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第十八話:向き合う二人

あの雨の夜、書店の軒下で見た光景――楽しそうに談笑し、一つの傘に入って去っていく弥生さんと見知らぬ男性の姿――は、俺の心を激しく揺さぶり、そして、決定的な変化をもたらした。打ちのめされるような絶望感と、胸を締め付けるような痛み。それは紛れもなく「嫉妬」という感情だった。そして、その痛みが、俺に自分の本当の気持ちを認めさせたのだ。俺は、桜井弥生さんのことが、本気で好きなんだ、と。


同時に、俺は気づいてしまった。自分が今まで書いてきた物語は、単なる創作ではなく、俺自身のリアルな恋の記録であり、俺自身がその物語の主人公だったのだ、ということに。その自覚は、衝撃的であると同時に、ある種の覚悟を俺に促した。この物語の結末は、他の誰でもない、俺自身が決めるしかないのだ、と。


雨上がりの道を歩きながら、俺の頭の中は様々な感情と思考でぐちゃぐちゃだった。弥生さんへの募る想い、あの男性への嫉妬と疑念、自分の臆病さへの自己嫌悪、そして、これからどうすべきかという戸惑い。だが、その混乱の中心には、一つの確かな決意があった。「逃げずに、向き合おう」と。自分の気持ちに、そして、弥生さんの気持ちに。


しかし、決意するのは簡単だが、実行するのは難しい。

翌日になっても、俺は具体的な行動を起こせずにいた。


まず、どうやって弥生さんと向き合えばいいのかが分からない。

いきなり「あの男は誰ですか?」と問い詰める? それはあまりにもストーカーじみているし、弥生さんを不快にさせるだけだろう。

「俺、弥生さんのことが好きです」と、今すぐ告白する? いや、まだ心の準備ができていない。それに、今のぎくしゃくした関係の中で、そんなことをしても、成功する確率は低いだろう。むしろ、完全に避けられてしまうかもしれない。


それに、弥生さん自身の気持ちも、依然として謎のままだった。

あの雨の夜のメッセージ。「私だったら嬉しい」という言葉の真意は?

最近の、あの微妙な距離感の原因は?

本当に、嫉妬してくれているのか? それとも、ただ単に、俺との関係に疲れてしまったのか?

あるいは、やはり、あの男性との関係が……?


考えれば考えるほど、ネガティブな方向に思考が引っ張られていく。

もしかしたら、俺の自覚は、あまりにも遅すぎたのかもしれない。もう、手遅れなのかもしれない。そんな弱気な考えも、頭をもたげてくる。


執筆活動も、依然として停滞したままだった。

告白シーンが書けない、という問題は解決していない。いや、むしろ、自分の恋心を自覚してしまったことで、さらに書きづらくなっていた。主人公の告白の言葉が、そのまま俺自身の言葉になってしまいそうで、ブレーキがかかってしまうのだ。それに、どんな結末を描けばいいのかも分からなくなった。安易なハッピーエンドは、今の俺には嘘っぽく感じられてしまう。かといって、悲しい結末を描く気にもなれない。


「……はぁ……」

自室のPCの前で、俺は何度目か分からない深いため息をついた。

結局、俺は何も変われていないのかもしれない。決意だけはしたものの、結局は何もできずに、また同じ場所で足踏みしているだけなのではないか?


