沈黙。

もうダメかもしれない。やっぱり、調子に乗りすぎていたんだ。


諦めかけた、その時。


ピコン。


通知音が鳴った。

弥生さんからの返信だ。

恐る恐る、メッセージを開く。


『えっ……!?』


短い、驚きを表す一文。

……やっぱり、引かれたか?


続きを読む。


『……相合傘、とか……雨宿り、とか……?』

『……取材、で……?』


なんだか、歯切れが悪い。困惑しているのだろうか。


(……ああ、もうダメだ。謝ろう。冗談でしたって、誤魔化そう)


そう思った、次の瞬間。


『……ふふっ』

『……航くんって、本当に面白いこと考えるね』


え? 面白い?


『……いいよ』

『……取材、なんでしょ? 小説のためなら、仕方ないかな』

『……今度、雨が降ったら、ね(^-^)』


……承諾!?

承諾してくれた!?

しかも、なんだか、まんざらでもないような……?

いや、気のせいか?


『ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 絶対、いいシーン書きます!』

興奮のあまり、勢い込んで返信する。


『うん、楽しみにしてるね。……じゃあ、てるてる坊主でも作って、雨が降るの、待ってよっか(笑)』


冗談めかした弥生さんのメッセージに、俺の心は、完全に浮き足立っていた。

雨が降るのが、こんなに待ち遠しいなんて、生まれて初めてだ。


(……やった。次の「取材」の約束、取り付けたぞ!)


しかも、相合傘に、雨宿り。

ラブコメの王道イベントを、憧れの弥生さんと、現実に体験できるのだ。

これ以上の「ネタ」はない。いや、だから、ネタじゃない。


俺は、天気予報のアプリを開いた。

明日、明後日、明明後日……。残念ながら、傘マークは一つもなかった。


(……早く、雨、降らないかな)


窓の外の、憎らしいほどの青空を見上げながら、俺は、来るべき「取材」の日に、思いを馳せるのだった。

その「取材」が、俺たちの関係を、そして俺の書く物語を、どう変えていくことになるのか。

まだ、想像もつかないまま。

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