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勇者王を目指して

 包囲軍の大部分は即日に引き上げた。離脱派の一部は城内に出戻りした。シャバル市は勇者の話題でざわめいた。


 最もややこしい領地や砦の所有権は棚上げになった。暫定的に勇者マーヴィが城主となり、ハテムが城主代行となった。世間一般的にはこれはシンプルな略奪だったが、だれも新しい体制を糾弾できなかった。


兵士たちはボーナスでほくほくし、貴重な女子の魅力にめろめろとなって、特段の不満を漏らさなかった。もっとも、この心変わりの一端は魔女がこっそり仕掛けた魅了の魔法の効能だった。


 リタとハテムはこの猶予を利用して、不要な資料をどさどさ焼き払い、必要な書類をばんばん作り直した。ことさらに実質的な秘書だったハテムの筆記のきれいさとハンコ押しの正確さは特筆だった。


「これはもはや名人芸だ」リタはフィッツジェラルドの正確無比な捺印を見ながら言った。「私だけでここの事務を片付けるのは無理だわ。あなたのおかげで皆が助かる」


「自分のためです」ハテムは書類に目を通しながら事務的に言った。「あなたが言うように私たちの立場は非常に複雑です。このどさくさに紛れて、保身や利益を追求するのが最も合理的でしょう」


「私たちがこの地を離れても、あなたは城主代行を続ける?」


「努力します。これ以上にヤバくなるなら、さっさと逃げますが」


「現実家だな」マーヴィはぼそっと言った。「おれたちと一緒に来ないか?」


「どちらへ?」


「ヘルフェインヘ」


「お断りします」ハテムはきっぱり言った。「四、五人で行って、魔王の軍団をどうこうできると思いますか? 自殺行為ですよ」


「苦難に立ち向かうのが勇者というものだ」


「無謀な冒険に他人を巻き込むのはただの狂気です。私はここに残って、あなたの代官をやります。そして、これもあなたへの義理ではありません」ハテムは言って、リタを見た。「ボルトン殿は略奪者ですが、ウィロー殿は命の恩人です」


「たまたまよ」魔法使いは言った。「あの瞬間まで私はあいつの変装を見抜けなかった。カリムの正体を暴いたのはマーヴィの光の剣だった」


「不幸中の幸いというやつだね」アルはのほほんと言った。


「そうですね」ハテムは農民の無邪気さに苦笑した。


「ハテムさん、あなたの視点は良い指標だわ」リタは言った。「あなたはあの現場にいて、奇跡と凶行を同時に見た。あれは伝説の勇者の力だったか? そのように見えたか?」


「はい、見えました」


「それが庶民に通用するか?」


「はい、光の剣や演説のようなものがあれば。印や象徴は必要です」


「そうよね。じゃあ、あそこで光の剣が壊れたのは失敗だったわ。毎回毎回、地方であんな大演説するわけにもいかないし」


「冒険は講演会じゃないぞ」マーヴィは顔をしかめた。「おれはもうやらない。狙撃にはびっくりした」


「私もひやっとしたわ。あれを良く止められたわね?」


「矢がはっきり見えた。勇者アルのご加護だ」勇者はそう言って、いつもの癖で農民を見た。


「もうマーヴィが勇者だから、それはマーヴィの実力だよ」素朴な一般人は答えた。


「そうか? そうだな」マーヴィは嬉しそうにうなずいた。


「さて、その実力は本物でしょうか?」ハテムは言って、一枚の手紙を机に広げた。


「何?」リタがたずねた。


「あなたがたはアクエラに参りませんか?」


「アクエラ? 海水浴の季節ではあるけど、なにかあそこにあるの?」


「あそこの商人どもがまた数奇な遊びを始めました」ハテムはそう言って、文面を主人に見せた。堅苦しい定型文の後に注目の単語が出てきた。


「当市のウルル競技場にて第一回世界勇者王決定戦を行います」リタは文章を読み上げた。「勇敢な人材のご推薦やご参加、高名な貴公のご協力やご観覧、いずれを当市は歓迎いたします」


「はあ?!」勇者はがたんと立ち上がった。「そんなのは初耳だ。おれは認めないぞ。そんな大会は悪ふざけだ」


「第一回ですし」ハテムは冷静に応じた。「そして、冗談や悪ふざけではありません。大会はおおやけのものです。主催はウルル市のギルドで、後援には有名な豪商や貴族の名が並びます。会場のウルル競技場は歴史的な建造物です。これはれっきとした催事です」


