勇者対勇者
「初心者があんなに高く飛ばない」魔法の師匠は厳しく注意しながら、祝い酒を杯にどくどく注いだ。
「声援につい乗せられてしまった」マーヴィは足首をぐりぐり回しながら、冷たいビールをがぶ飲みした。「でも、結果的にあれは良いアピールだったな。臨機応変さは勇者のだいごみだ」
「でも、意外とまともな大会よね。私はもっとおちゃらけたものを想像したけど。勇者ぽくない人は上位陣には見当たらないし。明日からの勝ち抜きは盛り上がるわよ」
「マーヴィは頑張ってね。絶対に負けないでね」アルは珍しく積極的に応援した。
「おお、おれは一端の勇者になったぞ。きみの声援は何より貴重だ」伝説の勇者は感激した。
「マーヴィが負けると、ぼくが負ける」
「うん、何か嫌な台詞だな?」マーヴィは真顔になった。
「ぼくはマーヴィに百ゴールドを賭けたよ」
「ほら、身銭を切らないとさ、本腰にならないし」リタは早口で言った。
「おれは何も聞かないが、リタ殿がそそのかしたな?」勇者の鋭い眼差しが少女の失言を射抜いた。
「リタの本命は一位通過のベオウルフさんだよ。マーヴィが勝ち進むと、三回戦で当たるね。大穴の本命の対決だよ」アルは正直に言った。
「こら、ばらすな」魔法使いは焦った。
「きみに外れ券を掴ませてやる」大穴の勇者は燃え上がった。
休暇日の四日目に新たなルールが発表された。五日目の一回戦と二回戦は参加者同士の一騎打ちだったが、六日目の準々決勝と準決勝は勇者と同伴者二名のパーティバトルとなった。つまり、大会委員会の見解では『仲間の信頼を得ぬ者は勇者ではない』ということだった。この唐突な規定の発表は特段の波紋を起こさなかった。当初の二百余名はピンキリの集団だったが、上位の三十二名は勇者的な人格者ばかりだった。彼らはその勇者的精神でこのルールを暗黙的に了解した。
「委員会の陰謀だ!」リタは叫んだ。「これで予想が難しくなった。いや、私が出れば、マーヴィの決勝進出は確実だから、十番の流しが一気に来るわね」
「マーヴィがその前に一騎打ちで負けると、全部がぱーだよ」アルは言った。
「勝て勝て勝て勝て。あんたが三回戦まで行けば、私が決勝まで助けてやる。勝て勝て勝て勝て」魔法少女はばくち打ちの口調で言った。
「自分が出場する試合に賭けるのは違法だぞ?」
「表ではそうだが、裏ではそうではない。勝て勝て勝て勝て」
「勝て勝て勝て勝て」
「止めなさい。ところで、アルはどうする?」
「アルは出るわよ、人数合わせで。今から新しい人を雇える? 無理よね」
「えー」
「安心して。私がちゃっちゃとやっつけるわ」
「これは魔法王決定戦じゃないぞ?」マーヴィはたしなめた。
「トーナメント票を見せて。作戦を練りましょう。三回戦と四回戦の相手はどいつだ? どこの馬の骨だ?」リタは休暇中の放蕩少女から魔女の風情を取り戻した。
大会五日目のトーナメント、模擬戦の一騎打ちが始まった。初戦は電撃の勇者殿と雷撃の勇者殿の戦いだった。名前のややこしさが観客をこんがらがせ、槍使い対槍使いの攻防が混乱の拍車をかけつつも、白熱の一戦は雷撃の勇者殿の勝利に終わった。
二戦目が伝説の勇者ボルトン殿と東方の勇者フウガ殿との対決だった。こちらは共に剣士だったが、一方は片手剣と盾、一方は両手剣だった。
両手剣のフウガ殿は独特の甲高い掛け声を上げながら、細かいステップで間合いを調整して、大ぶりの太刀筋で迫った。上段からの一撃必殺が信条のようだった。マーヴィは防御に徹して、相手の疲れを待ち、ヒットアンドアウェイでちくちく攻めた。
しかしながら、上位の勇者の体力は桁外れであって、互いが攻防を激しくしながら、勢いを緩めず、息を乱さなかった。そして、模擬刀のがちがちとぶつかる音は並みの兵士には必殺の威力だった。勇者の名は伊達ではなかった。
勝機はここに訪れた。フウガ殿の超人的な振りに模擬刀の強度が追いつかず、激しい鍔ぜりの後で刀身が曲がった。マーヴィは盾を横殴りに叩きつけて、相手の剣をくの字に曲げた。フウガ殿は咄嗟に武器を捨てて、追撃の横薙ぎをひょいと交わし、徒手空拳で構えた。
