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伝説の勇者の再来

「兵士たちはまだ静まらないな」マーヴィは地上を見ながら言った。


「あんたのせいでしょうよ」リタはなじった。


「おれは我を忘れてしまった。あの剣が輝いたら、身体が熱くなって、頭が真っ白になった」狂気の剣士は焼けただれた手をじっと見つめた。


「剣の力がそうささせた?」魔法使いは呪印を宙に描いて、回復魔法で暴漢のやけどを治癒した。


「おまえたちは普通じゃない」ハテムは二人の様子を真剣に観察しながら言った。「本当に伝説の勇者の物語のようだ」


「おれは半信半疑だ。なんで勇者の剣がおれに反応してしまった?」マーヴィは言った。


「あんたが伝説の勇者だった」リタは言った。


「では、アル殿はなんだ?」


「ぼくは平凡な農民だ」アルは淡々と答えた。「最初からそうだよ。勇者みたいなすごい肩書はぼくには似合わない。そういうのはマーヴィみたいな勇敢な人にぴったりだよ」


「私は認めない」ハテムは言った。「こんな残虐な暴漢が伝説の勇者であるか」


「あなたはうちのマーヴィと同じことを言うわね」リタは苦笑した。「でも、この際、あなたの心情は些細なことだわ。身の振り方が大事じゃない? 魔族のかたきを討つか、伝説の勇者に付くか」


「フィッツ卿は魔族だったが、良い主君だった。そして、その男は伝説の勇者ではない」


「良い主君だったが、魔族だった。かりにあなたが個人的な感情から私たちをひっ捕らえて、煮るなり焼くなりして、主君のかたきを取るとする。その栄誉は『魔族の仇討ちをした人間ハテムなにがし』となって、後世に語り継がれませんか?」


「それはだめだ」ハテムは青ざめた。


「この仇討ちに共感できるのはこの城の男たちだけでしょう。しかも、全員がそうではない」


「そう、ここには純粋な忠義で動くものはいない。私も彼らも傭兵だ。我々は契約と報酬で動く」


「魔族に金で雇われたという事実は覆らない」リタは指摘した。


「そういうことです」側近は頷いた。


「仮にフィッツ卿の死因が寿命や事故であれば、あなたはどう行動しますか?」


「荷物をまとめて出発する。卿の契約は前払いだ。そして、その後継者がいない。フィッツ卿は孤独な方だ。誰が魔族の跡を継げる?」


「魔王が強引に接収しかねない」


「それは冗談ではないよ」ハテムは細い声で言った。「フィッツジェラルドの生き方はあきらかに異端だ。魔族の主流派はきっと受け入れない。カリムの捨て台詞は本心だろう。卿は魔族の目の敵だ」


「あれは魔王のスパイだわ。あなたは気付かなかった?」


「全く。カリムは良い剣士だったが……」


「魔族だった、しかも、本流の。あなたはそれと同じ釜の飯を食って、同じ主君にかいがいしく仕えた」


「止めてくれ」


「実際、あなたとここの兵士たちの現状は私たちより複雑だわ。どうするの?」


「どうする?」


「私たちに付きなさい。こちらには伝説の勇者がいるわ」リタはマーヴィの手のひらをばちんと叩いた。


「でも、この男は下手人だ」ハテムは白い眼を勇者に向けた。


「下手人だったが、伝説の勇者だった。魔族の仇討ちをする人間は異端だけど、魔族を退治する勇者は王道中の王道だわ。これに異を唱える者はこの世にいない」


「きみは氷のようだな」


「リタは優しい娘ですよ。隷属の魔法であなたを洗脳せず、わざわざこんな回りくどい話し合いで解決しようとする甘いおやつみたいな女子ですよ」と、少女は魔女的な台詞を町娘の口調で言った。