「賞金は出るの?」魔法使いはそろばんを弾いた。


「優勝賞金は一万ゴールドです」


「おお!」


「しかし、これは本命ではありません。副賞がなんと水の盾です」


「水の盾? アクエラのどっかの王家の家宝じゃない?」


「はい、ラマリノ家の秘宝です」


「そんな大事なものを賞品にしちゃう?」


「世の乱れを静めるために真の勇者にこれを授与します、とあります」


「なんで卿のところにそんな誘いが?」マーヴィは怪訝に言った。


「フィッツさまは商人の間では収集家として非常に有名です。実際、宝物庫の武具のいくつかはウルルからの輸入品です」


「そのコネでこれが来た? フィッツ卿の判断は?」


「フィッツさまは乗り気でした。水の盾はこの砦のコレクションに相応しい逸品です。とくに剣と盾は貴重ですね。兜や鎧は人を選ぶ」


「リタがおれに被せた兜もぎゅうぎゅうだったな」勇者を厳めしいこめかみをさすった。


「頭のでかさは勇者の証」リタは適当に言った。「たしかにおとぎ話や演劇では伝説の鎧兜がすんなりフィットするけど、現実の防具は個人用のオーダーメイドだわ。伝説の勇者と同じ体格の人だけが伝説の鎧を着れる。その点、剣と盾は汎用品だから、人を選ばない。これが宝物庫の鎧と兜の少なさの理由ね?」


「あなたのご慧眼には感服致します、閣下」側近は恭しく言った。


「とすると、卿の意図がはっきりする。その目的はディスプレイではない。魔王軍への対抗策、戦力の補強と実践投入が収集の真意だ」


「全くその通りです。使用者に合わない鎧はデッドウェイトでしかない。しかも、仕立て直しは大仕事です。その点、盾は万人向けです。持ち手を改良すれば、たいていの体格に合わせられます」


「あなたはうちの勇者さまが優勝できると思う?」


「ご健闘をお祈りします」ハテムは断言を避けて、マーヴィを眺めた。「あなたの勇者性は完全ではありません。現にあなたは光の剣の力に呑まれて、凶行に及びました。これはあなたの未熟さのせいです。これを胸に刻んで、精進を続けてください」


「そうする」未熟な勇者は真摯にうなずいた。


「その勇者大会はいつあるの?」リタは聞いた。


「三週間後です」


「余裕で間に合うわね。じゃあ、私たちはアクエラに向かいますか」


「では、フィッツさまの名前で紹介状を作りましょう」と、秘書は書類作成のモードに入った。


「お願いします。それから、勤勉なラグジェ殿にリタさまが助言を与えましょう」


「何です?」


「宝物庫の一階の防具の間に姿見がありますね?」


「それが何です?」


「あれのふくろうの飾りのくちばしを右に回す」


「ほう?」


「冗談? 隠し扉が開いて、抜け道ができるわ。それを辿ると、城外に出られる。仕掛けはちゃんと動くし、罠の類は見られない。ここがきな臭くなったら、あなたはそこから脱出しなさい」


「お気遣いに恐縮致します、閣下」ハテムは恭しく一礼した。


「女王さまみたいだ」アルは言った。


「ほぼ女帝だな」マーヴィは言い直した。


「ごたごた言わずにさっさと準備してよ、マーヴィ」リタはきつく言った。


「何でおれだけ?」勇者は目をむいた。


「アルくんのような素朴な青年を叱れるものはこの世にいない」ハテムはうなずいた。「おやつを食べるかね?」


「はい、食べます。海水浴が楽しみです」農民は素直に答えた。


「おお、それはけっこうだね。アクエラでは海の幸を忘れずに食べなさいよ。タコがおいしい時期だ」


「はい、タコを食べます」


「この差は何だ!」


「アルくんには未熟な部分がありません。完全無欠の平凡な青年です。健全な肉体、健全な精神、これは人間の理想の境地です。いびつな我々はこの域に達しない。


「そうよねえ」魔法使いは言った。「アルには病的なマニアックさが見当たらない」


「この混迷の時勢にはその素朴な一言が一服の清涼剤だ。きみにきれいな海を見せるのがおれのつぎの使命だな」マーヴィはアルの肩を叩いた。「頼むぜ、伝説の晴れ男さん」


「また変なあだ名が出てきた」リタは目を細めた。

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