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勇者対魔王

 ストムピーク山脈の防御は手薄だった。そもそも普通の人間は六月から八月、夏の盛りにしかここには入れない。その他の季節に奥地へ踏み入れれば、苛烈な気候と陰気な天候で野垂れ死ぬ。

 

 現地での自給自足もままならない。荒廃が激しく進行して、草木は動物がほとんどない。このような土地をずかずか進めるのは飲まず食わずで一週間の行軍や戦闘をこなせる超人たちだけだ。

 

 しかも、ストムピークには珍しい季節外れの好天のおかげで少々のコケ、ツル、キノコみたいなものは自生したし、夕立が水分補給意を助け、たまさかのでかいモンスターが良い食材になった。それでも、三度に二度は栄養満点な竜の肉だ。勇者たちは噛み切れるが、女子や魔法使いは肉の硬さに難儀する。これを解決したのがドラゴンハンバーグだった。これには広い食いの達人の平凡な農民さえが太鼓判を押した。


 一行はヘルフェインから十キロの都市の廃墟で野営をした。ちなみにふもとから飛行魔法でびゅーんと行かないのは魔力の温存のため、遠距離射撃の回避のため、現地の調査のためだ。不幸にも山脈内に人類の栄華や生き残りは皆無だった。


 ストムピークの夜明けは遅い。分厚い雲のせいで視界が晴れない。午前九時ごろにようやく世界が色づき始める。しかし、色合いはさびしい褐色だ。


 一同は完全な武装をほどこし、飛行魔法で残りの十キロを一気に飛んだ。険しい断崖絶壁がものの数十秒で後方に流れ去った。

 眼下にヘルフェインの城が見えた。途端に飛竜や空の魔物が地上からわらわら出てきて、迎撃の矢じりや投石、火の玉や電撃がぼこぼこ飛来した。防御役がそれらを防ぎながら、攻撃役が爆撃を行った。この攻防で力尽きた獣や人がぱらぱらと灰色の虚空に散った。


 激しい空中戦の最中にリタと三人が城の上空に陣取り、魔法と魔術の複合的な火球を投下した。それは城塞の真上で閃光と共に大爆発して、一帯を吹き飛ばした。さらにキノコみたいな煙のなかから電撃と竜巻と吹雪が四方へ走り、地上の敵勢を一網打尽にやっつけた。ヘルフェインの防御機能はこれで焼失した。しかし、ヘルフェインは堅牢な城郭は健在だった。


「降りるぞ!」マーヴィは水の盾の結界を解いて、数人の勇者と共に前庭に着地した。


 ヘルフェインの内部は壮麗だった。もともとここはブリンザ地方の王宮だったが、百年前にガデスに占領されて、魔王の本拠に成り代わった。そして、歴史的建造物の最期の名残も先ほどの大爆発魔法でがたがただった。火の手があちこちに上がり、壁や柱がそこここで崩れた。


 さて、城外の防御は賑やかだったが、城内の警備は静かだった。兵士や魔物はほとんどいない。まれに人型のモンスターがちょこちょこと現れたが、勇者たちに容易く蹴散らされた。結局、方々から侵入した一同は回廊のあたりで集合した。


