かたき討ちは契約に入るか?
「魔族!」リタはその変化に気付いて、溜めなしの火炎魔法をぶっ放した。
「おっと!」隙を付かれたカリムはかっと目を見開き、炎の玉を吐いた。二つの火球が空中で激突して、絶大な爆発が生じた。衝撃で窓が割れて、建物がびりびり揺れた。
「おまえは魔族だったのか……」ハテムは剣をそちらに向けた。
「え、バレたか? さっきの妙の光のせいか? 変装が解けちまったか!」カリムは荒っぽい口調で言って、おのれの爬虫類風の手を見て、蛇みたいな長い舌をぺろっと出した。「これは不測の事態だ。なあ、ハテムさんよ? フィッツさまがやられちまったぜ?」
「そうだ」ハテムは動揺して、城主の仇の人間に向き直った。その途端、カリムの剣の切っ先が彼の脇腹に迫った。しかし、寸前でリタの突風の魔法が魔族をぼんと弾き飛ばした。
「ひゃはは! こいつはやばい女だ!」魔族のカリムは身体を異様にくねくねさせながら、魔法少女を蛇っぽく睨んで、舌を高速でぺろぺろさせた。「頭から丸のみにして、おれの胃袋で溶かしてやろうか?」
「ふん、千切りにして、蛇に食わしてやるわ」リタはそう言って、目から電撃を放った。魔族の身体がびりっと痙攣して、額の角がはじけ飛んだ。
「クソが!」カリムは力任せに暴れて、割れた窓の枠に飛び乗った。
「どこへ行く?!」ハテムは言った。「こいつらはフィッツさまのかたきだぞ!」
「かたき討ち? フィッツジェラルド、魔族の恥だ。裏切り者め。馬鹿な話さ。あんたがやれよ、ハテム先輩」魔族は挑発的に言った。
「そうか、おまえはスパイだな?」リタは言った。「魔王側だな? 側近に化けてフィッツ卿を監視する、それがおまえの役目だな? 死ぬ前に答えろ」
「ははは! 魔族みたいな娘だな! ガデスさまに良い土産話が出来たぜ!」カリムは高らかに笑って、蛇のように窓からにゅるんと滑り落ちた。
「カリム、待て!」ハテムは言った。
「ハテム先輩、あんたの相手はおれじゃありません! フィッツさまの仇はそいつらですよ! ほら、早くやっつけないと!」カリムは同僚を言葉巧みに幻惑した。さらに大きな声で次のように喚き散らした。「ものども、出合え! フィッツさまが賊にやられた! 殿が殺された! 一大事だ! 出合え、出合え!」
騒然なざわめきの中でガデスの手先らしい魔族は蛇とトカゲを掛け合わせたような動きで城壁をぬるぬる上り、水路を渡って、どこかへ消え去った。
「最悪だ」リタは魔族の不気味な逃げ足と城内の物々しい気配に顔をしかめた。「私もここから逃げようかな?」
「逃がさないよ」側近の片割れは剣をちらつかせた。「おまえたちはフィッツさまのかたきだ」
「それはあそこのドアホウだけでしょう」リタは顎をしゃくって、マーヴィを指した。
「そんな理屈はまかり通らない」
「ハテムさま、あなたの目的はなんです? 見栄ですか? 意地ですか? 復讐ですか? どのような理由であなたはフィッツ卿に仕えます?」
「そういう契約だ」
「そう、フィッツさまもそう仰ったわ。ところで、雇用主のかたき討ちは契約の内容に含まれますか?」
「それは……」
「あなたの主な業務は雇用主の護衛、秘書的な事務でしょう。かたき討ちは契約内容に含まれません」
「しかし、きみらの罪は覆らない」
「しかし、だれがそれを罰します?」
「裁判所が裁く」
「人間の法が魔族に適用されますか? 魔族を裁くのは魔族の裁判官や王です。そして、フィッツ卿は魔王の手先から『裏切り者』と言われました。おそらく私たちはそちらから感謝されます、敵の敵は味方の論法で」
