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勇者は勇者を呼ぶ

 二人はブレイトンの町に戻って、クエストの報酬を受け取った。ほんの半日で難題をやり遂げた二人はギルド内ではすでに噂のコンビだった。普通の猪狩りもこんなに早く終わらない。どんな凄腕のハンターだ? 


 ギルド内に居合わせた冒険者たちはベテランの剣士には率直な賛辞を惜しまず、物干し竿の若者には疑惑の視線を送ったが、物干し竿の先の猪の牙の大きさには一様に驚嘆し、「今日はいい天気ですね」という律儀な挨拶にはほっこりした。そして、特上ロースのおすそ分けはギルド長を非常に喜ばせた。


 肉の決済とクエストの報酬、この二つで生じた金銭の九割九分九厘はマーヴィの懐に流れ込んだ。肉屋の手形が銀行で換金されて、手持ち資金がじゃらじゃら増えたが、金貨や銀貨はバラやロースほどにサンシャ村の農民の興味を引かなかった。彼の請求は実費の三ゴールドのみだった。


「この子の無欲さは本物だ」マーヴィは金貨を数えながらつぶやいた。「ケチや強欲は勇者的ではない。守銭奴は勇者と対極の存在だ。しかし、冒険には金がかかる。生活費であくせくして世を救えないのは本末転倒だ。勇者です、救世主です、一文無しです、これは清貧だが、この世知辛い時代には受けない」


「サンシャ村の人はだいたいそんなだよ」平凡な農民は言った。「お金稼ぎを頑張る人はいない。そもそも買うものがないしさ」


「自給自足か。理想的な生き方だ。しかし、その穏やかな暮らしは平和にこそもとづく。今はその平和が危機だ」マーヴィは机を叩いた。「この百年は苦難の時代だ。戦争、疫病、災害が頻発する。くしくもこれは魔王の出現の時期と重なる。魔族の繁栄は人間の衰退だ。人々が清貧や自給自足に満足すると、やつらにざくっとやられてしまう。魔族の本質は破壊と略奪だ。やつらの存在は人間の平和には全く貢献しない」


「火と油だね」アルはそう言って、バラ肉のサイコロステーキを蝋燭であぶり始めた。


「誰かがやつらに対抗せねばならない。本来、それは伝説の勇者の役目だ。しかし、伝説の勇者が現れないなら、おれたちが小さな勇者を心の中に抱いて、大きな勇者を思い描こう」


「まるで勇者教だ」


「そういう俗っぽい新興宗教じゃない。これは正義と清浄の自然な願いだ。アルはそう思わないか?」


「ぼくの中にそんな勇者はいないな」アルは言って、肉を齧った。「この中にあるのおいしい赤身と脂身だ」


「きみはいい大人だ。世の出来事に感心を持とうぜ? な?」


「この世はマーヴィのおかげで平和になったし、ぼくは満腹になったよ」


「きみは狭い世界しか知らない。そして、世界の危機と勇者の魅力を知らない」マーヴィは現金の山を机の端に押しやって、地図を広げた。「この町はこの辺で、きみの村はこの辺だ。ここでだらだら過ごしても、無駄に金を使ってしまうな」


「この辺はどの辺?」アルは図面の適当な場所を指した。


「そこはルーメン地方のあたりだ」マーヴィは目を輝かせた。「あそこには勇者アルのゆかりの場所がたくさんあるぞ。わくわくしないか?」


「マーヴィは本当に勇者マニアだね」


「あと、マスやスズキが旬だな。バター焼きが非常に美味だ。森で珍しいキノコや木の実がわんさか獲れる」


「それは最高だね」


「で、そういうきみを『おまえは食い物マニアだな』となじる人間がいるか?」勇者マニアのそしりを受けた剣士は意地悪に言い返した。


「そんな変な人はいないよ」


「勇者は人生に必要な栄養、勇者は日々を彩る薬味、何より勇者は夢と希望の糧だ」


「はあ」


「アルバート・ハレルヤ・アスランくん、きみの中にはその絶大なる素質がある。素朴な少年だったアルは旅と冒険で成長し、伝説の勇者アルとなった。やはり、人を成長させるのは旅と冒険だ。おれたちはルーメンに行って、勇者詣でをしよう」


