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魔王圧

 勇者一行はこのカラミスを拠点として、周辺の調査とモンスター討伐に励んだ。この一騎当千の数十人は人間には頼もしい味方で、魔物には恐ろしい破壊者だった。ほんの一週間で常人の軍団の百倍の戦果を挙げて、周辺一帯を制圧した。これにきゃっきゃと浮かれたのは町人だけだった。勇者たちは粛々と魔物を退治し、粛々と供養を行った。


 先発隊がブリンザに確かな足掛かりを築いた頃、後続の数百名が追いついた。さらにファトム城からの魔法の武具と各方面からの応援物資が続々と届いた。勇者王かつ城主のマーヴィは勇者候補の人柄を見極めて、希少なアイテムを配布した。その際には水の盾の占いが大いに役立った。水流の色の暗さで合否が下された。


 この試験の際、マーヴィは数百人の盾の色をじっくり見たが、完全なる透明な輪郭にはついぞ出会わなかった。そこらへんの三歳くらいの子供も多少の濁りを見せたし、大方の大人はどよどよのヘドロみたいなものしか現さなかった。この結果を見たマーヴィはひそかに守り神にお供えとお参りをやりかけたが、ご本尊の渋い顔にびくりと思いとどまった。


「アル殿、どう致しました?」勇者はたずねた。


「貝紐を食べ過ぎてしまった……うえー」アルは胸を撫でた。


「熱いお茶をお持ちしよう!」マーヴィはやけくそに怒鳴った。


 マーヴィの晴れ男、リタの守り神、皆の衆の問題児の胸焼けが収まると、先発隊は進軍を再開した。ヌルヌの森をざくざくと槍のように貫いて、道なき道を切り開いた。ここでは深い木々のせいで索敵が捗らず、森林の開拓と道路の確保が日課となった。その方法は緻密で豪快である。まず、魔法使いと魔術師が先頭に立つ。無論、火炎魔法で森を豪快に焼き払うような馬鹿な素人はいない。大地の魔法で地面を緩めて、疾風の魔法で草木を切り倒し、水の魔法で雨を降らせて、しめに温風魔法で道路を固める。細かいところは手作業だ。これで最短の直線の立派な十メートルの車線と大量の木材ができる。


 この工事の最中、百メートル級の超巨大飛竜が山の向こうから現れた。凶悪な面構えと唸り声は地上の人々に友好的ではなかった。案の定、巨体が勇者の工事現場に急速に接近した。しかし、その圧倒的な大きさは魔法や弓矢や投石の良い的だった。猛烈な総攻撃を受けた飛竜は上空で紙飛行機のようにふらふらして、森の果てにどすーんと不時着した。鱗、革、角、爪、肉がはぎとられて、特上の淡白なササミの刺身がサンシャ村の青年の舌に乗せられた。


「鶏肉みたいだ」アルは究極の珍味へ月並みな感想を述べて、皆をほっこりさせた。


 ところで、竜の肉、血、肝は絶大なる強壮剤だ。これを食した人々は不眠不休で働き続けて、さらに宴会や稽古や情事に及んだ。工事は一日十キロのペースで進み、いくつかのカップルが生まれた。


 また別日には不埒な悪党どもが襲来したが、勇者たちには全く相手にされず、武士の情けと服従の魔法を掛けられ、薪割りと後片付けに徹底的に酷使された。


「ここの人間は妙に好戦的だな?」マーヴィは即席の奴隷を見ながら言った。


「魔物や動物に影響を与える魔性が人間に影響を与えないか?」リタは竜の血入りのホットワインをすすりながら言った。「人間も魔王の影響を受ける。これが真実でしょう。とすると、生半可な集団が魔王の本拠へ近づくのは危険だわ。玉石混淆の大部隊はいざこざで自滅する。伝承では魔王を討つのは常に少数精鋭の勇者パーティだけど、これはそういう事情からじゃない?」


