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17. 羊ケ丘さんはオオカミ怪人の様子が気になる

 ここ最近のウルフガルムは、少し変だ。

 

 同居を始めてからの彼は、毎日だいたい同じパターンで過ごしていた。私が仕事に出かける頃に起きてくれば珍しい、というくらいのんびりした朝を過ごす。日中は筋トレやゲーム、昼寝をして過ごすこともあれば、人間の姿で散歩やジョギングに出かけることもあった。夕方になると、ふたり分の夕食を準備し、またゲームや筋トレをしながら私の帰りを待つ。彼の日常は、元・悪の組織の手先とは思えないほど、穏やかなものだった。


 でも、この一週間は違っていた。毎日、テレビの前に座り、以前なら「くッッだらねぇ人間どもの茶番劇」と鼻で笑っていたはずの、ローカルニュースや地域の情報番組だけを熱心に見ていたのだ。特に星明町(ほしあかりちょう)関連のニュースが気になるようで、何の変哲もない平和な内容でも食い入るように見ていた。

 

「へぇ、今度の週末、駅前でこども祭りがあるんだね」

 

「……」

 

「街の清掃活動かぁ。えらいなぁ」

 

「……」

 

「あ、シャイニングナイト案件。チャンネル変えようか?」

 

「……いい。変えんな」

 


 帰宅した私が、ウルフガルム特製カレーライス(2日目)を食べながら投げかける言葉に、彼は時折低い声で応じてくれる。でも、その視線はテレビ画面に釘付けのままだった。眉間にしわを寄せたり、何かを考え込むように唸ったり。気もそぞろというか……正直、少し怖いくらい真剣な顔をしていた。


 何か心配事でもあるのかな。それとも、町の様子を知っておきたいとか? 気になる。すごく。でも、聞いていいのかな。


 これまでウルフガルムは、話したいことがあるときは自分から話してくれた。シャドウオーダーのことも、タイモーさんのことも。だから今回も、彼から話してくれるまで待とうと思う。……まぁ、やっぱり気にはなるけども。



 

 週末の午後。


 私とウルフガルムは、駅前のドラッグストアへ日用品の買い出しに来ていた。人間の姿の彼は、黒い開襟シャツとハーフパンツのセットアップがよく似合う、ちょっと目つきの悪い大男だ。すれ違う人が思わず道を空けてしまう威圧感は多少あるけれど、私の隣で買い物袋を黙って持ってくれる彼は、ただの不器用で優しい同居人にしか見えない。

 

「ねぇ、今夜はオムライス作って。私、ウルフガルムが作ってくれるふわっふわのオムライス、大好きなんだぁ」

 

「っ、気が向いたらな」

 

「ふふ、よろしくね」

 

 そんな会話をしながら大通りを歩いていると、アパートに向かう道よりもかなり手前の脇道の前で、彼が突然足を止めた。


「おい。今日は違う道から帰るぞ」

 

「え? うん、いいよ」


 遠回りを提案するなんて珍しい。でも、私は素直に頷いた。買い物袋も持ってくれてるし、そこまで足が疲れているわけでもない。こうやって彼と歩ける時間が増えるなら、むしろ嬉しいくらいだ。


 ウルフガルムが選んだのは、私も初めて通る住宅街の裏道だった。車がやっとすれ違えるくらいの道幅で、人通りもなく、聞こえるのは私たちの足音だけ。静かな時間が流れていく。

 

 しばらく歩いていると、道の先に『星明こども園』の看板が見えてきた。こぢんまりとした園で、フェンス越しに見える園庭には、滑り台やブランコ、小さな砂場といった遊具が整然と並んでいる。もちろん、今日は休日だから園内に子供たちの姿はない。


 その時、再びウルフガルムの足が止まった。

 

「……」


 彼は園庭を見つめている。正確には、園庭の奥の木陰に佇む、築山のような岩に目を向けていた。


 子供たちがよじ登って遊ぶためのものだろうか。他の遊具からは少し離れており、どこか不自然なほどぽつんと置かれている。でも、それ以外には特に変わったところのない、ただの岩だった。

 

 ウルフガルムは、その岩をじっと見つめたまま動かない。

 

「ウルフガルム?」

 

 私が声をかけた瞬間、彼が持っていた買い物袋がストンと地面に落ちた。中から洗剤やシャンプーのボトルが転がり出る。

 

「わぁっ!? 大丈夫!?」

 

 慌てて落ちた荷物を拾いながら声をかけると、彼はハッと我に返ったような表情を見せた。

 

「な、何でもねぇ……!! 手が、滑っただけだ!!」

 

 そう言って、彼は荷物を奪い取るように受け取った。でも、その手がわずかに震えていることに、私は気づいてしまった。声をかけるべきか、黙っておくべきか迷って――。


「……そっか」

 

 それ以上聞けなかった。……うぅん、聞いてはいけない気がした。

 

「帰るぞ」

 

 ウルフガルムの声は、いつも以上に低い。


「うん」


 彼の歩幅に合わせて歩きながら、私はちらりと園庭を振り返る。やっぱりただの岩にしか見えない。だけど、なんとなく目が離せなかった。

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