そんな俺の鬱屈した状況を、敏感に察知した人物がいた。

健太だ。


「おい航、お前、マジで最近どうしたんだよ? 前にも増して、なんか覇気がないぞ。幽霊でも見たみたいな顔して」

昼休み、いつものように俺の席にやってきた健太が、心配そうに顔を覗き込んできた。

「……別に、何でもないよ」

「嘘つけ。絶対何かあっただろ。顔に『悩み事あります』って書いてあるぞ」

こいつ、こういう時だけ妙に鋭いんだよな。

「……まあ、ちょっと、な」

さすがに、恋愛相談をする気にはなれなかったが、執筆の悩みなら、少しは話せるかもしれない。

「……小説が、書けないんだ。クライマックスの、一番大事なところが」

俺は、ぼそりと呟いた。


「ああ、またスランプか。お前、しょっちゅうだな」

健太は、呆れたように言ったが、その表情には、いつものからかいの色はなかった。

「……まあ、誰にでもあるって、そういうの。俺だって、ゲームで行き詰まることあるし」

「ゲームと一緒にするなよ……」

「でも、そういう時ってさ、一人でうんうん唸ってても、大体ダメなんだよな。気分転換したり、誰かに話聞いてもらったりするのが一番だって」

健太は、意外にも的を射たことを言った。

「……誰かに話す、か」

俺の頭の中に、弥生さんの顔が浮かんだ。でも、彼女には話せない。


「……健太は、もし、好きな子に告白するとしたら、どうする?」

俺は、思い切って、少しだけ踏み込んだ質問をしてみた。あくまで、小説の参考、という体裁で。

「は? なんだよ急に。お前、やっぱり……」

健太は、ニヤリと意味深な笑みを浮かべたが、俺が真剣な顔をしているのに気づくと、少しだけ真面目な表情になった。

「うーん、そうだなあ……。俺だったら……」

健太は、少しの間、腕を組んで考え込んだ。

「……やっぱり、ストレートに言うかな。『好きだ!付き合ってくれ!』って」

「……ストレートだな」

健太らしい、といえばらしいが。

「まあ、ごちゃごちゃ小細工するより、それが一番伝わるだろ? 男らしく、ビシッと決めるんだよ」

「……それで、もし、断られたら?」

俺は、一番聞きたいことを尋ねた。

「そりゃあ、へこむだろ。めちゃくちゃ。三日くらい寝込むかもな」

健太は、あっけらかんと笑った。

「でもさ、言わずに後悔するよりは、言って砕けた方が、よっぽどマシだと思うぜ? 結果がどうであれ、自分の気持ちにケリをつけられるわけだからさ」

「……言って、砕けた方が……」

「そう。それに、もしかしたら、OKもらえるかもしれないじゃん? 可能性がゼロじゃない限り、挑戦してみる価値はあるって」


健太の言葉は、単純で、楽観的かもしれない。

でも、今の俺には、そのストレートさが、妙に心に響いた。

言わずに後悔するより、言って砕けた方がいい。

確かに、そうかもしれない。

俺は、ずっと、失敗することを恐れて、行動を起こせずにいた。でも、その結果、何も変わらないどころか、状況は悪化しているのかもしれないのだ。


「……そっか。……ありがとな、健太」

俺は、少しだけ、気持ちが軽くなったような気がした。

「おう。まあ、頑張れよ。……小説も、それ以外もな」

健太は、意味深な笑みを残して、自分の席へと戻っていった。


健太の言葉は、俺の背中を、ほんの少しだけ押してくれた。

でも、まだ、足りない。

告白する勇気も、そして、弥生さんと向き合う勇気も、まだ、俺には湧いてこなかった。



そんな、相変わらずの停滞した日々が続いていた、ある日の放課後。

俺は、重い足取りで図書館へと向かっていた。執筆が進まないのは分かっている。弥生さんに会える可能性も低いかもしれない。それでも、ここに来ると、少しだけ心が落ち着くような気がしたのだ。まるで、聖地巡礼のようなものかもしれない。


自動ドアを抜け、館内へと入る。

いつものように、窓際の閲覧席の方へ視線を向ける。

すると……。


(……弥生さん……?)


そこに、弥生さんの姿があった。

窓の外を、ぼんやりと眺めている。その横顔は、どこか物憂げで、そして、やはり少しだけ、翳りがあるように見えた。

俺の心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。

会えた。嬉しい。でも、同時に、どう接すればいいのか分からず、緊張が走る。


声をかけるべきか、かけないべきか。

逡巡していると、弥生さんが、ふとこちらに気づいた。

目が合う。

弥生さんは、一瞬だけ、驚いたような表情を見せた。そして、すぐに、いつものように、ふわりと微笑んだ。

でも、その笑顔は、やはりどこかぎこちなく、そして、すぐに伏せられてしまった。


(……やっぱり、避けられてる……?)