「ううむ」ハテムは難しく唸った。
「そして、あなたの仕事が雇用主の護衛であるなら、卿が死亡した瞬間にあなたの任務は終了しました。契約不履行です」リタは怜悧に言った。「あなたがまともなプロの傭兵であるならば、かたき討ちのようなことに拘らず、即時に撤退しませんか? しかも、あなたの雇用主は人間ではなかった。それとも、人間のあなたが魔族の城主に義理立てする私的な理由がありますか?」
「契約期間がある」
「それを律儀に守りますか? そもそも誰がここの指揮を執ります? あなたがフィッツさまの代わりをしますか? 皆にカリムの不在をどう説明します?」
「目の前の罪をみすみすと見逃すのは勇者の精神に反する」ハテムはそう言った。
「あら、あなたも勇者マニアですか」リタは嫌そうに言った。「あなたはその目で見ましたよね? 光の剣が輝き、魔族を倒した。あれこそは正真正銘の勇者的行為ではありませんか?」
「では、あの男が伝説の勇者だと?」側近は意気消沈したマーヴィを見た。
「おれが伝説の勇者だって?」勇者マニアはびくっとした。
「おー、今日からマーヴィが伝説の勇者だ」勇者の肩書を返上した平凡な農民は新しい勇者の頭をぽんぽんと叩いた。
「私は信じられない」ハテムは懐疑を解かなかった。
「では、決闘をなさい。勝者が勇者です。そして、新しい城主です」リタは二人をけしかけた。
「そんな無茶な話があるか」マーヴィは異を唱えた。
「そうだ。私は勇者ではない」ハテムは同調した。
「はあ、眠いことを言わないで」魔女は深い声で言った。「伝説の剣で魔族を倒した、これは勇者だわ。難攻不落の城を攻略した、これは覇者だわ。フィッツ卿はここの男どもや近所の住民には良い殿さまだけど、私たちには単なる変わり者の世慣れた魔族でしかない。それを倒して、城を奪うのがそんなに罪なことですかねえ?」
「無抵抗の者をあやめるのは罪だ」下手人は呟いた。
「それはあなたの罪で、私の罪ではないわ」リタはきっぱり言った。「あんたらはこのリタさまがみすみすこんな宝の山を見過ごすと思う? 魔王の軍団に対抗できるなら、人間の軍団に対抗できると思わないの?」
「おまえも魔族だ?」ハテムはぞっとした。
「いえ、私は人間ですよ。さて、あなたは私に従いますか? 私たちに付く? フィッツ卿との契約に拘る? 一人でやる? 何をどうするかをはっきりさせて。ほら、下がやかましくなって来たわよ。あなたはどうする?」
「私は……契約書を確認しよう」返答に困った側近はそのように答えた。
「ハテムさんは律儀だなあ」アルは言った。
勇者の一行と城主の忘れ形見は一時的な休戦を結んで、宝物庫の階下に降りて、騒然の兵士たちをなだめ、すかし、はぐらかしながら、母屋の方に戻った。
「何か変な噂とものすごい音が聞こえましたが……」伝令はおずおずとたずねた。「殿はどちらにいらっしゃいます?」
「少し待て」ハテムは困惑して、私室に入り、契約書の控えを持ってきて、細かい文章の一字一句を読んで、くるくるまとめた。重いため息が口から洩れた。「ないな」
「何が?」
「やっぱり、かたき討ちの条項と雇用主の死亡時の但し書きはない?」リタはダメ押しした。「つまり、今後のあなたの行動はあなたの判断による」
「そういうことですね」
「で、どうするの?」
「一旦、皆を落ち着かせましょう。カリムのやつの尻ぬぐいだ」ハテムは忌々しくつぶやいて、兵士たちの元に舞い戻り、城主の名のもとに持ち場に戻れと命じた。
四人は宝物庫の棟に入って、入り口の鍵をぴっちり閉めて、屋上まで上がった。




