今日はとてもいい天気ですね
かくして、勇者軍と魔王軍の最終決戦が始まった。開幕は定番の魔法の猛攻撃だ。しかし、力と数はほぼ互角、さらに道具や神器すらも五分である。攻撃魔法や補助魔法はたがいの無効化魔法でかき消されて、余波の電撃や火炎は竜巻は標的から反れて、明後日の方向に炸裂した。
第二派は互いの後衛の狙撃手の矢、石、槍、爪、棘、炎、弾の応酬だった。魔族の毒針攻撃が槍兵に当たったが、魔術師が即座に解毒の術式を掛けた。他方、こちらの弩が一人の角を弾き飛ばしたが、邪悪な軍師が溜めなしの回復の魔法で即座に修復した。
魔法や射撃のようなタイムラグありの攻撃は決定打にはならなかった。とすれば、戦士の果敢な猛攻だ。屈強の勇者と魔族がうおおおと叫びながら交錯し、剣や槍や拳や尾や翼をぶんぶんに振り回した。
魔法使いと魔術師たちはこの乱戦から逃れて、大広間の天井の間際に浮かんだ。人間の護衛は天空の勇者、魔族の護衛は有翼の怪人だ。
「あんたは飛べたの?」リタは蛇っぽい敵、ハテムの翼を見ながら言った。
「おれはただの蛇とは違うぜ」羽蛇の魔族は舌をぺろぺろ出した。そこへ天空の勇者の槍が飛んできて、蛇面の顔を貫いた。しかしながら、頭の真ん中に空いた穴は取り巻きの回復魔法で塞がった。鰐みたいな強靭な歯が閉じて、槍の柄が真っ二つに折れた。
「手間を掛けさせるな」ジャズウは言った。
「くそ! ぶっ殺す!」ハテムは口の中の柄を吐き出し、後頭部から出た歩先を投げ捨てて、天空の騎士に突進した。
地上では混戦をくぐり抜けた二人の剣士が不動の魔王に襲い掛かった。一人は正面、もう一人は側面、どちらも能力強化で超人的なスピードとパワーを発揮する。
「はっはっは! 良い踏み込みだ!」ガデスは大剣を軽々と楽し気に扱って、二人のコンビネーションを易々とさばいた。「力を尽くせ! 命を燃やせ! 戦って、戦って、戦い狂え! あーはっはは!」
「この馬鹿には付き合いきれない!」勇者たちは絶叫して、この狂戦士を猛烈に攻め、軽い一撃を入れた。その直後、狂気の中から邪悪な殺意がぶわっと沸き上がり、絶大なる反撃が二人を上下に切り離した。一人は直後に魔法でくっついたが、もう一人はくっつかなかった。
「はっはっは! 体がくっついたぞ! まるで魔族だな!」魔王は発作的に狂乱して、勇者から勇者へ通り魔的な攻撃を繰り返し、戦闘を大混乱に陥らせた。
「あんな上機嫌なガデスさまを見るのは初めてだ」ジャズウは感動的な面持ちで言った。「感謝するぞ、勇者ども! そして、死ね!」
「めちゃくちゃだわ」リタは顔を歪めて、威嚇の電撃を放った。「でも、あんたらが少しいい男に見えるわ。魔力の使い過ぎ? うひひ」
「ひひひ、わしの眼にはおまえが魔族の令嬢に見えるぞ、ひひひ。生贄と花嫁、おまえはどちらを選ぶね?」
「ほほほ、下僕と奴隷、どちらかを選びなさい?」魔女は妖艶に笑った。
魔力の反作用でにわかに狂い始めた魔法使いたちが他人に構わず、目の前の敵にどんぱちを始めかけたとき、勇敢な勇者が魔王の剣をどてっぱら腹で受け止め、握りしめながら、そのまま石化した。
「やるな!」ガデスは勇者の石像付きの剣を力任せに振り回して、最終的に壁に投げつけ、粉々に打ち砕いた。
「勇者!」マーヴィはかつて無辜の魔族を叩き切った必殺の袈裟切りを邪悪な魔王に振るった。
「おおお!」ガデスはかっと目を見開いて、神速の斬撃を左手の甲で弾き、右拳で伝説の勇者の胸を突き、巨漢を柱に叩きつけた。
「ば、化け物め……」マーヴィは咽ながら血を吐いた。
「剣はダメだな。すぐに折れる。おれの血、おれの魂が隅々まで生き渡るのはこの身、この脚、この拳だ」魔王ガデスは恐ろしい拳をゆっくり結んで開いて、天に掲げ、地に伏せ、胸の前でがちんと打ち鳴らした。「天よ、地よ、我に力を与えたまえ」
「ガデスさまが本気になられたぞ!」魔族たちは狂喜乱舞した。「勇者どもよ、おまえたちは伝説となった! ばんざい! ばんざーい!」
「行くぞ!」と、ガデスは踏み込みで石床を叩き割って、手刀の突きで魔法の盾と鎧をぶち抜き、衝撃波で中身を粉々に粉砕した。そして、それを近場の勇者に投げ捨てながら、回転蹴りを食らわし、壁ごと城外に蹴とばした。さらに魔法の攻撃を素手で掴んで投げ返し、やにわに跳躍して、魔術師を引きずり下ろし、力任せに紙のごとく引き裂いた。
その圧倒的な力に魔王コールが鳴り響いた。そして、このような一撃必殺殺法こそは回復魔法と蘇生魔法のじり貧の消耗戦には効果的だった。
「リタさん、後を頼みます」一人の魔法使いがふわっとそう告げて、敵陣のただ中に特攻し、すべての魔力を開放して、爆発四散した。