「魔王はいたか?」マーヴィはたずねた。


「いない。魔族が見当たらない。出て来るのは雑魚ばかりだ」一人の勇者が答えた。


「もしや、留守だ?」


「いや、私は上空で巨大な魔力を感じた。奴らはここにいる」魔法剣士が言った。


「なんで出てこない? 罠か?」


「とにかく落ち着こう」


「何人かやられたな……」


「勇者の魂は不滅だ」


 まもなく、リタたちがやって来た。銀色の眼差しに多少の疲労と狂気の疼きが見えた。


「外は終わった」彼女は言った。「怪我人はいない? 私が治すわよ?」


「きみは少し休め」マーヴィは鎮静剤を渡しながら言った。


「冗談じゃないわ。このリタさまが一気に魔王を叩く! 私の魔力はまだ尽きない! ほら! ほら!」魔女は魔法の発作に突き動かされて、魔物の死骸に電撃を放った。


「きみはアルさまをお守りをしろ」勇者王は平凡な農民を指した。


「そうよ! 私の神はどちらですか? 今日のおやつをお供えしなければ! きゃはは!」


「まだおやつの時間じゃないよ」アルはぼんやりと言った。「魔王さんを探しに行こう」


「おほほ! そうですわね!」リタはけたけた笑った。魔法の副作用で高揚した魔法使いたちは同調して笑い転げたが、勇者たちは怪訝にうろたえた。


 城外の激闘で幾人かが露と消えたが、大いなる勇者の輪郭は薄れなかった。一同は完璧な陣形と隊列を保ちつつ、宮殿の中枢へ向かった。


 ヘルフェインの大広間は殺風景な場所だった。家具や調度の類が全く見えず、石張りの冷たい床と無地の白い壁が来客を迎えた。そして、このだだっ広い部屋の真ん中に城の主とその取り巻きの姿があった。


「魔王か?」勇者たちが言った。その噂を耳で聞きながら、その目で見た者は一人しかいなかった。


「はい、あの大きい人がはガデスさんです」平凡な農民は言った。「横の杖の人がジャズウさんで、後ろの蛇っぽい人がハテムさんです」


「待ちわびたぞ、人間ども」魔王ガデスは威圧的な大音声で来客の私語をさえぎった。「百年目の来客だ。おれが直々に歓迎してやろう」


「それはどうもでした」リタはそう呟きながら、溜めなしの魔法攻撃を仕掛けた。ところが、必殺の先手は同じく溜めなしの防御魔法で中和された。


「失礼な小娘だ! 魔王さまのお話の途中であるぞ!」魔軍師ジャズウは怒りを見せた。「本当に最近の人間は礼儀を知らぬ……」


「あの小娘はただものじゃないぜ」ハテムは舌をちろちろさせた。「おれが頂きます」


「逸るな」ガデスは味方をたしなめた。「ここまで来るような者は人間界の真の強者だ。抜かるな、驕るな、侮るな。おまえたちの心の中の魔王を強く保て。それが大いなる魔王となり、強敵に打ち勝つ。誇り高き真なる魔族は絶対に負けない」


「まやかしだ!」マーヴィは叫んだ。「悪は滅びる。この城は落ちた。おまえたちの負けだ」


「ならば、別の城を奪うさ」魔王は言った。「ここにも飽きたしな」


「オルディアが狙い目ですぜ。あそこの人間は魔族と仲良しだ」ハテムは邪悪に笑いながら言った。


「フィッツジェラルドとかいう裏切り者のおかげで魔族のイメージが形無しだ」魔王が拳を鳴らした。「おれがそこへ行って、真の魔族の力を思い知らせてやろう」


「あの方の悪口を言うな」


「ひひひ、それをぶっ殺したのはどなたでしたかね?」卿の側近だったスパイはニタニタ笑った。


「人間を信じた魔族が人間に滅ぼされた。裏切り者に相応しい最後だ」ジャズウは言った。


「黙れ。おまえたちはここで滅ぶ」マーヴィは剣を構えた。


「はっはっは! その意気だ! 勇者は違うな!」魔王は言った。「ジャズウよ。これが理想的な対戦相手でないか? より強きものを打ち倒すのが戦いのだいごみだぞ。おれは弱き者をいたぶってもぜんぜん楽しめん」


「勝利こそは愉悦でございますよ」ジャズウは応じた。


「いや、勝ち負けは重要ではないな。単純な勝ち負けを決めるなら、じゃんけんで済む」


「その通りです」側近はうなずいた。「戦いを楽しむことが大事です」


「命は最も尊いものだ。その尊いものをこの一時に賭ける、この拳に魂の炎を宿す。今に生きよ! 命を燃やせ! 全身全霊の一秒は怠惰な百年に勝るのだ!」魔王は揚々と叫んだ。歓声と喝采が沸き起こり、魔族の心が一つとなった。勇者たちは大いなる魔王の輪郭を見たように感じた。


「怯むな! 正義は勝つ!」勇者王はシンプルに叫んだ。歴戦の勇者たちには十分な鼓舞だった。魔族たちは大いなる勇者の輪郭を見たように感じた。

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