「私はあの男の行いには納得できないが、きみの恐ろしさには感服する」ハテムはそう言って、リタを見つめた。


「私に付きなさい。悪いようにはしない」


「いやと言ったら?」


「絶対服従の魔法で永久に魅了してあげる」魔法使いは即答して、呪印を結び始めた。「あんたの同僚のおかげで気持ちが昂っちゃってさ」


「降参します」ハテムは両手を上げた。


 この秘密会議の後でフィッツジェラルド卿の死去、カリムの追放、伝説の勇者の降臨が城内に公表された。ことの顛末を聞いた兵士たちは主犯の引き渡しを要求したが、城主代行の説明を聞いて、おのおのの立場の複雑さを理解すると、追及の手をゆるめた。一部の部隊は早々に離脱して、シャバルの町へ駆け込んだ。


「意外と残ったわね」リタは砦のバルコニーから残存の部隊を将軍のように見下ろしながら呟いた。「百五十くらい?」


「百五十二名です」城主代行のハテムは答えた。


「皆にボーナスを上げて」新しい城主は言った。「そして、警戒を怠らぬように。離反組の動きが心配だから」


「承知しました」魔女の側近は一礼して、てきぱきと動き出した。


「リタは姫さまみたいだね」アルは言った。


「ああ、人の使い方が貴族的だ」マーヴィはうなずいた。


「おや、勇者様、心の嵐は収まりましたか?」リタは嫌味たらしくたずねた。


「おれは勇者じゃない。ただの剣士だ」


「ほほほ、謙虚さは勇者の証ですわ。あなたは光の剣を復活させて、魔族を打ち倒しました。私たちがその目撃者です。運命を受け入れましょう。あなたは伝説の勇者です。アル殿はそう思いません?」



「うん、ぼくも思う」平凡な農民は素朴にうなずいた。


「しかし、おれは無抵抗なものを手に掛けてしまった……」マーヴィは落ち込んだ。


「何を仰る、マーヴィさん。フィッツ卿をさんざん悪しざまに言ったのはどの口でしたか? 有言実行ですよ。あなたは男子の務めを果たしました。堂々となさい。手のひら返しで常識面するのは殺人鬼以下のゴミですよ」


「ゴミ……」剣士はうろたえた。


「そうよ。そして、勇者の力を示しながら、勇者の名を拒むのはゴミ以下のクズだわ。運命を受け入れて、前に進みましょう。そして、魔王を倒す」リタは断言した。


「おれが魔王を倒す?!」マーヴィは突然の宣言に叫んだ。


「勇者が魔王を倒さず、世界を救わないで何をするの? むしろ、それだけがあんたの正義を証明する唯一の方法だわ。あんたがその気にならないと、フィッツ卿の霊が浮かばれない」


「そんな運命はおれには重荷だ」


「その運命を冗談半分でアルに紐付けたのはだれでしたか?」


「いや、おれは本気だった」


「正気の沙汰じゃないわ。とにかく、あなたの幼稚な勇者ごっこは今日でおしまいね。今からあんたは真剣に勇者をやりなさい」


「なんでおれが伝説の勇者だ?」


「知らないわよ。勇者の末裔か、生まれ変わりか、たまたまか」


「たまたま……」


「たまたまも実力のうちだよ、伝説の勇者マーヴィ」その厄介な肩書を返上した平凡な農民はそんな風に言った。


「伝説の勇者アルよ、これがおれの運命でしょうか?」マーヴィは天を仰いで、すっと息を吐き、なにかを悟った。「よし、今日からマーヴィス・ボルトンが伝説の勇者だ。その名に恥じぬように全身全霊を捧げよう」


「ふう、やっとだわ」魔法使いは嘆息して、椅子の背もたれに頭を投げ出した。「普通の人は魔法なしでこんな面倒なことを良くやれるわね。あんたがもう二言三言ぐずったら、問答無用で精神操作の魔法が飛んで行ったわ」


「きみはまるで女帝だな」勇者は軽口を叩いた。


「ほほほ、わらわの女帝ごっこはもうしばし続くぞえ、ほほほ」リタはヒステリックに高笑いした。

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