平和ボケした若者の玄人的な武器選び
ブレイトンは小さな町だが、この界隈の交通の要衝だ。単調なコロンナ地方では薬味のような独特の存在感を放つ。表通りには一頻りの商店があるし、裏通りには夢の国がある。行き交うのは地元の町民ばかりでない。旅人や冒険者が目立つ。とにかく人の往来が絶えない。住民より余所者の方があきらかに多勢である。ギルドや旅籠や茶屋は朝から晩までにぎやかだ。
魔王より手ごわい槍の男の甘い誘惑を退けた二人は大通りの武器屋に入った。
「これはどうだ?」マーヴィは多様な武器の中から細身の突剣を手に取った。「突き技は単純だが、必殺だ。でかい怪物には不利だが、人間にはたいてい有効だ」
「ぼくが人間と戦う?」アルは細身の刀身をこねくり回しながら言った。「それは兵隊さんや警察さんの仕事じゃない?」
「アルくん、魔物だけが悪ではないぞ。この世には邪悪な人間がうようよいる。悲しい現実だ」
「そんな悪い人はうちの村にはいないよ。サンシャ村は平和だ」
「でも、その世界一の平和な村にすら魔王軍が現れた。世の乱れは深刻だ」マーヴィは世界の危機を憂いながら、壁際の長い獲物を取った。「このなぎなたはどうだ? 軽い力で大剣並みの高い攻撃力を出せる東方の武器だ。長い柄と薄い刃が特徴だ。槍のように突かない。大ぶりで大胆にずばっと切る。大型の怪物を相手にしても引けを取らないぞ」
「えー、こんなでかいのを持ち歩けないなあ」
「じゃ、弓にするか?」冒険者はでかいのを置いて、射撃武器を手にして、弦をぴんと弾いた。「敵に近付かずとも戦える。ただし、うまく命中させるには練習しなきゃならんが」
「弓はまあまあ手頃だけど、矢が意外と割高だよなあ」アルは弓と矢の金額を見比べた。
「ならば、王道の剣と行こうか」マーヴィは片手剣を取った。「やはり、勇者に相応しいのは剣だ。伝説の勇者アルは光の剣で魔王と戦った。逆に槍や斧や弓や素手で戦う勇者像は一般的ではない。きみが剣を選ぶのは自明の理だ。きみの心の中の小さな勇者がそうさせる」
「ぼくの心の中にそんな人はいないよ?」
「いや、おれには見える」勇者マニアは目をぎらつかせた。「きみは未来の勇者だ。さあ、剣を取れ。おれが一から教えてあげよう」
「二人の部隊に剣士が二人、パーティのバランスが悪くならない?」
マーヴィと武器屋の店主は小憎らしい素人意見に天を仰いだ。当人は二人の専門家の嘆息に構わず、うーんうーんと唸りながら、武器の品定めを続けたが、ふと店の隅で立ち止まった。
「うん、これにしよう」
「おお、ようやくだ!」二人の武器の専門家は優柔不断な素人の武器のチョイスに注目した。
「はい、これをください」アルはその長い品をひょいと取り上げ、店主の前に持ってきた。「おいくらですか?」
「あ、お兄さん、それは売り物じゃありません」武器屋は茫然と言った。「それはうちの物干し竿です。洗濯物を干すやつです」
「そうです。戦って汚れても、すぐに洗濯物を干せます。おいくらですか?」
「ははは、三ゴールドでいかがですかね?」武器屋はお小遣いくらいの額を冗談ぽく言った。アルは村長の餞別からすぐに支払って、その長い棒をそれっぽく構え、満足げにうなずいた。
「ぼ、棒術とはまた玄人だな。勇者殿は違うな……」マーヴィは冷や汗を掻きながら唸った。
はたして、サンシャ村の農民は旅の棒術使いとなった。剣士と店主は大いに嘆いたが、この日用品はそう悪いものでなかった。適度な長さが剣以上のリーチを誇り、適当な軽さが突剣並みの速さを約束する。戦闘中には棒だが、移動中には杖となり、家では物干し竿と化す。二メートル弱の長さは大家族には物足りないが、一人暮らしにはばっちりだ。上下左右の違いがない、つまり、リバーシブルである。打ってよし、叩いてよし、殴ってよしの一石三鳥なマルチツールだ。何より武器として破格、物干し竿としてお手頃な金額だった。
アルはこの武器を広場でぶんぶん振り回し、先端で石畳をこつこつ打って、いっぱしの棒術使いのようにうなずいた。