確信に近い思いが、胸を締め付ける。

もう、ダメなのかもしれない。俺たちの関係は、修復不可能なのかもしれない。


諦めの気持ちが、心を支配しかけた、その時だった。

弥生さんが、ゆっくりと立ち上がり、こちらへと歩いてきたのだ。

え? と俺が驚いている間に、弥生さんは、俺の目の前までやってきた。


「……航くん。少し、いいかな?」

その声は、いつもより少しだけ低く、そして、真剣な響きを帯びていた。

「は、はい……」

俺は、緊張で声が上擦りながらも、頷くことしかできなかった。


「……外で、話さない?」

弥生さんは、そう言って、図書館の出口を指差した。

外で? わざわざ?

何か、大事な話でもあるのだろうか?

不安と、ほんの少しの期待が入り混じった気持ちで、俺は弥生さんの後に続いた。


図書館の外に出ると、まだ明るさが残る、穏やかな夕暮れの空が広がっていた。雨上がりの空気は澄んでいて、少しだけひんやりとしている。

俺たちは、図書館のすぐ隣にある、小さな公園のベンチへと向かった。周りには、ほとんど人影はない。


ベンチに隣同士で腰を下ろす。弥生さんとの距離が、近い。遊園地の帰り道よりも、もっと近いかもしれない。心臓が、またうるさく鳴り始める。


しばらくの間、沈黙が続いた。

弥生さんは、俯いたまま、自分の指先を弄んでいる。何かを言い出そうとして、でも、言葉が見つからない、といった様子だ。その緊張感が、俺にも伝わってくる。


やがて、弥生さんが、意を決したように顔を上げた。その瞳は、少しだけ潤んでいるように見えた。

「……航くん。ごめんね、最近……なんだか、そっけなかったりして」

開口一番、謝罪の言葉だった。

「えっ!? い、いえ! そんなこと……!」

俺は慌てて否定する。


「ううん、自分でも分かってる。……航くんのこと、避けてた」

弥生さんは、力なく首を振った。

「……どうして……?」

俺は、恐る恐る尋ねた。


「……怖かったの」

「怖い?」

「……航くんの気持ちが……分からなくて」

弥生さんは、ぽつりぽつりと、言葉を紡ぎ始めた。


「航くんが、私のことを、どう思ってるのか……。ただの、年上の相談相手? それとも、小説のネタを提供してくれる、都合のいい存在? ……あるいは……」

そこで、弥生さんは言葉を切り、俺の目をじっと見つめてきた。

「……もしかしたら、私と同じように……特別な気持ちで、見てくれてるのかなって……」


……特別な、気持ち。

弥生さんも、俺に対して……?


「……でも、もし、そうだとしたら……私は、どうすればいいんだろうって……。年上だし、航くんはまだ高校生だし……。それに、私には……」

弥生さんは、また言葉を濁した。私には……何なのだろう? 彼氏がいる、ということなのだろうか?


「……色々なことを考えすぎて、頭がぐちゃぐちゃになっちゃって……。どう接したらいいのか、分からなくなっちゃったの。……それで、つい、避けるような態度をとってしまって……。本当に、ごめんなさい」

弥生さんは、そう言って、再び深々と頭を下げた。その肩が、微かに震えている。


俺は、言葉を失っていた。

弥生さんも、俺と同じように、悩んでいたのだ。俺たちの関係について、そして、俺への気持ちについて。

俺が、一人で勝手に距離を感じて、不安になっていただけではなかったのだ。


そして、何よりも……。

弥生さんが、俺に対して、「特別な気持ち」を抱いてくれているかもしれない、という可能性。そのことに、俺の心臓は、激しく高鳴っていた。


(……今だ。今しかない)