「逃げよう」農民は狂信的な勇者信者の演説から逃れようとしたが、素早く回り込まれてしまった。


 コロンナ地方が単調な草と土の国であれば、ルーメン地方は霊妙な森と泉の国である。北にはカンテラ山脈がそびえ、南にはエルミナ河が流れる。小川と街道が森林を縫うように走り、ぽかっと開けた土地には城下街や門前町が栄える。数々の遺跡やダンジョンがあちこちに点在し、冒険者や旅人の足をいざなう。短い移動で景色がごろっと一変するのはこの地方のだいごみでもあり、怖さでもある。


 マーヴィとアルは水路と陸路を乗り継いで、ルーメン地方の内陸の都市クリスタにやってきた。ブレイトンから十日の旅程はほぼ最短の日数だった。これはベテラン冒険者の入念な計画と連日の快晴のたまものだった。


「今日はいい天気ですね」アルはにぎやかな城下町を眺めながら、通りすがりの町人にぼんやり呟いた。


「きみは勇者ではないにしても、完全な晴れ男だな」マーヴィはきれいな青空を見上げながら言った。


「たまたまだよ」


「いや、そういう縁起担ぎは冒険者の間では馬鹿にならないぞ。旅や冒険の幸先は天気の良し悪しで決まってしまう。出発前の土砂降りほどに憂鬱なものはない。冒険者や旅人はわりと験を担ぐから、雨男のレッテルはマジでシャレにならない」


「日照りの地方ではきっと重宝されるよ」


「その優しさは勇者の芽生えだ。うん、いい傾向だ」


 二人はクリスタの冒険者ギルドに向かった。ルーメン地方の多彩な土地柄から依頼は多種多様だった。ことさらに探索や調査の内容が多く見られた。


「この前の猪狩りのようなおいしい依頼はない?」サンシャ村の農民は特上肉の味を思い出しながら言った。


「あれはたしかにいい肉だったが」マーヴィはしみじみとうなずきながら、掲示板や張り出しを指さしでチェックした。「勇者関連のものはないか?」


「ないね。『洞窟の奥の伝説のキノコを採ってきて!』って、これはどう? それか、この『黄金の蜂蜜酒の材料を求む!』って、これもおいしそうだ」


「食材探しは手堅い案件だ。しかし、おれたちの目的は金儲けではない。おれときみの小勇者はそれでは沸き立たない。あと、依頼品を自分で食ってしまうのはご法度だ」


「えー、少ししか食べないよ」


「食べるな」指導者はぴしゃっと言って、掲示板に向き直り、一つの依頼に目を留めた。「では、これにするか」


「その『第五ハレルヤ遺跡の定期調査』ってやつ?」


「その通り。


「ぼくの遺跡じゃないよ」


「当たり前だ。これは伝説の勇者アルの遺跡だ。勇者の遺構はだいたいこの名前で呼ばれる。この付近には小さなものから大きなものまで十か所くらいあるな。市街地に近い第一遺跡や第二遺跡はほとんど観光地だ」

 

「第五遺跡は?」


「待てよ」勇者マニアは目を細めて、この遺跡の情報を思い出した。「場所はクリスタから南西、徒歩で数時間、小さな山に廃墟と洞穴、伝承は光の剣……」


「光の剣?」農民アルはたずねた。


「勇者アルの伝説の武器だ。まあ、真偽のほどは定かじゃないけどな。歴史学や考古学の説というのは猫の目のようにころころ変わる。聖地を巡る身にもなってくれ。おれはここに行くのは四回目だぞ」


「光の剣かあ」


「お、アルさんがとうとう伝説に興味を持ちましたかね? 伝説の剣は男心をくすぐるよな。小さな勇者がざわざわするぜ」


「それが本当にあるなら、夜の散歩や地下室の掃除が捗るね」アルはけろっと言った。


「魔を断ち、世を救え」勇者信者はぶつぶつ唱えた。


 二人の方向性は決定的に相反したが、光の剣の伝承で有名な第五ハレルヤ遺跡への冒険が採用された。剣士と農民は翌朝の調査に備えて、早めに宿に入った。

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