「うん、いい買い物をしたぞ。これは掘り出し物だ」
「何で私物を店頭に置きっぱなしにするかね?」マーヴィは武器屋の備品の保管場所を非難した。「そして、何で冗談で売り払ってしまうかね? きみは気付いたか? あれは店主の冷やかしだったぞ?」
「えー、じゃあ、返しに行く?」アルは武器屋に向き直った。
「どんな顔で戻るよ? おれは大恥を掻いたぞ。何で勇者の武器が物干し竿だ?」
「ぼくは勇者じゃない。マーヴィが勝手にはしゃいで、勝手にがっかりした。それだけだよ」
「きみの出自と名前はまさに勇者だ」マーヴィはむっとしながら言い返した。
「アルという孤児はぼくだけじゃないよ。世の中に百人はいるよ、きっと」
「おれにはきみだけが勇者アルだ」
「ぼくは平凡な農民だよ」
「じゃあ、何でおれに付いてきた? 世直しの冒険に同意した?」
「まあ、何となく、成り行きで」
「成り行き……」マーヴィは頭を抱えた。「冒険は遊びじゃないぞ。アルバートくん、もう少し真剣に考えよう。旅や冒険はそう生易しいものじゃない。村の外には危険が一杯だ。悪党や魔物はこの地方にもいる。事実、おれは何度か危ない目に出くわした」
「ぼくはぜんぜん見ないけど」アルはけろっと言った。「悪党も魔物も伝説の勇者と同じ風の噂みたいなもんじゃない?」
「魔物と勇者をごっちゃにするな」熟練の冒険者は不機嫌に言った。「これは武器の問題じゃない。心構えだ。きみは現実を知らなすぎる」
「この目で見て、肌で感じるものが現実じゃないの?」アルは道路の石畳を物干し竿でこつこつ突いた。
「ふむ、教育だな。行こうか」
「え、どこに? 花街?」
「社会勉強だ」
剣士は若者をぐいぐい引っ張って、広場の一角の商館みたいな建物に引きずりこんだ。そこは冒険者のギルドだった。物々しい格好の男たちが目立つが、普通の旅人や出入りの商人、訳知り顔のじいさん、犬を連れたばあさんなどなどの雑多な人々がいる。
マーヴィは掲示板の前に立って、無数の依頼を敢然と指し示した。
「これが現実だ。この依頼の数はこの世の憂いの数だ。多くの人々はきみのような平和ボケではない」
「『二名急募! 引っ越しのお手伝いをお願いしします。報酬は百ゴールド。ご飯とおやつ付き。猫の手も借りたい!』って、これにしようよ」アルは一件の平和的な依頼を読み上げた。
「ダメだ。それはお使いじゃないか」マーヴィはぴしゃりとダメ出しして、咳払いしながら続けた。「あと、おれは猫アレルギーだ」
「これは比喩だよ」
「ダメだ。文字で鼻の中がかゆくなる。これはどうだ? 『ゴブリン多数出没! 畑と羊がピンチです!』という本物の依頼だ」
「へー、ゴブリンてほんとに出るのか」アルは感心した。
「そうだ。やつらは一匹では雑魚だが、群れや集団になると、厄介な災害となる」
「なら、止めよう。こっちはどう? 『芋の収穫のお手伝い。初心者歓迎。農業経験者優遇致します』って、ぼくにうってつけだ」
「私は芋アレルギーだ」マーヴィは問答無用で突っぱねた。「これだな。『スライム駆除。毒なしの大人しいスライムですが、ぶよぶよで不気味です。早くやっつけて!』という依頼を見て、きみは何か思わないか? 心の中の勇者が奮い立たないか?」
「ぶよぶよのスライムにこの棒が効くかな?」アルは物干し竿の先端を見た。
「言い訳ばかりだ」剣士はため息を吐いた。
「そうね、これにしない? 『西の森に巨大猪が出ました。人を襲うわ、農作物を食い散らかすわ、道を掘り返すわで、下手なモンスターより凶暴です。早急に対処を求む。詳細はギルドへ』って、これだけど」
「それは…ダメじゃないな。ギルドの案件だから、しっかりした依頼だ。何できみは急にやる気になった?」
「これをやっつけて、焼き肉パーティしようよ」アルはきっぱり言った。
「猪は大好物だ! そうしよう! そいつをぶっ倒しに行くぞ!」マーヴィはやけくそに言って、ギルドの受付に駆け込み、三行半で依頼を受けて、猪退治に出陣した。