ここで、俺が、ちゃんと応えなければ。

弥生さんが、勇気を出して、打ち明けてくれたのだから。

俺も、自分の気持ちを、正直に伝えるべきなのだ。


失敗するかもしれない。傷つくかもしれない。

でも、健太の言葉が蘇る。「言わずに後悔するより、言って砕けた方がいい」と。


俺は、大きく、深呼吸をした。

震える手で、俯いている弥生さんの肩に、そっと触れた。

弥生さんの体が、ビクッと震える。ゆっくりと、顔が上げられる。その瞳には、驚きと、不安と、そして、ほんの少しの期待のような色が浮かんでいた。


俺は、その瞳を、真っ直ぐに見つめ返した。

心臓が、うるさいくらいに鳴っている。でも、もう、迷いはなかった。


「……弥生さん」

俺の声は、震えていたかもしれない。でも、確かに、俺自身の言葉だった。


「……俺も、怖かったんです」

「え?」

「弥生さんの気持ちが分からなくて……。俺のこと、どう思ってるんだろうって……。もし、迷惑だったらどうしようって……」

「……それに、俺は、ただの年下の高校生で……。弥生さんみたいな、素敵な大人の女性に、釣り合うはずがないって……」


自分の弱さを、正直に吐露する。それは、少しだけ恥ずかしかったけれど、同時に、心が軽くなるような感覚もあった。


「でも……」

俺は、言葉を続ける。ここからが、本番だ。


「でも、俺……気づいたんです」

「……弥生さんのことが……ただの憧れとか、尊敬とかじゃなくて……」

「……本当に……好き、なんだって」


言った。

ついに、言ってしまった。

人生で初めての、本気の告白。


弥生さんの目が、大きく見開かれる。その瞳が、驚きと、信じられないというような色に揺れている。

息を呑む音が、聞こえたような気がした。


沈黙。

時間が、止まったかのように感じられる。

公園の木々が風に揺れる音だけが、やけに大きく聞こえる。


(……ダメだった、か……?)


弥生さんの反応がないことが、不安を煽る。

やっぱり、俺の勘違いだったのだろうか。ただの、年下の男の子の、暴走だったのだろうか。

後悔の念が、胸に込み上げてくる。


だが、次の瞬間。

弥生さんの、その綺麗な瞳から、ぽろり、と一筋の涙が零れ落ちたのだ。


「……え? み、弥生さん!?」

俺は、慌てて彼女の顔を覗き込む。どうして泣くんだ? やはり、迷惑だったのか? 困らせてしまったのか?


「……ううん……ごめん……」

弥生さんは、慌てて涙を拭いながら、首を横に振った。

「……嬉しくて……」

「……え?」


「……私も……ずっと……航くんのことが……」

弥生さんの声は、涙で震えていた。

「……好き、だったから……!」


……好きだった?

弥生さんも、俺のことを……?


信じられない言葉に、俺は完全に思考が停止した。

え? 本当に?

これは、夢じゃないのか?


「……でも、自信がなくて……。年下だし、私なんかじゃ、航くんに釣り合わないって……。それに……」

弥生さんは、そこでまた言葉を切った。そして、何かを言いづらそうに、視線を彷徨わせた。


「……あの……この前、航くんが見たかもしれないんだけど……」

「……書店の軒下で、男の人と……一緒にいたの……」


……やはり、弥生さんも、俺があの場にいたことに気づいていたのだ。


「……あの人は……大学の、先輩なの。昔、少しだけ……付き合ってたことがあって……」

元カレ……!?