「ひひひ、人間はえぐいことをするな」ジャズウは言った。その横でハテムと天空の騎士が相打ちとなった。「そして、他人に後を託すというのはこの一時にすべてを賭けられぬ弱者の言い訳だな」
「私がこいつを倒す」魔女は邪悪な軍師を睨んだ。
「ひひひ、えぐい真似を一つ真似るか。ただし、わしは後を頼まんぞ。これが真の魔族だ!」ジャズウはそう叫んで、リタたちに特攻し、爆発四散した。魔軍師の強大な魔力の破裂で防御結界を吹き飛ばし、人間側の魔法部隊を瓦解させ、大広間の屋根に大穴を開けた。リタたちは集中力を失って、地上にふらふら降りた。
「ハテムとジャズウが逝ったか! 立派な最期だ! おれもこの一瞬にすべてを賭けるぞ! うおおお!」ガデスは高笑いしながら怒り狂って、勇者たちを次々と仕留めた。この孤軍奮闘に魔族たちの心の中の小さな魔王が奮い立ち、大いなる魔王の姿が炎のごとく立ち上った。
「ああ、服がべとべとだ! 許さない!」リタは魔族の残骸を振り払って、瀕死の味方の何名かを死の淵から蘇らせ、氷結の魔法で全軍を凍らせた。と、過剰な魔力消費でミスリルの腕輪とオリハルコンの首飾りが塵と化した。氷漬けの魔王はがたがたと身体を振るわせて、大地震を発生させ、諸々を崩壊に導きながら、氷の檻から抜け出した。
「生き残りはいるか? 回復を続けろ! 最後まで戦い抜け!」
ガデスの怒号に数人の魔族が弱々しくうごめいたが、復活したマーヴィの攻撃と怒り狂ったリタの魔法に華々しく散った。
「おれは死なんぞー!」マーヴィは最後の力を振り絞って、炎の剣に魔力を乗せ、熱線のような薙ぎ払いを振るった。魔王の強靭な胸がじゅっと焦げたが、ダメージは表面だけにとどまった。直後の反撃の殴打がマーヴィの脳天を叩き割った。
「殺す!」リタは手持ちの魔法薬をがぶ飲みして、魔法の指輪を開放して、魔力と呪文と呪印の三重の爆発魔法を掛けた。マーヴィが付けた火傷を中心にして、魔王の身体が内側からぶわんといびつに歪んで、風船のように膨れ上がった。
「うおおおおお!」ガデスは雄叫びを上げながら、両手で自身の身体を押さえつけ、魔力で魔法を相殺した。すると、臨界点の直前の膨張が収まり、口から巨大な爆炎が上空に吐き出された。それは広間の屋根を一瞬で吹き飛ばして、分厚い雲をも貫き、天まで届いた。
「馬鹿な……」魔力を使い果たしたリタが膝をがっくりついた。
「小娘よ、今のは効いたぞ?!」ガデスは肩で息しながら言った。「で、やはり、おまえが残ったか。最強の者が最後まで残る。自然の摂理だ。生贄か花嫁か、きさまはどちらを選ぶ?」
「だれかいない? 死んじゃった?」魔女は珍しくおろおろと泣き声で言った。
「ぼくがいるけど」二人の横手から平凡な声が聞こえた。
「ああ、アル!」リタはそちらに駆け寄って、抱き着いた。「無事だったの?」
「おまえは何者だ?」ガデスは驚いた。
「ぼくはアルバート・ハレルヤ・アスランです。魔王さん、久しぶりですね」平凡な農民はけろっと答えた。
「久しぶり?」
「コロンナのサンシャ村で会いましたよ」
「ああ、何かそんなところに寄ったな。まあ、あそこは退屈な場所だったわ。なんでそこの村の農民がこんなところにいる? その棒は何だ?」
「物干し竿です」
「はあ? 魔王をからかうなよ?」
「今日はいい天気ですね」
「天気?」魔王はきょとんとした。
「ええ、屋根が吹っ飛んで、雲が消えて、日が見えます」アルは物干し竿で天井の穴を指した。
「それが何だ?」ガデスは困惑しながら、上空を見上げた。途端、雲の切れ間に太陽が現れ、日差しがぱあっと射しこんだ。
「ほら、今日はとてもいい天気ですね。洗濯物が良く乾く」アルはそう言った。その言葉の通りに雲が薄れて、日差しが強くなった。
「とてもいい天気?」魔王は茫然とした。「洗濯物?」
「ええ、こんな日は洗濯と土いじりに絶好ですよ。やりません?」
「おれが土いじりをする? なんのために?」
「おやつを食べて、昼寝するためです」
「全く理解できない……」
「やれば分かりますよ。でも、まあ、今日はほんとに良い天気ですね。曇りの後の青空は格別だ」アルは天井を見上げながら、てくてく歩きだした。
「これは何だ? おれは化かされたのか? 面白いものを見つけたのか? 何だ?」魔王はそう呟きながら、平凡な農民の後に続いた。
翌年の初春、百年に一度の異常な陽気に促され、人間の軍隊が苦難の末にこの奥地にやって来た。彼らは無人の廃墟と激烈な死闘の痕跡に恐れおののきつつ、中庭の妙に小ぎれいな小さな菜園と花壇を不思議そうに眺めた。そこにはこの不毛の地に百年ぶりに咲いた花があった。




