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天才と狂気と天然

「ウィロー?」マーヴィはその名前に引っ掛かった。「魔法使いのウィロー? 初耳じゃないな。どこかで聞いたか? 読んだ? 何かそういう一族がいなかったか?」


「マーヴィ、あなたは単なる無骨な荒くれ者じゃないのね」ウィロー家の一員は剣士の知識に驚いた。「そうよ、そのウィローよ。過去には歴史の裏表で華々しく活躍し、各地の王族の寵愛を受け、自前の宮殿や大学をも所持し、栄華を極めた名門の一族よ」


「きみはそこの出だ? じゃあ、本物のお嬢さま、お姫さまだな」


「マーヴィさん、お姫さまがこんな風に一人でほっつき歩きますか?」リタは失笑した。「今やその名は過去の栄光でしかない。年月の経過は残酷だわ。栄誉に溺れたウィロー家は本質を忘れて、魔力なしの貴族や一般人との婚姻を繰り返した。そのせいで一族の血が徐々に薄くなって、優秀な魔法使いが少なくなり、ウィロー家はずるずると没落した」


「盛者必衰だな」


「そうよ。うちにはもう三つの屋敷と二つの別荘しかないわ。これで姫を名乗るのは本物の姫に失礼じゃない?」


「そんな金持ちのお嬢さんも一人でほっつき歩かないぞ」庶民的な剣士は言った。


「身内や取り巻きに囲まれて、天才天才とおだてながら旅するのが修行になる?」


「修行?」


「散歩に見える?」リタは優雅にくるっと回って、旅人風の服装を披露した。


「若い女の一人旅は危険だぞ」


「きゃー! 悪い剣士に犯される―! きゃー!」リタは金切り声で絶叫して、マーヴィをたじたじさせた。


「おい、止めろ!」


「と、その隙に魔法でどかーんと始末する」魔法少女は瞳を怪しく輝かせた。瞬間、剣士の屈強な身体が風船みたいにふわっと浮いて、木の枝の上に乗っかった。


「わー、すごい魔法だ」アルは拍手した。


「大人をからかうな!」マーヴィは怒りながら、木の枝から飛び降りた。


「からかうわよ。あなたたちはいい人だし」リタは言った。「あんたたちが悪党だったら、初手で黒焦げだったわ」


「えげつない魔女だ……」


「先手必勝、一撃必殺。これがリタ・ウィローのモットーですわ、おほほほ」天才少女は魔女っぽく妖艶に笑った。


「きれいで、天才で、すごい女の子だ」平凡な農民は素朴な口調でべた褒めして、不意に弁当を広げて、ぱくぱく食べ始めた。


「え、どういうこと?」魔女は動揺した。


「そろそろ昼飯の時間だよ。リタも食べる?」アルはサンドイッチを差し出した。


「ねえ、剣士さま、この子はいつもこんな調子ですか?」天才魔女は平凡な農民の奇行にぞくっと身震いしながらマーヴィに尋ねた。


「ははは、アルくんは世間知らずだからなあ。まさに花より団子だなあ」剣士は動揺を隠しながら答えた。


「真の変わり者は自分を変わり者とは決して言わない」リタはアルに詰め寄った。「この私の美貌の前で弁当を食べ始める男は後にも先にもこれだけだ。あんたは私の顔を見てどきどきしない?」


「うん、きれいな顔だよね」アルは少女の可憐な眼差しをぼんやりと見返しながらぼんやりと答えた。「でも、ぼくはどきどきしないな」


「リタくん、きみはちょっと明け透けすぎないか?」年長の剣士は二人の距離の近さにどきどきしながら言った。


「どきどきしない? ときめかない?」リタはのけぞって、マーヴィを見直し、デコルテを抑えた。「このリタさまにでれでれしない? 強がりじゃないわね。この人はうそを吐かない。マーヴィはきっちり鼻の下を五ミリ伸ばして、私の胸をチラ見する。これが正常な反応だわ」


「うそだ」剣士は鼻の下を隠した。


「ところが、この若者は私の美貌より弁当に夢中だ。女嫌い? もしや、男好き? あ、お二人はそういう関係ですか?」


「そういう関係じゃない」マーヴィはうろたえた。


「そうよねえ。マーヴィは普通のドスケベだし」リタは胸元をちらつかせて、二人の反応を見た。「うーん、これが効かないなら、この子の言葉は真実だわ。アルは私にどきどきしない」


「そうだね」アルはぼんやり同意した。


「これは本物だわ。本物の珍獣だわ」魔法少女は目をぎらぎらさせた。「この謎、この神秘、これは優男の下手な口説き文句より魅力的じゃない? 脳みそがパキパキする! あははは!」