その事実に、俺の心臓が、また別の意味でドキリとする。


「……最近、偶然再会して……。それで、ちょっと、相談に乗ってもらってただけで……。もう、何もないんだけど……」

弥生さんは、必死で説明してくれている。その様子から、嘘ではないことが伝わってくる。

「……でも、航くんに、誤解させちゃったかもしれないって……。それで、余計に、どう接したらいいか、分からなくなっちゃって……」


そうだったのか……。

俺が、勝手に誤解して、一人で落ち込んでいただけだったのか……。


「……ごめんね。不安にさせて……」

弥生さんは、申し訳なさそうに、再び俯いてしまった。


「……いえ……!」

俺は、慌てて首を横に振った。

「俺の方こそ、すみません! 勝手に誤解して、一人で落ち込んで……。弥生さんの気持ちも、ちゃんと聞こうとしないで……!」


お互いに、誤解して、すれ違って、そして、傷ついていたのだ。

なんて、不器用な二人なんだろうか。

でも、それもまた、リアルな恋愛なのかもしれない。ラブコメみたいに、都合よくはいかない。


俺は、もう一度、弥生さんの肩に触れた。そして、優しく、彼女の顔を上げさせた。

涙で濡れた瞳が、夕暮れの光を受けて、きらきらと輝いている。


「……弥生さん。もう一度、言わせてください」

俺は、心を込めて、真っ直ぐに彼女の目を見て言った。


「俺は、弥生さんのことが、好きです」

「年下とか、高校生とか、そんなの関係ない。ただ、一人の女性として、あなたのことが、どうしようもなく、好きなんです」

「もし、よかったら……俺と、付き合ってください」


震える声だったかもしれない。

格好悪い、不器用な告白だったかもしれない。

でも、それは、紛れもなく、俺自身の、正直な、精一杯の気持ちだった。


弥生さんは、何も言わずに、ただ、じっと俺の目を見つめ返していた。

その瞳からは、また、ぽろぽろと涙が零れ落ちていく。

でも、それは、悲しみの涙ではない。喜びと、安堵と、そして、愛おしさが入り混じったような、温かい涙に見えた。


やがて、弥生さんの唇が、ゆっくりと開かれた。


「……はい……!」


その、たった一言が、俺の世界の全てを変えた。

まるで、モノクロだった世界に、一瞬にして、鮮やかな色彩が溢れ出したかのように。


嬉しくて、胸がいっぱいで、言葉が出てこない。

ただ、弥生さんを、強く、強く、抱きしめたい衝動に駆られる。


……いや、待てよ。

ここは、公園のベンチだ。周りに人はいないとはいえ、さすがにそれは……。


俺が、そんな葛藤をしていると、弥生さんの方が、ふふっ、と小さく笑い出した。

「……航くん、顔、真っ赤だよ?」

「……弥生さんだって……」

俺たちは、顔を見合わせて、どちらからともなく、照れたように笑い合った。


雨上がりの公園。夕暮れの優しい光。

不器用な二人の心が、ようやく、一つに重なった瞬間だった。


向き合うことから、逃げていた俺。

自分の気持ちに、正直になれなかった俺。

そんな俺が、ようやく、一歩を踏み出すことができた。


それは、決して、ラブコメの主人公のような、華麗な一歩ではなかったかもしれない。

泥臭くて、不格好で、遠回りばかりの、そんな一歩だったかもしれない。


でも、確かに、俺自身の足で、踏み出した一歩だったのだ。

そして、その一歩が、俺の物語を、そして、俺と弥生さんの関係を、新たなステージへと導いていくことになる。


まだ、乗り越えるべき壁はあるだろう。

ライバル(?)の莉子ちゃんの存在も気になる。

弥生さんの元カレのことも。

そして、俺自身の、作家としての未熟さも。


でも、もう、怖くない。

隣に、弥生さんがいてくれるなら。

二人で、手を取り合って、進んでいけるなら。


俺は、隣に座る弥生さんの手を、今度は、お化け屋敷の時とは違う、確かな意志を持って、そっと握った。

弥生さんも、驚いたように少しだけ目を見開いたが、すぐに、優しく、強く、握り返してくれた。

繋がれた手の温もりが、俺の心に、確かな勇気と希望を与えてくれる。


俺たちのラブコメは、まだ始まったばかりだ。

これから、どんな物語が紡がれていくのだろうか。

期待と、少しの不安。

そして、何よりも、この上ない幸福感を胸に、俺は、夕暮れの空を見上げるのだった。

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