「東洋の武術ですな」マーヴィは対戦者の粘り強さに感心して、間合いを取り直し、盾に隠れながらじりじり近付いた。そして、こっそり取っ手から腕を抜いて、円盤投げの要領で相手の顔面に投げた。フウガ殿は不意の一撃をしゃがんで交わした。これはマーヴィの読み通りだった。盾投げと同時に突進した伝説の勇者は屈み込んだ相手に前蹴りをかまして体勢を崩し、一気の連打で止めを刺した。フウガ殿は最後まで降参を言わず、意識不明で担ぎ出された。
この真剣勝負に会場の観衆は大歓声を上げた。
「よっしゃ! よくやった!」リタはガッツポーズで大はしゃぎした。「そう、あいつは本番でガンガン行けるタイプだ。魔族をぶっ殺しちまう輩は違うぜ。なあ、アルちゃん?」
「マーヴィは戦いには真面目だね。手を抜かない。相手の人が気の毒だ」優しいアルは答えた。
「アルは心の底から優しい子よね。大騒ぎする私が馬鹿みたいに見えるわ」魔法少女を外見を取り繕った。
一回戦の残りの試合もハイレベルな熱戦の連続だった。参加者の実力はほぼ拮抗し、一瞬の隙や突然のトラブルが明暗を分けた。しかし、特段の番狂わせは起こらず、実力者の十六名が二回戦に進出した。
一回戦と二回戦の間の昼休憩に、リタとアルはマーヴィを激励に行って、女子の取り巻きと黄色い声に驚いた。伝説の勇者はどぎまぎしながら、握手や抱擁のファンサービスに応じた。「おお、モテモテですなあ」魔法使いはにやにやしながら言った。「これは彼氏の今夜がお熱ですなあ、おほほほ」
「リタはマーヴィとはもう寝ないの?」アルは平然とたずねた。
「私の心の中の魔女はむらむらしないわね」魔法使いはせきららに答えた。「魔法を使いすぎると無性に男遊びに走っちゃうけど、こっち来てからそういう危機的場面に出会わないわね。グルメ、ファッション、ショッピング、都会には他の楽しみがたくさんあるし。賭けごとはいい刺激だわ。脳みそがひりつく。これでいくらかの欲求不満は解消される。今の私は年相応の純情な乙女です、ほほほ」
「純情な乙女は闇賭博しないけどね」
「公式では脳みそがぱかーんてならない。闇賭博の背徳感がびりびり来ますねえ、うへへへ」
「男遊びの方が健全じゃない?」
「じゃあ、ひさびさに彼氏を探しますか。どっかの勇者を引っかける? 敵情視察を兼ねて?」リタは魔女っぽく微笑んだ。
「それは一石二鳥だ。どんどんやってよ」
「少し嫉妬してよ、私のアルちゃん」リタはアルの髪をもみしだきながら、日焼けしたおでこにわざとらしくぶちゅっと口づけした。
マーヴィの二回戦の相手は神話の勇者ジョナサン・マクスウェル・ハレルヤ殿だった。こちらは剣と盾の万能型の剣士だった。マーヴィは相手に合わさず、スタイルを変えて、長剣と短刀を選んだ。二度目の盾投げは勇者には通用しないという警戒のためだった。
神話の勇者殿は相当な実力者だったが、一戦目で強敵の剛腕の勇者殿と当たって、万全な状態ではなかった。それでも、体力勝負の長期戦を不利と見込んで、開幕から果敢にラッシュをかけた。
マーヴィは守りに徹して、隙を伺った。無論、盾の殴打と投てきには警戒を怠らなかった。最初の猛攻の後で神話の勇者殿が息切れして、盾の陰にかくれて、守りに入った。マーヴィは反撃の連打で縦横の太刀をばしばし振るい、相手を壁際に追い詰めた。ジョナサン殿は亀のように閉じこもり、わずかな隙にカウンターの突きで喉や目を狙った。そして、渾身の一撃でマーヴィの剣を弾くと、破城槌のごとく体当たりして、押し返した。
伝説の勇者は体勢を崩しながら、長剣を手放し、相手の盾の淵を両手でがっと握りしめて、バルブの要領でぐりっと回転させた。めきょっと鈍い音がして、神話の勇者殿の腕がやばい方向に曲がった。ここに短刀の無慈悲なめった刺しが降り注いだ。ジョナサン殿はなおも抵抗を続けたが、痛みに耐えらずに、戦意を喪失して、降参の合図を示した。ぶらんと垂れ下がった左手が悲痛だった。勝者のマーヴィも片膝を付いて、肩で息をした。
「うひゃー! わてらのマーヴィはんがまた勝ちはったわ! うきゃー!」リタは猿のように狂喜した。大観衆は伝説の勇者の鬼神のごとき戦いぶりに熱狂と畏怖を抱いた。