「これはヤバい女だ……」マーヴィは小声で言った。


「失敬! マーヴィ殿! お気をお直しくだされ。情緒不安定は魔法使いの性ですわ、ほほほ。精神と感情の振れ幅が常人よりぎんぎんですわ、おほほほ」と、リタは剣士の仏頂面に軽くキスした。


「あ、ほんとに鼻の舌が伸びた」アルはぼんやり言った。


「止めろ。落ち着け。おれは独身だ」マーヴィは混乱して、頬をぬぐった。


「ほほほ。ところで、あんたたちはこんなところに何をしに来たの?」リタは不意に冷静になった。


「ギルドの依頼だよ」アルは言って、のどを潤した。


「遺跡で弁当を食いましょうというクエスト?」


「そんなクエストはない。定期調査だ」剣士は動揺から立ち直った。「が、それはおそらく建前だな。その実態は周辺のモンスター狩りだな」


「それはそうよ。ギルドの依頼でのんびり観光できると思う? 私もけっこうやっつけたわ」と、リタは指折りに数えた。


「きみも依頼で来たのか?」


「私はそんなせこい依頼を受けないわ」


「せこい依頼……」


「そうじゃない? 遺跡の定期調査みたいなぬるい案件がなんぼになるの? 実費と紹介料抜きの手取りはいくらになるの? しかも、上級者がそういう安い案件をこなしてしまうと、初心者が仕事にあぶれてきついクエストに走ってしまう。結果、ドラゴンの前に素人の死体の山が詰み上がる」


「まあな」


「凡人の機会の邪魔をしない、それが天才の慎みだわ。それを忘れると、世間に恨まれて、魔女の汚名を着せられ、火刑に処せられる。天才と狂気は紙一重、毒と薬は表裏一体、魔法使いは神にも悪魔にもなれる。実際に何人かが火あぶりにされたウィロー家の教訓ね」名門の天才児は理知的にてきぱきと言った。


「リタさん、あなたはずっとその調子でいられません?」マーヴィは冷静な弁舌に感心した。


「魔力を過度に使わなければ、立派な淑女でいられますわ」リタは上品に答えた。「魔法の効果は精神と感情に左右されます。火の魔法を使えばかっとなる。氷の魔法を使えばひゅっとなる。これが同調しないと、効果が薄れます。あと、魔力の行使は性的興奮に似ますから、魔法使いはほぼド助平かド淫乱です」


「ド淫乱……」


「一説ではこれが一族の没落の原因です。普通のおじさんが男前に見え、平凡なおばさんが美女に見える。それと交わって、子を産む。おのずと魔法使いの血は希薄化しますわねえ」


「ああ、さっきのキスもそれだ? 酒に悪酔いしたみたいな?」マーヴィは頬をさすった。


「その通りよ、マーヴィ」リタはそう言って、呪文を唱えて、小さな竜巻を起こし、黒焦げで氷漬けのゴブリンを山のどこかへ吹き飛ばした。


「わー、口がじゃりじゃりする」アルはぺっぺっと唾を吐いた。


「竜巻の魔法は心をざわっとさせる」魔法使いは胸を抑えた。「でも、今みたいな呪文式は省エネ魔法だから、魔力の消費は大きくないし、下半身はむらむらしない。逆に溜めなしの零式発動はばっきばきのぎんぎんだわ。ぼてぼてしたおデブちゃんがしゅっとした男前に見えてしまう」


「天才は大変だな」マーヴィは同情した。


「そうね。私が一人でほっつき歩く理由もそれだわ。屈強な護衛の男と私で二人旅、相手の身体が持たない」


「おいおい」


「取り巻き二人と私で三人旅、男同士が嫉妬で喧嘩する」


「修羅場が見える」


「男三人と私で四人旅、私の身が持たない」


「最近の女子は開放的だなあ」剣士は遠い目をした。


「女の子と旅すれば?」アルは言った。


「アルくん、きみは魔法使いの魔力酔いを知らないな。へべれけの目には女子が男子に見える! ショートのかつらを被らせて、男物の服を着せよう。それはもう男だ、王子だ!」


「どうやってするの?」


「ご想像にお任せします。とにかく、こんな罪な人にはあなたみたいな無欲な人間が何よりです。この私にどきどきしない、ときめかない。千人に一人、いや、万人に一人の宝物だ! 私と一緒に行きましょう!」リタはアルの背中に抱き着いて、胸をぐりぐりさせた。


「ぼくは構わないけど」平凡な農民は素朴に答えた。その鼻の舌は伸びず、心拍は増えず、体温は上がらなかった。


「これは本物だ」魔法使いはその生理的反応のなさに感動して、素朴な背中から離れた。


「うむ、勇者は色香に惑わない」マーヴィはうなずいた。


 アルは二人の熱烈な眼差しに見守られながら、おやつの最後の一口をぱくっと食べた。

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