「乗り気な馬鹿が味方を滅ぼす? それはあの日のおれだ」


「それがあちこちで同時多発的に起こる」


「最悪だ」マーヴィは青ざめた。


「そうね。今のこの部隊のレベル、雰囲気、一体感、まさに理想的だわ。小さな勇者が集まり、大きな勇者を成す。このメンバーで一気にやっちゃいましょう」


「皆は納得するかな?」


「賛同できない人は後方で待つ。まあ、そんな人はこのチームにはいないわ。我々は大勇者の血であり、肉である! 進め! 進め! アルさまのご加護の下に!」


 リタの予想の通りに少数精鋭の電撃作戦と大勇者論はすんなり通った。小さな勇者たちの集団は道路工事を援軍に任せて、乗り気な馬鹿をそこで足止めしつつ、ヌルヌの森を荒っぽく縦断し、ストムピーク山脈のふもとに到着した。


ここは魔王のお膝元だったが、ところどころに人間の集落があった。


「なんで魔王城の目と鼻の先に人の村がある?」マーヴィは驚いた。「なんでここの住人はもっと平和な場所に移動しない? この危険地帯に居続けるメリットがあるか?」


「故郷への思い入れや地元の意地じゃない?」リタは答えた。


 ところが、村人の感想は別物だった。


「魔王や魔族がなんぼのもんだ」猟師風の男は強気に言った。「おれはおめおめとは死なんぞ。魔物を狩って狩って狩りまくる。それがおれの人生だ」



「魔王ごときは私の敵ではありません」主婦らしい女は答えた。「私が八つ裂きにして、シチューにしてやります」


「外の人間は軟弱だ」年配の村長は言った。「強き者が残り、弱き者が死ぬ。それが自然の摂理だ」


「これは魔王の呪いだ!」勇者王はこの惨状に叫んだ。


「呪い! 便利な言葉だ。外の者はすぐにそうほざく。戯れ言だよ」


「そ、そうですか。でも、村の人の様子が明らかに異常で……」


「ここではこれが普通だ。人間は環境に適応する。苛烈な環境はわしらを高位の次元に引き上げた。あなた方も早くこの境地に達して、真の勇者になりなさいな」


「はあ」


「ところで、あんたはわしと一戦を交えんか?」初老の好々爺はそう言って、サーベルを取り出した。


「ご遠慮します」


「ふん、期待外れなやつだ」村長を失望して、憂さ晴らしにモンスターを狩りに出かけた。


「これはまずくないか?」マーヴィはリタにたずねた。「魔王の影響が深刻だ。やつの魔力のすごさが知れる」


「戯れ言ね」魔法使いはしかめ面で答えた。「魔力の眼でよく見て。ここに魔法の痕跡はない。この村の人たちは正常だわ。肥沃な大地の木が大きく育つように、魔王の根城の人間は狂戦士みたいになる」


「破滅だ」


「ほほほ、破滅もまた一興じゃ。わらわと拳で語らうか?」リタは好戦的な顔で言って、拳を固めて、勇者の肩をばしばし殴った。「へこむな、マーヴイ! 進め、マーヴィ! 私たちの決戦はこれからだぞ、マーヴィ!」


 ストムピーク山脈は荒涼の地だ。険しい山と谷が延々と続き、冒険者の足を阻む。ところどころの高台や窪地には人間の文化の痕跡はあるが、家々は廃墟で、人々は骸骨だ。昼は夜より陰気で、暗い雲がどんより立ち込め、不気味にごろごろと唸る。


「最近はすごく良い天気ですよ」案内役の猟師が言った。彼はがめつい男だったが、この地の住民の中では友好的で、決闘を仕掛けたり、唐突に大暴れしたり、戦いに飢えたりしなかった。


「伝説の晴れ男のおかげだ」勇者王はどんよりした空を見上げながら言った。「が、完全な晴れ間が見えない。これも魔王の影響だろうか?」


「おれが生まれたときにはこの辺はこの通りでしたね。つまり、これがここの自然です」


「他所の土地はもっと穏やかだ。引っ越せよ」


「でも、他所の魔物や動物は貧弱で小粒でしょう? でかい大物をばーっと仕留めるのが狩りの醍醐味ですぜ。小さいのを十匹殺すより大きいのを一匹殺す方が善良ではありませんか?」


「大物を一匹殺して有頂天になるものと、小物を十匹殺して供養するもの、どっちが善良だ?」


「ははは、禅問答ですな」猟師はからから笑った。

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